プロジェクトの時代のアンチフラジャイル(抗脆弱的)なエコシステム戦略

Taka Umada
9 min readMay 10, 2016

スタートアップよりもっと前のステージの「プロジェクト」と呼ぶようなものに対して、数多く投資や支援をすることが今後求められるのではないかという話を先日記事にまとめました。

その後、Paul Graham も「ピッツバーグをスタートアップのハブにするには」という記事を 4 月に書き、このように述べています。

もしスタートアップがどこから来るのかを知りたいのなら、経験的な証拠を見てみるといい。最も成功したスタートアップの歴史を見てみると、そうしたスタートアップは創業者たちにとっての興味深いサイドプロジェクトとして始まり、自然と成長してきたことが分かるはずだ。

実際に、Facebook, Twitter などはビジネスにならないと思われていたようなサイドプロジェクトから始まり、急成長したスタートアップです。

非対称的な利得を目指すサイドプロジェクトへの投資で全体としての抗脆弱性を得る

先日アンチフラジャイルについての記事をまとめました。スタートアップとは複雑な世界でポジティブなブラックスワンを待つビジネスであり、そのためには予測可能なコストの範囲内で非対称かつ予測不可能な利得を得るアンチフラジャイルな賭け方、convex tinkering の一種が必要と言えます。しかしよくよく考えて見れば、この賭け方はスタートアップという時間的・資金的コストの掛かるものではなく、サイドプロジェクト、そしてサイドプロジェクトから生まれるスタートアップにこそより強く適用できる考え方ではないかと思います。

サイドプロジェクトやプロジェクトを数多く増やすことで、損失の最大値を予測可能にしながら、利得の最大値を予測不可能なものに賭けることができます。個々のプロジェクトはフラジャイルですが、数が多くなり、その利得が予測不可能であればあるほど、投資元あるいはエコシステム全体のレイヤーでアンチフラジャイル性(抗脆弱性、反脆弱性)を獲得します。

逆に言えば、小さな勝利を狙うプロジェクトは意味がなく、世界規模での大きな勝利を目指すプロジェクトを増やすことが国内スタートアップのエコシステム全体として良い結果をもたらすことができる、ということになります。

Antifragile からの引用:figure 6. オプションライクな試行錯誤(fail-fast モデル)のメカニズム。a.k.a. convex tinkering (凸状のいじくりまわし)。最大値が既知の損失になるような低いコストのミスと、大きなポテンシャルのペイオフ(無制限)。ポジティブなブラックスワンの中心的な特徴であり、利得は無制限(宝くじとは異なる)であり限界は既知ではない。しかしエラーからの損失は制限されており既知である。

スタートアップやプロジェクトの生存率は適切な指標ではない

そしてアンチフラジャイルの概念が教えてくれる重要なポイントがもう一つあります。アンチフラジャイルの概念に照らして考えてみれば、Paul Graham のブラックスワン農場にも書いてあるように、「プロジェクトの成功率」でこの試みの成否を判断してはいけないということです。

測られるべきは、直近のプロジェクトの生存率やスタートアップの生存率、資金調達率ではありません。利得が非対称であるからには、そんな短期のメトリクスはまったく意味がないどころか、メトリクスを設定してしまえば人はそれを最適化しようとしてしまうので、むしろ害のある指標だと言えます。

この「生存率は適切な指標ではない」という考え方は、短期の成果が求められる営利企業や政府機構、入所したスタートアップの資金調達実績やブランドが大事なアクセラレータビジネスとは相容れません。あの Paul Graham ですら怖くてできなかったリスクのある戦略です。彼自身「実のところ資金獲得の成功率が30%などというのは、考えるだけで胃がキリキリする。ベンチャーの30%しか資金を獲得できないデモ・デーなど修羅場だろう」「もし多くの挫折したリスキーなベンチャー企業に投資していたら、YC のブランドは、(少なくとも数学に弱い人にとっては) 傷ついていただろう。YC の卒業生の人脈力も弱まるかもしれない」と述べた上で、この考え方をこのようにまとめています。

良くも悪くも、それは思考実験以上のものにはならないだろう。私たちはそれに耐えることができなかった。この直観に反する事態に、どうすればいいだろう? 私は、するべきことを示せるが、まだそれをできないでいる。(ブラックスワン農場

スタートアップの反直観性には、アンチフラジャイルの知識こそ有効

スタートアップは反直観的だと言われます。初めてのスキーや初めての飛行機の操縦、初めて漕ぐ自転車のような反直観的なものには、どんなにそうするのが怖くても、適切な知識通りに動く必要があります。

もしアンチフラジャイルに関する知識がスタートアップという領域において適切であり、日本がシリコンバレーやその他の地域のスタートアップエコシステムに追いき追い抜こうと思ったら、日本のスタートアップエコシステムに寄与する投資側・支援側こそが反直観的な賭け方、それこそ Paul Graham ですら取れなかったアンチフラジャイルを意識した賭け方が必要なのではないでしょうか。

正直、そうした「いつリターンが来るかわからないサイドプロジェクトに賭ける」という仕組みはビジネスとしては成立しづらいと思います。さらにいえば Paul Graham ですら耐えることができなかった考え方に賭ける、というのはどんな個人にとっても難しいことです。

しかし日本国内のスタートアップエコシステム全体で抗脆弱性を獲得するには、直観に従わずに理論にこそ従って、そのような超積極的な賭けをする組織が出てくる必要があるのでは、と感じています。そうした超積極的な組織が多少なりとも出てくることで、保守的な投資をしがちと言われると言われる日本全体で見てみると、バーベル戦略 — 可能な限り超保守的かつ超積極的になることであり、ちょっと積極的だったり、ちょっと保守的だったりする戦略ではない を達成できるのではないでしょうか。

バーベル戦略とはこんなやり方だ。黒い白鳥のせいで、自分が予測の誤りに左右されるのがわかっており、かつ、ほとんどの「リスク測度」には欠陥があると認めるなら、とるべき戦略は、可能な限り超保守的かつ超積極的になることであり、ちょっと積極的だったり、ちょっと保守的だったりする戦略ではない
「中ぐらいのリスク」の投資対象にお金を賭けるのではなく(だいたい、それが中ぐらいのリスクだなんてどうしてわかる? 終身教授の椅子がほしいばっかりの「専門家」がそう言うから?)、お金の一部、たとえば85%から90%をものすごく安全な資産に投資する。たとえばアメリカ短期国債みたいな、この星でみつけられる中で一番安全な資産に投資する。残りの10%から15%はものすごく投機的な賭けに投じる。(オプションやなんかみたいに)あらん限りのレバレッジのかかった投資、できればベンチャー・キャピタル流のポートフォリオがいい。
そういうやり方をすれば、間違ったリスク管理に頼らずにすむ。どんな黒い白鳥が来ても「フロア」を超えるひどい目に遭うことはなく、最大限安全なところに置いておいた「卵」に被害が及ぶことはない。
(ブラックスワン下巻 p. 69–70、太字強調は引用者によるもの)

そうしたエコシステム全体の状況をうまく作り上げることにより、抗脆弱性/反脆弱性の中で良いブラックスワンを捕まえて、非対称的で予想不可能なほどに大成功するスタートアップを国内からも出していけるのではないかと思っています。だからこそ、大きな夢を描くサイドプロジェクトを少しでも増やしていくことができないか、ということを引き続き考えたいと思っています。

お金の一部、たとえば85%から90%をものすごく安全な資産に投資して、残りの10%から15%はものすごく投機的な賭けに投じ、中位のリスクを一切とらないようなバーベル戦略の図。http://www.barbellstrategy.com/2014/07/why-barbell-strategy.html

さらにいえば、ブラックスワン対策であるバーベル戦略を個人のキャリアにも適用して、サイドプロジェクトを個々人が行うことで個々人のアンチフラジャイルなキャリア構築にも寄与できないものかと、そう考えています(これも別記事にまとめました)。

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein