経営者を育てるための起業: スタートアップは新しいビジネススクール

Taka Umada
8 min readJan 4, 2017

「日本経済の停滞の原因は低い生産性にあり、労働者の質は最高なのに生産性が低いのは経営者の責任だ」という論調の記事を年末年始によく見たように思います。例えば David Atkinson さんによる以下の記事がその一つです。

こうした生産性の文脈以外でも、優秀な経営者人材の不足の問題を最近よく見聞きしています。

たとえば、中小企業の経営者の高齢化が続く中、後継者不足による廃業の急増が予想されており、そこでも事業承継のための経営者人材が不足していることが伝えられています。また大学の先生方と話していても、研究に対する事業化へのプレッシャーが強まっているものの、研究成果の事業化を任せられるような人材が不足している、という話を聞きます。

現代の日本において、優れた経営者が不足している、という問題はどうやら間違いないようです。

経営者を育てる

もし十分な数の経営者がいないのであれば、優秀な経営者を育てていく必要があります。ではどのように経営者を育てれば良いのでしょうか。

果たして最善の解かは分かりませんが、GEやデュポン、バンク・オブ・アメリカといった企業での経営アドバイザーを務めた Ram Charan は、GE、コルゲート、ノバルティス、P&Gなどの幹部候補育成の事例をまとめた『CEOを育てる』という本の中で、以下のような経営者選抜教育手法の有効性を説いています。

1.徒弟制度

2.若年かつ早期での選抜

3.挑戦が必要な環境の提供

https://www.amazon.co.jp/dp/4478005664 / https://www.amazon.co.jp/dp/482225061X/

(※ちなみに Ram Charan の『取締役会の仕事』は起業家や VC の人に”図だけでも”読んで欲しい本です)

これらの条件が日本企業でどうなっているかを見てみると、たとえば花形部署への異動やローテーションによる実質的な早期選抜はあるものの、周りのモチベーションが下がりがちな早期選抜というリスクを負いたがるところは少なく、さらに管理職ポストの減少と年功序列による順番待ちで、管理や経営といった挑戦的な経験ができる年齢は年々上がっていると聞いています。

また人材育成への優先順位が低く、優秀な人材であればあるほど既存事業部側が手放したがらないため、挑戦が必要な新規事業部などに優秀な人を送り出しにくいという話も聞きます。早期選抜の仕組みも一時は機運が高まったものの、あまり定着しなかったようです。

こうした構造と、システマティックな教育ではなくOJTを重視する傾向から、経営者候補への教育が行われず、どの企業でも経営者人材が不足しているように映ります。

もし日本企業のどこか数社に GE のような幹部人材育成のようなシステムがあれば、状況はまた違ったかもしれません。GE ではジャック・ウェルチの後継者としてジェフ・イメルトが選ばれました。その際、後継者争いに敗れたジム・マクナーニーは GE を退職し Boeing の CEO に、ボブ・ナーデリは Home Depot の CEO になったように、幹部教育を受けてきたものの、残念ながらCEOになりそびれた人を、他の企業が経営者として雇うことができるからです。(GEの教育予算は年間1,000億円だと言われており、そうした教育を長年受けた才能を雇えるのは凄いことです)

もちろんビジネススクールも経営者輩出の一つの方法だと思います。ただ、ビジネススクールは MBA (Master of Business Administartion: ビジネス管理修士号) という用に、あくまで管理職に向けた教育であり、経営者とは意思決定の方法や責任の取り方で少し異なるように思います(もちろん経営者になる才覚を持っている人が行く場合も多々あります)。McKinsey 出身の CEO が一番多いという調査を見てみると、戦略コンサルも一つの道かもしれません。ただコンサルはあくまでアドバイザーであり、それが嫌で実行側に飛び出てくる人が多数いるのも実情です。

スタートアップは経営者を育てる条件を満たす?

そうした状況を考えるに、起業することが。なぜなら上記の3つの条件を、以下のように満たすことができるからです。

1.経営経験のあるエンジェル投資家による徒弟制度に似た経験

2.若くして経営経験を積める(早期選抜にほぼ同義)

3.常に挑戦的な環境が待ち受ける

スタートアップであれば、事業が急成長を遂げる中で様々な規模での事業を経験できます。そうすることで、様々な事業規模の事業を経験したことのある経営者が生まれます。そうしたスタートアップ経験のある経営者を既存事業の経営者として据えることで、優れた経営者を確保できるようになるかもしれません。

例として、スタートアップというには大きすぎるかもしれませんが、KADOKAWAがドワンゴと経営統合した際に川上さんがKADOKAWA・DOWANGOの社長になったことは記憶に新しいものです。また Naked Technology を創業した朝倉さんが mixi に会社を買収され、その後 mixi の社長になった例もあります。

もちろん、内部から経営者を登用できればそれが一番です。しかし、経営再建、信頼性回復、組織文化の改革、戦略の大幅な方向転換のときには社外人材をCEOとして選んだほうが適切だと Ram Charan は指摘しています。

スタートアップ経営者の弱点

もちろん、現在スタートアップはIT系が中心であり、IT系スタートアップで優れた経営をした人が他の業種の経営で優れるとは限りません。しかし、現在様々な産業でソフトウェアを使ったスタートアップが生まれつつある中で、今後業界知識を身に着けたスタートアップの経営者が生まれてくる可能性は十分にあると思っています。

とはいえ、明確な弱点はあります。スタートアップの経営者には、グローバルビジネスの経験が足りないことが多く、既存企業にとっては国内市場の飽和を受けてグローバルビジネスを経験したことのある経営者を求めています。日本国内で完結しがちなスタートアップの経営者が果たしてその候補として適切かというと、そこはまだ分かりません。むしろ海外から経営者を連れてきたほうが早い、という選択肢も十分にありえます。

あるいは、既存の経営者や幹部候補の方々がマインドや手法を変え、生産性を上げるような経営スタイルに変わるほうが、外部で育てるよりも早いかもしれませんし、各企業が早急に幹部教育体制を整えて内部での経営者教育がうまく行き始めるのが早いかもしれません。

それにスタートアップの経営者が他の企業の経営に就く、というのも、日本国内ではそうやすやすと行えるものではない、という問題もあります。このように色々と課題はありますが、ただ能力を鍛える上ではスタートアップでの経営経験は有効に機能するのではないかと思います。

ビジネススクール → デザインスクール → スタートアップ?

かつて大企業の躍進による管理職不足からビジネススクールが生まれ、現在は新規事業担当の人材不足からか、顧客のニーズを汲み取る手法を伝えるデザインスクールに注目が集まっています。一方で、アクセラレータはビジネススクール (Accelerators are the new business school) だと言われています。その意味をさらに敷衍すれば、スタートアップを始めること自体が経営者を育てるためのビジネススクールの代わりになるのかもしれません。しかもスタートアップなら、数千万円の学費+生活費を払わずにすむ上に、受験勉強をしなくてもすぐに始めることができます(実力さえあれば)。

優秀な経営者人材を育成するためには、パイプライン(候補者)を絶やさないことが重要だという指摘を踏まえると、創業者だけではきっと数が足りません。なので、スタートアップの幹部の人たちも含めて、企業個別の単位ではなくエコエステム全体として、スタートアップから優れた経営者が育っていくような環境を整えることが、スタートアップエコシステム全体にとって、ひいては日本の経済にとって良いことなのではないかと思います。

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein