2018 年の日本のスタートアップエコシステムのボトルネック (シリーズ)

Taka Umada
14 min readNov 8, 2017

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「スタートアップの時代が終わった」という記事再び散見されるようになりました。

周期的にこうした記事は上がってきますが、2017 年の記事では GAFA や FANG、BAT などと呼ばれる Tech Giants が貪欲に事業領域を拡大しており、それにつれてスタートアップが狙える領域が狭まっている、という解説をされることが多いようです。

実際、Tech Giants は独占から生まれた利潤を活用して高度な人材を高給で集め、洗練された開発手法で AI、AR や VR、FinTech、スマートスピーカーなど、可能性のある新興領域で続々と新規事業を進めています。そうした大企業の俊敏な動きがスタートアップの領域を狭めて、起業の機会が少なくなっているように映るのも仕方がないことかもしれません。

日本のスタートアップエコシステムについて聞かれることがまた増えてきました。そこでエコシステムについて今自分が考えていることを書いておきます。もちろん今回書いたことは私の認識や考え方、前提が間違っているかもしれません。その場合は色々と直していければと考えていますので、まずは議論の土台として提示させてください。

各記事の各論は細かいですが、全体として、日本のスタートアップエコシステムが良くなって、良いプロダクトや良い企業がたくさん出てくる「スタートアップの工場」のような環境を作ることができれば個人的には面白いなと思って動いています。その結果として日本をはじめ世界の個々人が生活しやすくなり、働きやすくなればと思っています。

そういえば、資金調達したスタートアップの寿命は 18 ヶ月と言われます。振り返れば、ちょうど 18 ヶ月前に 2016 年 5 月に日本のスタートアップエコシステムについての話を書き、2016 年 6 月から現職場で働き始めました。昨年 5 月に書いたことについては現在対処しようとしているつもりで、大学周りで初期のプロジェクトの支援などをして、当時考えてたことを多少変えつつもそこそこの成果は出せたのではと思っています(いずれ成果や知見は共有できればと思います)。

私の任期は幸いあと少しだけ残っていて、できればまだもう少し頑張りたいので、前の記事から 18 ヶ月後の 2017 年 11 月を一つの区切りとして今の考えと、今後試したいこと(そのための寄附金を調達できれば…と思っているのですが)を書いておきます。おそらく 2018 年に向けての話になるので、記事のタイトルは 2018 年としました。

日本のスタートアップエコシステムの評価は未だ低い

Startup Genome Report 2017 によれば、スタートアップエコシステムのランキング Top 20 の中に日本は入っておらず、無名に思えるストックホルムやアムステルダムにも負けている状況でした。

https://startupgenome.com/report2017/

英語で情報発信していないから?

こうしたランキングで低い順位になってしまうのは、日本のスタートアップやメディアが英語での情報発信をしていないから、というのももちろん一因としてあると思います。一方、アムステルダムには I am Amsterdam というイニシアチブがあり、その中で英語でアムステルダムのスタートアップや支援内容が紹介されています。

しかしそうした情報発信を差し置いても、既に日本国内には数多くの「スタートアップ支援」があることは確かです。そして VC 投資額は米国の約 1/40 などと言われますが、ランキングに挙がっている他国に比べれば多くの投資資金が集まってきています。

支援者の数も確実に増えてきていますし、スタートアップ向けの支援プログラムも拡充されています。コンテストも多数あり、コワーキングスペースも次々と開設されています。

それでもなぜランキングでは低くなってしまうのでしょうか。おそらく英語の情報発信の問題だけではないように思います。

海外で目立つ企業がないから?

またグローバルで目立つスタートアップがいないので、注目されていないというのもあるかもしれません。それは商圏が違うから、と説明されてしまいがちです。

しかし商圏が関わる SaaS のスタートアップでも、ヨーロッパからは様々な SaaS スタートアップが出てきています。特に Algolia や Shift Technology (※両企業ともフランス発) のような、言語がそこまで障害にならないスタートアップは日本から出てきてもおかしくなかったはずなのに、未だそうしたスタートアップは他国に比べて少ないように思います。

Accel SaaS Landscape 2016

こうした状況を鑑みると、個人的には「英語」を理由にせずに、こうした低い評価を受けてしまう理由を改めて考えてみる必要があるように思います。

何か決定的なものが足りないから?

では何か決定的なものが足りていないのでしょうか。起業家が足りない、資金が足りない、ネットワークが足りない、技術が足りない、大企業の関わりが足りない。色々候補はありそうです。

ただ研究によれば、「何か一つのドライバー」がスタートアップエコシステムに影響することはほとんどないようです。

当然ですが、その場所、その時代にあったドライバーがあり、それは自分たちで考えて答えを見つけていかなければいけません。

そこで改めて一歩引いて、エコシステム全体を見ていければと考えています。

スタートアップエコシステムのスループット=成功した事業の数 — 投資金額

各国のスタートアップのエコシステムの一部、スタートアップが生まれてから成功するまでのフローをスタートアップの工場と見立て、その上でゴールドラットの TOC 的な視点で見直してみます。

そのスタートアップ工場のスループットを「成功した事業が生み出した価値」から「投資やスタートアップ支援に要した費用」を引いたものとしたとき、その工場は十分なスループットが十分な速さで出ているかといえばそうではないように思います。であれば、どこかにボトルネックがあるはずです。

2017 年のスタートアップエコシステムにおいて、ボトルネックになっている部分は以下の3つであると感じています。

  1. スタートアップの数
  2. 顧客フィードバック
  3. M&A の数
いくつかのボトルネックのイメージ

支援の適切な配置によるスループットの増大

現在の日本のエコシステムの状態としては、VC や CVC による資金の提供やアクセラレータなどの支援が拡充してきていて、そこにボトルネックはあまりないように感じています。

逆に、既に誰かが実施しているボトルの太いところにばかり皆が殺到して支援が厚くなりつつあるのでは、と思っています。その結果、エコシステム全体としての投資効率が悪くなるだけでなく、個々の取り組みの効率も悪くなってしまっているのでは、というのが現在の仮説です。

しかし本当のボトルネックのスループットを底上げしないと、全体のスループットは上がることはありません。下図でいうと、鎖の強度は一番弱いところで決まるように、スループットはボトルネックのキャパシティで決まります。

https://www.slideshare.net/inuro/toc-43579895

逆にこれらのボトルネックのスループットが底上げされれば、スタートアップが成長しやすくなり、新たな価値をより多くの人に届けやすくなると考えています。また個々の支援側としても、より効果を上げることができます。

だから今どこがボトルネックになっているのか、ということを考えるのが、個々の企業や支援者にとって重要な視点ではないかと思います。「スタートアップの支援を始める」からといって、場当たり的に他社と同じことをしたのでは余り効果が上がらないでしょう。

もしこうしたボトルネックの解消ができれば、単にスタートアップという経済圏が盛り上がるだけに留まりません。イノベーションの種が国内に続々と生まれることで、日本の大企業にとってもスタートアップとのアライアンスや買収などを通して競争力を増すことができます。その結果、日本の経済にも貢献できると信じています。

各都市や各国が独自のエコシステムで競う時代に: エコシステムが競争力に

こうしたエコシステムを考えることは、国の競争力を考える上でも重要になってきてるように思います。

シリコンバレーもスタートアップのトレンドが見えづらくなり、試行錯誤を繰り返しているようです。そのため投資資金は控えめになりつつあり、2017 年のシード投資の件数については 2015 年に比べて 40% もダウンしていると言われています。おそらく起業の総数も少なくなっているのではと思います。

世界的にもこうした流れだからこそ、少し身を縮めて改めて自分たちのことを省みるべきだと思います。

特にシリコンバレーのモデルに追いつくだけではなく、シリコンバレーという先行者の学びを吸収しながら、今は各国が独自のモデルを模索、構築していくタイミングなのではないかと思います。

経産省の資料でも「世界各国でグローバルベンチャーを生み出すエコシステム競争が激化」とあるように、他の国々を見始めているようで、私個人もシリコンバレー以外の各都市の状況もより詳細に見ていくべきではないかと感じています。

http://www.meti.go.jp/press/2017/10/20171002012/20171002012.html (2017 年 10 月)

独自に発展しつつある他の都市のスタートアップエコシステム

日本の状況を振り返る前に、他の都市を見てみると、たとえば先に挙げたアムステルダムを見てみると、人口は約 80 万人と、東京都の 1/10 以下の人口にもかかわらず、スタートアップの数も 1,000 を超えているようです。

その背景には、Startup in Residence や I am Amsterdam によるスタートアップの情報の集約など、行政も多数の効果的なスタートアップ支援を行っているところもあるでしょうし、オランダという国全体でスタートアップビザを作っています。またストックホルムと同様、アムステルダムは SCALE (The Startup City Alliance Europe) に参加しています。

英国やシンガポールは Regulatory Sandbox (規制のサンドボックス) を作り、金融サービスなどに実験の場を提供し始めて、社会実装のスピードを早めようとしていますし、サウジアラビアや UAE は石油マネーを使い諸外国の技術への投資や自国への誘致を始めています。

フランスも French Tech という動きが活発になりつつあります。フィンランドやエストニアを始めとした欧州各国も独自の取り組みをしています。中国も世界に散らばっている優秀な中国人留学生を母国で起業させようと海外大学にアプローチしているようですし、有り余るお金を使って各国の有望なスタートアップに投資をしようと声をかけて回っている話を良く聞きます。清華大学での取り組みについては以前記事に書いたとおりです。

こうした国々を見ていると、スタートアップエコシステムがまさにその国の競争力となると見据え、一歩先ゆくシリコンバレーやイスラエルとは異なり、地域ならではの支援体制を整えつつある様相が見て取れます。

もちろん現地の話を聞くと、「実はまだまだ……」という実態のところが多いです。しかし年月を積み重ねるごとに、おそらくそれぞれ独自の発展をしていくのではないかという予感があります。そうした予感を感じさせる取り組みをしているかどうかが現在のスタートアップエコシステムのランキングに反映されているのではないでしょうか。

これからはシリコンバレー一強の時代から多様な戦略性を持った都市同士を比較してく必要があるのではと感じています。

反射的な対策以外の対策を考えるちょうど良い時期

こうしたとき、反射的な対策として、たとえば「スタートアップの数が少ないので、挑戦する人を増やすためにスタートアップを盛り上げよう」というのはあまりにも考えなしの行動です。

また「失敗を許容する文化を作ろう」というのも重要ですが、言うのは簡単で具体的な実行が難しい種類の活動です。「シリコンバレーのデザイン思考を取り入れよう」はまだ実行可能かもしれませんが、既に数年言われ続けていてそこまで変わっていないように感じます。

だからこそ、私たちがやるべきことは、現状を分析した上で、その背景にある原因や構造を考え、その中でも今現在対処できてかつインパクトの大きいものから手を付けることであると思います。

世間ではオープンイノベーションという言葉はますます流行り、イノベーションの種を提供すると見なされるスタートアップへの期待が高まりつつあるように思います。実際にその期待通りに

思い返せば、金融危機後の 2008, 9 年に Uber や Airbnb が生まれました。そのとき多くの頭のいい人たちは Google や Amazon などの企業の傘下に逃れていましたが、そんなときにスマホというトレンドに乗って起業していた人たちこそが大きな成功を修めています。

だからむしろ今こそが次のスタートアップのトレンドが生まれる時期だと考えています。それはきっと AI など、US や中国の後追いではない形であるべきだと思います。かつてポーランドが数学の領域を戦略的に絞って、独自の地位を築いたようにです。

近々そうしたスタートアップエコシステムに関する談義などをする、かつてのポーランドのカフェのような場が作れればと思いますが、まずは私自身の問題意識を一連の記事にまとめておきます。

  1. スタートアップの数を増やす

1.1. 攻めのセーフティネットとしてのコミュニティ

1.2. ダメなアイデアを早く辞められるサポート体制

1.3. 超初期のプロジェクトへの寄附的な投資による人材育成

2. 顧客フィードバックのサイクルを早める

2.1. 早期導入を互いにすすめるコミュニティ(系列)

2.2. 規制と社会との対話

2.3. 社会実装のオペレーションエクセレンス

3. スタートアップの M&A を増やす

3.1. アクセラレータの内製化によるスケーリングのノウハウの内部化

3.2. スケーリングのノウハウの共有

3.2. 人材開発と組織開発への投資

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein