初期の Y Combinator

Taka Umada
13 min readMay 11, 2016

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Y Combinator (YC) の話をするとき、相手がどの時代の Y Combinator を想像するかで随分と印象に差があるなと感じています。

Dropbox や Airbnb を輩出したことで知られる Y Combinator は、今となっては毎回のバッチに約 7,000 の応募が来て、そのうち約 100 社 (1.5% 前後) しか合格しないような、非常に狭き門となっています。なので、Stanford (5.1% の合格率) や Harvard (5.9% の合格率) より入学の厳しい大学とも言われたり、一部ではアクセラレーターはビジネススクールの代わりと認識され始めているようです。そして最近は Series A に到達するようなスタートアップしか採択されないとまで噂されるほど、採択されるスタートアップのステージも後ろになりつつあるとも聞きます。

多くの人にとっての Y Combinator は上記のようなイメージで、かつThe Launch Pad が出版された 2013 年以降の Y Combinator を想像しているようです。

しかし 2005 年に始まったばかりの Y Combinator は、フォーマットは今とほぼ同じなものの、今よりももっと緩くて、主に大学生を対象としたものでした。それも Paul Graham らが「投資を学ぶため」の単なるプロジェクトとして始まったものです。今回は私の見聞きした範囲で、初期の Y Combinator について簡単にまとめてみたいと思います。

2005 年 8 月 16 日、最初のバッチの参加者とパートナーたち:http://old.ycombinator.com/yc05.html

始まりの物語

Y Combinator は 2005 年に始まりました。Paul Graham が Y Combinator を始めた目的は、投資を学ぶため単に面白そうだったから素晴らしいハックのように思えたから、と自身で説明しています。多分理由はそのすべてだったのだろうと推測します。

きっかけは Paul Graham が行った 2005 年 3 月 7 日、大学生の春休み期間中に Harvard Computer Society で行われた 「スタートアップの始め方」という招待講演でした。

講義のアナウンス:http://www.aaronsw.com/weblog/static/archive/pg.html

(ちなみに、東京大学発のテクノロジースタートアップにエンジェル投資をされている元 ACCESS の鎌田さんも、会社を辞めた次の日に登壇した東大の講演がきっかけでスタートアップ支援を始めたそうです)

しかしその講演直後には「起業の資金を得るためには自分のところではなく、他の富裕者のところに行け」とアドバイスしたようです。つまり、自分のところには来るなということです。そのときには Y Combinator を始めるつもりはなかったのかもしれません。

その後、ある説では講演の 3 月 7 日の夜に Y Combinator を作ると決意したと説明され、別の説では 3 月 11 日の夕食の帰り道、妻の Jessica Livingson と一緒に散歩しているときに彼らは Y Combinator のアイデアを議論して、大学の学部生がスタートアップを始めるために必要な僅かなお金を提供する会社の立ち上げを決めたと言われています。

そして Paul Graham は旧知の仲であった Robert Morris と Trevor Blackwell を次の日に誘い、Jessica は YC を始めるために投資銀行の VP の職を辞して、4 人でボストンで Y Combinator を始めることになりました。最初の出資金は Paul と Jessica が $100k、Robert と Trevor が $50k ずつの約 2,000 万円で始まっています。

Y Combinator の設立に関するアナウンスはその直後、同月の 2005 年 3 月に行われました。そのときのアナウンスメントのオリジナルはこちらにあります。その後の 応募要項などを含むものはこちらです。一部を翻訳します。

「何人かの友人と私は、超初期のスタートアップに投資することへ特化した Y Combinator という新しいベンチャーファームを始めた。我々の最初のプロジェクトは Summer Founders Program という、通常のサマージョブの実験的な代替品だ。

この SFP はサマージョブのようだが、給料の代わりに我々は君たちに会社を始めるためのシード投資を提供する。もしこの夏にどこかの会社の小部屋で働くことよりもこっちのほうが面白そうだと思ったら、ぜひ応募して欲しい」

初回 (S05)、2005 年の夏

申込期間はわずか 10 日間でした。そしてその間に 60 グループ、人数にして 227 人の申し込みが来ました。短期間でこれほどの応募があったのは、もちろん Paul Graham がそれまでも Lisp ハッカーとして有名だったという面もありますが、もしかすると 2004 年の冬のテスト期間中にリリースされて一気に広がった、Harvard 発スタートアップの Facebook も影響しているのかもしれません。(ちなみに Facebook はリリース後数日間で Harvard のほとんどの学生が登録したとかいう化物サービスでした)

その応募から選考を経て 8 チームが選ばれ、2005 年の夏、MIT と Harvard のある Cambridge で、Y Combinator は “Summer Founders Program” として始まりました。最初は Moutain View ではなく Cambridge で始めたのも、もともと Viaweb のオフィスが Harvard Square の木造 3 階建にあったのも影響しているのかもしれません。(その後 Moutain View に移ったのは投資環境などを考えてのようで、今はすべて Mountain View で行われています)

初回のバッチの年齢の分布は 18–28 歳、平均年齢は 23 歳で、多くは大学生や大学を卒業したばかりの人です。初回には以下のようなスタートアップや創業者たちが参画していました。

  • Reddit:今も運営している超大手サイト。3 週間で作ってデモデーに唯一のリリースしていたそうです。アイデアは実は Paul Graham から
  • Loopt:後に Y Combinator を引き継ぐ Sam Altman が設立した位置情報系サービス。ちなみに 2005 年は iPhone などが出る前です。
  • Kiko:後に約 1,000 億円で Amazon に買収される Twitch を設立し、YC の Partner にもなる Emmett Shear と Justin Kan が創設者
  • Infogami:会社自体は有名ではないかもしれませんが、RSS の技術的基盤を創り、JSTOR 事件の余波での自殺した Aaron Swartz が創業(その後映画化)

初回にこれだけの錚々たるメンバーが集まるというのはやはり興味深く、何事も面白そうなことが始まったら初期に関わっておくべきなのかもしれません。

2005 年 8 月 16 日、最初のバッチの参加者とパートナーたち:http://old.ycombinator.com/yc05.html

今 Y Combinator の President を務める Sam Altman も初回のバッチに参加していました。Sam は Loopt のアイデアをベースにラフなプロトタイプを作っている状況で、初回バッチの締め切り前日に YC に応募し、受かっていた Glodman Sachs へのインターンを蹴って、Stanford からわざわざ Cambridge に移って YC へ参加しました。そしてバッチ終了から約 3 ヶ月前後で Sequoia と NEA から Series A の調達を実施できました。

この初回バッチの予想外の成功は Paul Graham にとっても驚きであり、Y Cominator というプロジェクトの仮説を検証できた一つの証拠ともなったようです。

それから

今もページに書いてあるように、Y Combinator は「最初のバージョンを作ることに究極的に集中できる環境を作ること」がゴールです。これはスタートアップの最初期が最も生産的であり、そして会社のことを定める重要な時期だからという意図で、スタートアップの初期ステージにフォーカスしています。

そして 2009 年 1 月まで、夏は Cambridge で、冬は Mountain View で交互にバッチが行われていました。その後、すべてのバッチが Mountain View で行われています。

YC の最も重要なイノベーションは、バッチ形式で投資をしたことだと Paul Graham 自身で述べています。これは一度に投資を学ぶためにたまたまとった形式でしたが、バッチ形式を取ることでの相乗効果が出たのではと評価しているようです。

さて、こうして初期の Y Combinator を見てみましたが、今と大きく異なる点は以下の 3 つでしょうか。

  1. 主に大学生を対象としたものだった
  2. アイデアだけでも OK だったけれどナードを集めていた
  3. YC もスタートアップ的なプロジェクトだった

1. 大学生

サマージョブ、つまり夏のアルバイトの期間という文字があるように、もともと Y Combinator は大学生を対象をしていました。YC のバッチが学生の夏休みと冬休みの期間に重なるように開催されているのは、その名残りとされています。そして投資金額が小さめ(初期は 100 万円程度)なのも、3 ヶ月間自分たちのスタートアップに集中できるような生活費をバイト代の代わりに提供するというものでしかなかったからです(しかも大学生は生活費が極端に安いので)。

今や YC に入るスタートアップの創業者の平均年齢は 30 歳を超えていますが、初回のバッチの平均年齢は 23 歳、ボストンで行われた第三回目のバッチである S06 の平均年齢も 23 歳だったと言われています。それぐらい若い人たちが、とにかく何かビジネスになるかもしれないものを作る場所、それが初期の Y Combinator でした。

ただ Paul Graham 自身、YC を始めた当初は大学にいるうちにスタートアップを始めることを勧めていましたが、今は大学期間中にはもっと探索を、スタートアップをするのではなく自分の問題を探したり、労働のように思えないものを探したほうがいい、というスタンスに変わっています。

一方で、共同創業者と出会える一番良い場所は大学であるとも言っており、起業に最適な年齢は大学卒業直後や大学院生であり、30 歳になると一緒にスタートアップを始められる人が少なくなる点が指摘されています。

2. ナードの集まり

RISD 出身のデザイナーたちが創業者である Airbnb が大成功したことを受けてなのか、今は様々なバックグラウンドの人を受け付けていますが、初期の Y Combinator はハッカー、あるいはナード(オタク)の集まりでした。それも Lisp ハッカーであった Paul Graham が好きな種類のハッカーたちが集まってきていたと言えます。

2006 年、毎週火曜日に行われているディナーの日に訪れた shiro さんは、YC に集まるナードの若者たちが 7 時から 10 時まで議論を絶やさないパワーあふれるその場所のことを「ホットスポット」や「普段の5割増しくらい頭が回る」と表現しています。

初回バッチのディナーの様子: http://paulgraham.com/sfp.html

初期の YC は、アイデアがダメでも、創業者たちに見込みがあれば期間中にピボットさせることを前提に受け入れていました。実際、初回のバッチの最後には 8 社中 7 社プロトタイプが作られて、そのことを Paul Graham 自身が誇っているぐらい、プロダクトやプロトタイプができていなくても YC には全然入れていたようです。ただしそこに集まっていたのはスマートで手の動くナードたちでした。

3. スタートアップ的なプロジェクト

YC はハックであり、投資を学ぶために始められたと言います。そして最初はプロジェクトとして起案されて、スケールしないことから小さく始め、ユーザー深く愛されるものを作り、この 10 年間で急成長していきました。この姿勢はスタートアップに通じるものがあります。

Y Combinator の創業者である 4 人: http://old.ycombinator.com/yc05.html

YC のバッチあたりの参加企業数は増える一方ですが、これは彼らが自身をスタートアップだと考えている面も影響していると思います。Startup = Growth であり、成長を追い求めているのでしょう。そしてボトルネックに遭遇するまで進み続けることが YC の戦略であり、スタートアップの戦略だからです。

そんな急成長するスタートアップには急激な変化がつきものです。

2004 年の大学生の暇つぶし用サイトだった Facebook を語るのか、2008 年に一度減速した Facebook を語るのか、上場前後の 2012 年の Facebook を語るのか、大きなビジョンを持つ 2016 年の Facebook を語るのかで大きく違います。

それと同様に、どの時期の Y Combinator をイメージするかによって、おそらくその印象というのは違ってきているのだろうなと思います。多くの人は、The Launch Pad が出版された 2013 年以降の Y Combinator を想像するようですが、いつの Y Combinator のことを話すのか、意識しながら話さないといけないのだろうなと先日話していたときに気づいた次第です。

最後に

様々なアクセラレーターや企業が Y Combinator を模倣を始めています。「Y Combinator のやり方を参考にしています」とひとことに言っても、いつの Y Combinator を真似るかによってその方針は大きく変わるのかもしれません。

そして「皮肉なことに、うまくいくかもしれない Facebook の変種の一つは大学生限定の Facebook である」と Paul Graham 自身が指摘するように、うまくいく YC の変種は恐らく、YC のオリジンである「大学生の」「ナード向けの」「スタートアップ的なプロジェクト」で、初期の YC が「うまくいくはずがない」と周りの VC たちから冷ややかに見られたような、あたりから嘲笑されるような狂ったおもちゃのようなアイデアなのだと思っています。

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Taka Umada
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Written by Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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