イノベーションの 3 つの補助線:「ツール」「組み合わせ」「隣接可能性」
※この記事は「反領域的なスタートアップはチープなツールの組み合わせから」の一部を独立させたものです(長いと言われたので)。
今回はイノベーションを考える上で有効と思われる 3 つの概念について紹介します。3 つというのは、
- ツール
- 組み合わせ
- 隣接可能性
の 3 つです。
1.ツール:ツールは時間を作る
やわらかな遺伝子や赤の女王などで著名なサイエンスライターである Matt Ridley は『繁栄 (Rational Optimist)』という著作の中で、人類の繁栄について、特に交換という概念をベースにその論を展開しています。
彼によれば「交換」が発明されたことにより、分業と「専門化」が起こり、そして専門化が起こったことで人は道具や技術に時間を投資できるようになって「イノベーション」が生まれ、それがさらに「交換」を強化した、とのことです。
専門化は革新(イノベーション)を促した。道具製作用の道具を作るために時間を投資することを促したからだ。それが時間の節約につながった。そして繁栄とは端的に言うと節約された時間であり、節約される時間は分業に比例して増える。
人間の歴史は規則と道具の共進化によって推し進められてきた。人間という種がますます専門化し、交換の習性を拡大してきたことが、規則と道具におけるイノベーションの根本原因なのだ。
このように彼はイノベーションにおける道具の有効性を繰り返し言及しています。
なお、Ridley の定義によれば人類の繁栄を最も良く測る単位は「時間」です。ここでの時間とは節約された時間であり、自由に使える時間と言い換えてもいいかもしれません。これは Bill & Melinda 財団の指摘ともつながります。そして時間を作るものは技術(テクノロジ)であり、道具(ツール)である、と考えるとより分かりやすいかもしれません。
2.組み合わせ:技術は組み合わせによって進歩する
また一方でテクノロジの進歩は組み合わせによるものである、という論者も多数います。
たとえばサンタフェ研究所の Brian Arthur は『テクノロジーとイノベーション (The Nature of Technology)』の中で、テクノロジを組み合わせ進化の産物であると述べています。また Google のチーフエコノミストであり、『ネットワーク経済の法則 (Information Rules)』などを書いた Hal Varian は「組み合わせ型イノベーション」についてしばしば語っています。
もとより、イノベーションという言葉を作ったシュンペーターも、当初イノベーションのことを new combination (新結合) という言葉で示していました。これらのことからも、技術の進歩は新しい組み合わせによるもの、という話は多くの人が一致する認識であるのではないかと思います。
実際、グーテンベルクはぶどう圧搾機と紙とインク、鉛を使った金属凸版など、それまで培ってきた技術と道具を組み合わせて、それを他の領域に適用することにより、活版印刷という新たな技術を開発したと言えます。
3.隣接可能性
またこうした組み合わせの他に、Stuart Kauffman の理論 (自己組織化と進化の論理) に寄せて、テクノロジの「隣接可能性 (Adjacent Possible)」に着目しているのが Steven Johnson です。
組み合わせとは言っても、何から何まで組み合わせられるか、というとそんなことはありません。たとえば「ヒマワリを構成する原子は、生命誕生以前の地球にあったものとまったく同じだが、その環境から自然発生的にヒマワリを生み出すことはできない」と Johnson は例えていますが、組み合わせというものは段階的にしか起こらないということでもあります。
Steven Johnson は『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則 (Where Good Ideas Come From: The Natural History of Innovation)』の中で隣接可能性をこのように描写しています。
グッドアイデアには必ず、それをとりまく部品や技能の制限がかかる。私たちにはもともと、飛躍的なイノベーションこそがロマンだと思って、周囲の状況を超越した画期的なアイデアや、古いアイデアや化石のような伝統が覆いかぶさった状況をよそに、その外が見える才能ある人物を思い浮かべる傾向がある。ところがアイデアは間に合わせ(ブリコラージュ)のしごとで、あれこれかぶさったものから築かれるものだ。
…
隣接可能性とは、未来の影のようなもので、ものごとの現状というか、現在から作り変えられる、あらゆる形の地図のへりの上に止まっている。それでも無限の空間ではないし、何でもありの場でもない。第一段階の反応としてありうる数は膨大だが、数は有限で、現代において生物圏にいる形態のほとんどはそこには入らない。隣接可能性が教えてくれるのは、世界にはいつでもとてつもない変化をする力があるとしても、一定範囲の変化のみが起こりうるということである。
また X Prize 財団を指揮する Peter Diamandis らは『楽観主義者の未来予測 (Abundance)』の中でこのように書いています。
テクノロジーは、理論生物学者のスチュアート・カウフマンが「隣接可能領域」と呼ぶもののなかへ広がっていく性質があるのだ。たとえば、車輪の発明以前は、荷馬車や大型馬車、自動車、手押し車、ローラースケートといった、回転という性質から生み出される。
この隣接可能領域、あるいは隣接可能性については、Civilization をプレイした人には「一つの発明は次の発明へとつながり、過去の発明の組み合わせによって新しいテクノロジを入手することができる」といえば分かりやすいかもしれません。
そしてこの隣接可能性が教えてくれることは、組み合わせによって発明された新しい技術によって、技術の隣接可能性がさらに広がる、ということです。
つまり新しい技術はさらに新しい技術を作るための種になりえます。
Steven Johnson はそれを以下のように表現しました。
隣接可能性については奇妙で美しい真実がある。それは、その境界を探ると、当の境界で区切られる範囲が広がるということだ。新たな組み合わせが見つかるたびごとに、別の新たな組み合わせが隣接可能性の領域に呼び込まれる。
補足:組み合わせ論や隣接可能性の正しさは多重発生の現象から示唆されている
以上の 3 点が、イノベーションの発生原因を理解するための補助線となります。これらのイノベーション論においては、新しいテクノロジやツールに目を向けて、テクノロジ同士を組み合わせる、あるいは他の領域と組み合わせることでさらに次の領域に向かう、というのがこれらの論者の軸になっています。
この論が正しいように思えるのは、発明の多重発生の現象が過去に多々見られたところにあります。たとえば電話の発明はベルとグレイがほぼ同時で、わずか数時間の差で特許はベルのものになったという事例は有名です。しかしその他にも、ニュートンとラプニッツはほぼ同時に微積分を発明し、最初の電池は 1745 年にフォン・クライストが 1746 年にクネウスが別々に発明され、望遠鏡は 6 人が別々に発明したと言われています。
つまり歴史を振り返ってみれば、ツールが揃った段階ではじめて発明が生まれており、それは一人の天才のひらめきを待つというよりも、既成のツールをうまく組み合わせによって新しい可能性が拓けてきた、という証左のように思えます。
これらのツールと組み合わせ、そして隣接可能性によるイノベーションを知った上で、現在の技術の発展に目を向けてみると、その組み合わせの数や隣接可能性が指数関数的に(エクスポネンシャルに)広がっていることに気付きます。
技術の指数関数的な進歩については別の記事をご参照下さい。