投資トレンドなんてクソ食らえ: トレンドではないスタートアップのアイデア
スタートアップに限って言えばですが、VC やメディアの喧伝する技術トレンドや投資トレンドは「数歩遅い」ことがよくあります。たとえば VR や AI、シェアリングエコノミーといったような言葉が現在流行っていますが、大きく成長しているスタートアップは、それらがトレンドとして見えてくる前に生まれています。
7 〜 8 年前の「トレンド」を振り返る
VC に投資された中で良いスタートアップは、おおよそ起業から 7 〜 8 年後に IPO する傾向にあります。では 2017 年の今から 7 年前の 2010 年に、スタートアップ投資の専門家であるベンチャーキャピタリストたちは当時「トレンド」をどう予測していたでしょうか。
まず有名な投資家である KPCB の John Doerr は 2010 年に「SoLoMo」に注目していると言っていたそうです。Social, Local, Mobile の頭文字を取って SoLoMo です。当時は Facebook や Foursquare が全盛の頃でした。
また同時期、SV で尊敬されるエンジェル投資家である Ron Conway はメガトレンドとして、「リアルタイムデータ」「ソーシャル」「フラッシュマーケティング」、そして「位置対応サービス」「大都市型起業家」「モバイル」「ビヘイビアとトランザクション」を挙げています。
確かに Groupon (2011 年にIPO) や Gilt (長く IPO の噂が続くものの総調達額以下で 2016 年にM&A) などの例を見れば、数年の短期スパンではこれらのテーマは合っていたかもしれません。しかしこれらのサービスが 2017 年に IPO しそうかというと、どうやらそうではないようです。
逆に 2010 年前後に始まって急成長したのは、Uber や Airbnb といった、シェアリングエコノミーの先駆けでした。
しかし当時トレンドではなかった Airbnb は初期の調達にとても苦労しています。
一方それから 7 年後の現在、2017 年の IPO 銘柄としては SaaS のスタートアップが注目されています。
では 2010 年の「Saas Startup」のトレンドはどうだったかというと、まだその兆しが見えていませんでした。TechCrunch で記事を検索しても、2010 年にはそれほど多くの SaaS スタートアップの記事は引っかかりません。(2010 年はちょうど Microsoft Azure が日本でも正式リリースされ、AWS の JAWS-UG が日本で立ち上がった年です)
このように著名な人たちが「トレンド」を外していることを考えると、彼らの言うトレンドに賭けて成功するのは非常に難しいと言えそうです。言い換えれば、「喧伝されているテーマに沿ってスタートアップを始めても遅すぎる」とも言えるのではないでしょうか。
(※なおトレンドを外した上述の VC は悪い VC だ、と言いたいわけではありません。自分の予測に拘泥することなく、随時予測を修正していき成果を出す力は、テトロックの『超予測力』などに倣い賞賛されるべきだと思います。また大企業はある程度成熟した市場に攻め込むほうが良いかもしれないので、上記はあくまでスタートアップの話です。)
トレンドはより悪い
トレンドに乗ったスタートアップのアイデアの、さらに問題のある部分として、
- トレンドに沿ったアイデアが一見良いもののように見えて
- 投資家もこぞって投資するため
- そのアイデアが悪いものであることに気付くのに時間がかかる
という点が Paul Graham によって指摘されています。
スタートアップのアイディアをひねり出そうと考えれば考えるほど、 出てくるアイディアは単に悪いだけでなく、悪いにもかかわらずいけそうに思えるものになるので、それが悪いということがわかるまでに大いに時間を無駄にすることになる。
(https://practical-scheme.net/trans/before-j.html, Copyright 2014 by Paul Graham, 原文: http://paulgraham.com/before.html, 日本語訳:Shiro Kawai)
たしかにトレンドに乗れば初期の資金調達はできるかもしれません。ただ資金調達自体は企業の成功を意味しません。
逆に自分たちの業界やテーマにそうしたスポットライトが当たったときは、「何かを始める」タイミングではなく、出資を受けたり、流動化したりするタイミングだ、と思ったほうが良いのではないかと思います。
それでもトレンドを知る
以上のように、トレンドに”乗る”ことは注意するべきだと思う一方で、トレンドを”知る”ことは重要であると個人的に思っています。なぜなら自分の考えがトレンドに流されているかどうかを知る必要があるからです。
また、トレンドという「答え」はそれぞれの人達が唸りながら考えた結果至ったもののはずです。だから答えだけを教えてもらうのではなく、なぜ その人達がそのトレンドという結論に至ったのか、その考えるプロセスや背景情報を知ることは有効ではないかと思います。
そのほか、短期的なバズワードとは異なる、大きなメガトレンドはある程度は把握しておくべきといえるかもしれません。たとえば Y Combinator は「起業家のアイデアを刺激するために」、多くのメガトレンドを含む Requests for Startups を公開しています。それはある意味、社会的インパクトを重視する姿勢ともつながってきそうです。
ただし、現在のコンピュータの発展の礎となっているトランジスタが、最初補聴器への応用の模索から始まり、ラジオに使われ、そして LSI に辿り着いたように、大きな課題の最初の解決策は意外なところから来るかもしれない、という点は注意しておくべきではないかと思っています。
トレンドではないアイデアの見つけ方
その他、先人たちの知恵を拝借すれば、以下のようなことは言えそうです。
1. 終わったと思われる課題に目を向けてみる
Facebook によって独占されて開拓が終わったと思っていた SNS は、写真加工アプリとして 2010 年に始まった Instagram と、メッセージが消える Snapchat という2011 年に始まったアプリによって新たに構築されました。
日本においては「Yahoo! Auction があるから」とスルーされていた C2C のマーケットで、メルカリや Fril のようなスタートアップが大きく成長したこともあります。
一度解決されてしまったような課題も、新しいプラットフォームの登場で大きく変わりうる可能性があります。その場合、新しい解決策(上記の例ではモバイル等)の台頭には早い段階で気付く必要があります。
2. 変わらないものに目を向けてみる
「10年後も変わらないものに目を向けろ」と Amazon の Jeff Bezos は言います。彼の言うように、トレンドではない、人間の普遍的な課題に目を向けてみるのは、一つのやり方であるように思います。Jobs to be Done の考え方なども、こうしたやり方と親和性が良いのではないでしょうか
上記の「終わったと思われる課題」やメガトレンドに関連しますが、大きく変わらない顧客の課題や今後も増え続けるであろう課題に対して、解決の方法を時流に合わせることで大きな成長が見込めるのかもしれません。
3. 新しい需要に気付く
これまでと異なる新しい需要に気付くことは、トレンド以外のアイデアに気付く良いきっかけになりえそうです。
たとえばベルが電話の発明をしたとき、ベルは当時通信をほぼ独占していたウエスタンユニオン社に電話の発明を譲渡しようとしていますが、拒否されています。その一つの理由は、ウエスタンユニオン社の顧客は遠距離通信がメインで、一方当時の電話は短距離にしか使えなかったので、そんな制限のある電話に需要があるとは思えなかったからです。しかし結果的に、ベルの作った AT&T はウエスタンユニオン社を飲み込むに至りました。
こうした状況を見て、とある歴史家は以下のようなコメントを残したそうです(イノベーションの最終解より)。
「電話業界にしろ、電信業界にしろその主導権を持つ企業には、一般の人たちが受話器を取り上げて、親戚や友だちとただおしゃべりをするような世の中が来るなどとは思いもよらなかった」
これは電話という発明によって、「遠隔地で他人とお喋りをする」という新たな需要が生まれた、と言えるのではないでしょうか。
逆に言えば、そうした新たな需要にいち早く気付くことがトレンドではないアイデアの見つけ方につながっていくと言えます。
これから生まれるトレンドに気付く
スタートアップのイベントやインタビューがあるたびに「これからのトレンドは?」とメディアの人が聞き、VC や有識者が「◯◯と◯◯と◯◯です」と答えているような記事を見ます。私も聞かれて苦慮しながら答えることもあります。
ただ個人的にはそうした問いに対しては、Paul Graham と同様に、予測しないが、仮説を立てて試して賭けてみる、そして気付く、という態度を取りたいと思っています。
なにより、私や投資家やメディアの人達よりも、現場や顧客に近い起業家の皆さんのほうがその変化に早く気付くはずです。
最初はゆっくりとした変化かもしれません。ただそれを掴んで、急成長を信じて賭けること、そして少しずつ試しながら気づきを得ることが、本当の意味でのトレンドを掴むためには重要だと信じています。
だからこそ、それがとても難しいことは自覚した上で、新しいチャレンジをしている人たちに対して「投資トレンドなんてクソ食らえ(気にするな)」といったようなエールを送ることも重要なのかなと思います。
そういう意味では、私自身もこうして言うだけではなく、スタートアップ支援という文脈においてトレンドではないやり方を試していければと思っている次第です。
補足: アイデアのチェックリスト
良いスタートアップのアイデアは「悪いように見えて、実は良いアイデア」であると言われます。そんなときほぼ必ず「悪いように見えて、実は良いアイデアはどういったものか」と聞かれます。
私にその答えが出せるのであれば既に成功して大金持ちになっているので、残念ながら明確に答えることができません。だから、そんなときは 「なぜ 2 年前では早すぎて、2 年後だと遅すぎるのか、という Sequoia がよくする質問を自分自身に問うてみて、自分だけのユニークな洞察に基づく理由があるなら、それに賭けてみてはどうでしょうか」という答えをすることが多いです(すみません)。
良いスタートアップのアイデアはとても反直観的だと思います。そうした反直観的なアイデアのチェックリストについては、新書『逆説のスタートアップ思考』の中にも書いています。34 個のチェックリストを全文引用いただいているブログ記事があるので、そちらも参照して下さい。
あと、おかげさまで Amazon の在庫が復活しました。