次の世代で大成功するスタートアップを生むための「プロジェクト支援ファンド」の必要性

Taka Umada
15 min readMay 30, 2016

先日、現状のエコシステムには「クロスボーダー M&A」と「超初期のプロジェクトへの投資」が必要では、という記事を書きました。そのうち今回は特に後者の「超初期のプロジェクトへの投資」に関してできること、私がやりたいことをもう少し書きたいと思います。

大成功するためには運が必要、運を掴むためには挑戦の回数が必要

Y Combinator は 2015 年に Y Combinator Fellowship という取り組みを始め、より少ないエクイティ (1.5%) でより少額 (200 万円程度) をより多数のスタートアップに投資して、これまで以上のリスクを取れる仕組みを作ろうとしています。彼らの目標は年間 1,000 件のスタートアップを支援することです。

こうした背景には、Paul Graham が Y Combinator のことを「ブラックスワン農場」と名づけて論じたところから察するに、投資におけるバーベル戦略を取ろうとしているのではないかと考えています。つまり「大成功するスタートアップを輩出するには十分なスタートアップの数が必要」という、ある意味当然の視点に立ち戻って、投資の数を増やそうとしているのではないかということです。

以前「スタートアップが運をコントロールする方法」という記事を書きましたが、ロジックはこれと同じで、投資においても数多の挑戦をすれば幸運が起こる可能性は高まります。そしてスタートアップにおける一つの大きな成功は、数多の失敗をカバーするほどの利潤を生み出します。「ある一社が成功する確率」は努力である程度何とかなるかもしれませんが、特に「成功の大きさ」には運やタイミングが重要になってくると思われます。

今日本に足りないのは Google や Facebook といったホームラン級のスタートアップを出すことだと言われています。そうしたスタートアップが出ることは、創業者だけではなく従業員や関係者が金銭的に豊かになり、そこから多くのエンジェル投資家が生まれてきて、次の世代で更なるイノベーションへの投資が起こることにつながります。

そのためには、まともな投資家では評価が難しく成果の予想がしがたい、数多くの狂ったアイデアのスタートアップやプロジェクトが大量に立ち上がってくる仕組みが必要です。そのバックボーンとして「数多く挑戦し、数多く失敗できる環境」を部分的にでも良いので作ることが重要ではないかと考えています。

数多く挑戦し数多く失敗するためのプロジェクト支援ファンドの必要性

大きくなった企業は Paul Graham の曰く、サイドプロジェクトから始まっています

Appleも、Yahooも、Googleも、Facebookも そうやって始まったんだ。このどれも、最初から企業にするつもりでさえなかった。 単なるサイドプロジェクトだったんだ。最良のスタートアップは、 サイドプロジェクトとして始まらなくてはならないとさえ言えるかもしれない。(Before the Startup, 翻訳は Shiro Kawai さんによるもの)

こうしたサイドプロジェクトから始まった企業は、多くの場合プロジェクトの段階でエンジェル投資家に少額の支援を受けています。たとえば Google は企業として登記する前に約 1,000 万円のエンジェル投資を受け取ったことは有名です。

この US の例のように世代を重ねてエンジェル投資家の増加を待てばいいのかもしれませんが、それを待つ時間は日本に残されてはいないという危機感があります。なので、今の日本のエコシステムの世代を鑑みれば、かつてシリコンバレーが政府予算で初期の支援を行いセーフティネットを引いたように、最初期に一歩踏み出す支援を手厚く行う必要があるのではないかと考えています。

具体的には、リターンを求めない「かなりの少額を”プロジェクト”に投資するという基金」を用意することです。ここでは数万円から数十万円のオーダーで、その分 VC に比べたら数十倍から数百倍のリスクテイクをする想定をしています。

こうした取り組みがあるのかと海外の様子を見てみると、たとえば Venturewell Foundation では、段階的に少額での投資から段階的に上げていく形で学生向けに資金提供している例があります。全米科学財団 (NSF) のプログラムである I-Corps は研究成果やテクノロジーを営利企業にすることに特化し、助成金と顧客開発のカリキュラムを同時に提供しています(日本語解説)。またほかにも Knight Foundation は Prototype Fund という寄付金を用意しています。これらはリターンを求めているものではなく、純粋にイノベーションを起こすために配られる資金です。

https://venturewell.org/student-grants/

初期の Y Combinator の少額出資も、もともとは「夏休み中にアルバイトをしなくても良いように」という目的で行われました。Peter Thiel による休学ファンドもリターンを大きく求めているものではありません。

これらの出資に共通している背景と言えるのは、「イノベーターに必要なものは何より集中できる時間であり、生活が保障される資金があれば挑戦が増える」という思想なのではないかと思います。であれば、それを十分にまかなえるだけの少額出資があればいい、ということになります。

またこうした最初期の資金が必要なもう一つの理由は、今後はソフトウェアだけではなく、ハードウェアなどが関わってくる分野の増加が見込めるため、Web やモバイルだけの時代に比べると初期投資が必要になってくるであろうということが挙げられます。

例えば SXSW 2016 で注目を浴びた HOTARU という水処理のスタートアップはプロトタイプ作成に 85 万円必要だったと言われています。その他、学生のハードウェア系のプロジェクトは大体 20 万円ぐらい赤字を出していることをよく聞きます(彼らの一部はものづくりのためにバイト代を注ぎ込み、日々貧しい生活を送っています)。

仮にこうしたプロジェクトが、少額の資金難でプロトタイプを作れなかったのだとしたら、それは大きな損失ではないでしょうか。US であればこうした部分はエンジェル投資がカバーできるのでしょうが、残念ながら日本ではまだ十分な数と種類のエンジェル投資家が揃ってはいません。しかしこうした谷をより軽やかに、Kickstarter などを使わない形でサポートできればどうでしょうか。

かつての偉大な芸術家の多くにもパトロンがいました。そうして制作に集中できる環境があったからこそ歴史に残る作品が多く生まれたと考えることもできます。日本のスタートアップエコシステムを育てるには、今まさにスタートアップ初期の死の谷を超えるための、そうした少額の出資ができるようなしくみが必要ではないかと思います。

たとえば日本でこれを実装するとなると、教育目的としてエンジェル投資家や大企業などの寄付から集めてきて大学生や大学院生、若手社会人に付与する、といった、それこそ初期の Y Combinator に近い形が考えられます。それに学生や若手であればプロジェクトを行うことによって失うものは時間だけで、むしろこうした自主プロジェクトの経験は企業側にとってもプラスの評価を受けるはずです。トビタテ留学プログラムが既に 100 億円弱の寄付を大企業から集めているのなら、同様の仕組みで学生発のイノベーション推進の仕組みを整えられるのではないかと考えています。

方針

こうした少額出資の仕組みは、お金が国内外で余っていて余裕がある今だからこそできる戦術だと思いますが、ただ単純に挑戦の数を増やすだけでは既に基金などのインフラが整っている US や、人口の多いインドや中国といった国々に負けてしまいます。

なので、ある程度分野をフォーカスをする必要があると思っており、そのためには以下の 3 つの方針を考えています。

1. ハードテック + IT の応用領域

Web やモバイルの領域がある分野では一段落したせいか、Y Combinator の Sam Altman が “Hard Tech is Back” と言い、MIT で「ハードテックスタートアップの始め方」という公演を行ったように、ハードテックという領域が注目を浴びています。

ここでのハードテックは研究そのものではなく、研究成果をどのように応用するかに焦点があたっています。最新の技術を開拓するような Invention (発明) ではなく、Innovation (イノベーション) が求められるのがスタートアップだと考えると、それは当然のことかもしれません。

なのでハードテックの領域の中でも、シュンペーターの言うイノベーション(新結合)に立ち戻って、すでにある技術を組み合わせること、特に指数関数的にチープになってきているソフトウェアやハードウェア、バイオといった技術を組み合わせて、これまでになかった反領域的な分野に逸脱すること、それを社会にデプロイすることに対しての支援が必要ではないかと思います。

グーテンベルクは全く異なる分野の技術を組み合わせ、活版印刷を発明しました。そうした組み合わせの元となる多様な技術に日常的にアクセスできるのは大学や大学生であり、シリコンバレーがそうであったように、技術という面では大学の周辺にアドバンテージがあるのではないかと思われます。

2.「技術のいじくり回し」への支援

Taleb いわく、イノベーションは stochastic tinkering (確率的ないじくり回し)、つまり試行錯誤から生まれます。私もこの立場に与するものです。なので、ハードテックのいじくり回しを支援するような少額の資金の提供で支援できないかと考えています。

そうした試行錯誤はほとんどが失敗するでしょうし、過去にも失敗してきたと思います。しかし「昨日の失敗は今日の成功」とも言われます。意外な技術が進歩していたことによって、かつては不可能だと思われていたことが実は突然できるようになっていた、というのが今の世の中です。

http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E9%8D%B5%E4%BA%BA_-%E3%82%AB%E3%82%AE%E3%82%B8%E3%83%B3-

たとえばチャットボットはかつて Office に導入されたときに散々な評価を浴びましたが、様々な技術の進歩や Slack をはじめとしたメッセージングプラットフォームの隆盛により 2016 年には再び注目されています。

モバイルコンピューティングは何度もキャズムに落ちましたが、2000 年代後半にそのキャズムを乗り越えました。また、大学生による 2011 年の tinkering の結果が Oculus を生み、今の VR ブームにつながっています。

何度過去に失敗しても少し状況が変わるだけで何が成功するか分かりません。そのために絶えず新しい技術を使って tinkering することがイノベーションに繋がるのではないかと思います。そのためには失敗を前提とした資金の提供を行っていく必要があります。

そして技術を学ぶことではなく tinkering することを勧めるのは、今すぐ試しに始めてみる、という姿勢を応援することです。これは「フューチャリストではなくナウイストになれ」という Joi Ito の言葉にも符合します。

Google の創業者の二人は HTML のことを余り知らなかったので、最初の Google の Web ページには Submit ボタンを設置することができず、Enter を押してしか検索ができなかったそうです。技術的にはそういうレベルでもいいのでとにかく探索を続け、Fitness Landscape を作っていき、技術と問題の適用度の高いポイントを見つけることに対して資金を使っていくこと、そして失敗の履歴をきちんと共有することがここでは重要になるのではないかと思います。

イノベーションの Fitness Landscape: http://reactionwheel.net/2016/05/disruption-is-not-a-strategy.html

その適切なマップを探り当てるためにも、tinkering を支援していく必要があるのではないかと考えています。それは技術を学ぶことではなく、技術で新しい領域に逸脱してみる”遊び”を支援する、ということなのかもしれません。

3. 世界へのデプロイメント

自分で作ったものはあまり目立たせたくない、自慢したくない、という奥ゆかしい姿勢を持つのが大方のエンジニアですが、適切な場所に適切な形で展開し、フィードバックをもらうことはプロダクトの質や本人のスキル向上につながります。ただこれを日本国内ではなく、世界に向けて、かつプロジェクトレベルから展開できないかというのが 3 つめの方針です。

たとえば先述の基金やコンテストなどは世界に目を向けたほうがより多くのチャンスに恵まれます。基金の一部は世界各国から応募を受け付けていますし、社会課題を解決するための技術系コンテストなどはむしろ国際的な募集を集めるものが多いです。それに世界のほうが同じ問題に取り組む人たちの数が数倍に増えることも期待できますし、困難な課題に取り組んでいるほうが多くの支援者から支援を受けることができます

さらに海外のコンテストで目立ったスタートアップがそのまま買収される SCHAFT のようなパターンもあり、海外に最初から展開するメリットは大きいのではないかと考えています。うまくいけば Y Combinator のようなアクセラレーターに入る、というのも手かもしれません(YC に入るスタートアップはかなりの数が US 以外になってきているようです)。

もちろんすべてのスタートアップがはじめから世界を狙ったほうが良いとは限りません。ただ最初はまず世界を狙っていく前提の上で、その後「日本にフォーカスしてやろう」という判断のほうが後に方針転換がやりやすいのではないかと思います。

Paul Graham ですら取れなかったリスクを取る仕組み

とはいえこうしたプロジェクトへの出資のほとんど、それこそ 99% は失敗すると思います。そうなると短期の成果が求められる営利企業や政府機構、資金調達実績やブランドが大事なアクセラレータビジネスでは許容できません。

しかし、残りの 1% が成功した時の利得がかなり大きいスタートアップという業界であればペイするはずのやり方です。Paul Graham 自身もエッセイの中でそう述べています。

私たちの業界は、見込みのなさそうな外れ者を取り上げる必要があると同時に、大成功の規模が本当に大きいため、網を非常に広く張り伸ばすことができる。大成功すれば10000倍のリターンを生む。それはつまり、大成功する企業1社につき、リターンがない企業を1000社つかんでも、結果は10倍になるということだ。(ブラックスワン農場

ただ彼自身そうは知っていても、それをできないでいる、と言っています。

良くも悪くも、それは思考実験以上のものにはならないだろう。私たちはそれに耐えることができなかった。この直観に反する事態に、どうすればいいだろう? 私は、するべきことを示せるが、まだそれをできないでいる。(ブラックスワン農場

であれば、Paul Graham が理解していてもできなかったリスクのあるやり方に挑戦してみることこそが、日本のスタートアップエコシステムを飛躍的に発展させる一つの方法ではないかと思います。

幸いそうした試みが始められそうなので、その結論に至る理屈としてこの記事を書かせていただきました。

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein