スタートアップの M&A を増やすには: 2018 年のスタートアップエコシステムのボトルネック (3)
平野正雄さんの『経営の針路』では、これからの時代、これまでの事業会社は投資や M&A をする「事業投資会社」になっていく、と書かれていました。各社がオープンイノベーションや CVC の活動などを活性化しているのも、それを見越しての行動と思われます。
その一方で、日本のスタートアップは M&A による Exit が少ない、それが日本のスタートアップエコシステムの問題である、ということが度々指摘されています。
買い手側の企業は「買いたい」と思ってい始めているし、売り手側のスタートアップも「事業を売って成長を加速することも選択肢と考えたい」と思っている、互いに同じ課題感を抱えているように見えるのに、何故 M&A が少なくうまくマッチングしないのかといえば、のれん代の問題が挙げられることが多いだけで、もう一個踏み込んだ考察をする必要があるように感じています。
(※これはシリーズの第三回の投稿です)
M&A が既存企業の競争力になる時代
そもそもなぜ M&A が今後重要な選択肢の一つになるのでしょうか。
McKinsey のレポートによれば M&A が成長の原動力になっていることが示されています。たとえば年間 2 件以上の M&A をコンスタントにしているソフトウェア系の企業は、売上の成長率が高いと言われています。
さらに M&A が有機的な成長に繋がることも示されています。
もちろん、売上が伸びている企業だから M&A も多くできるのだ、ということは言えるかもしれませんし、McKinsey という会社のポジショントークである可能性もあります。反対の主張を見つけることもできるでしょう。
しかし事例を見てみると、Google や Facebook は次の成長の多くを M&A した事業によって成し遂げてきています。Google に至っては、平均すると月 1 件の M&A を続けていて、そうした M&A の積み重ねが PMI のノウハウを内部に溜めて、それが M&A の成功と事業の成長につながっている、という論も説得力を持つもののように思います。
自社での新規事業に高給な人材を数十人張り付けるぐらいなら、他社の成功しそうなスタートアップを買ってきたほうが、結果的にユーザー獲得や時間の短縮も含めて安くあがる、というケースも多々あるように思います。
小規模 M&A の経験を大規模な M&A に活かす
一方、日本の大企業が海外大手の企業を買収して手痛い目にあっていることは、東芝や日本郵政のニュースなどで周知となっています。
M&A の規模が違えば性質も違うことは重々承知です。しかし、スタートアップの買収という小規模な M&A を通して、大企業が M&A や PMI の経験を培うことは、大企業にとっても意味があることではないでしょうか。そうして経験を積むことが大規模な M&A にも貢献するはずと考えます。
そこでスタートアップの M&A という小規模な M&A を増やすことが、長期的に日本企業全体にとっても利するのではないかと考え始めています。
ドメスティックな M&A が多い
もちろんスタートアップの買収を考えとき、日本ではなく海外のスタートアップを買うことも選択肢としてあるべきだと考えます。海外の成長市場に対して投資したほうが効果が高いと思えるからです。
ただ実際は、世界的に見てもスタートアップはドメスティックな M&A が多い状態です。
これは情報へのアクセス等の問題があるのではと思います(中国企業などは海外に積極的に支店を置いて買収などを仕掛けようとしているようですが)。
となると、日本の大企業から見たときには、日本のスタートアップの買収も選択肢に入れながら考えを進めていくべきであると考えます。
テクノロジ企業の M&A に向けて
今、事業承継という課題を発端にした M&A が日本国内でも増えてきているようです。また日本のスタートアップの買収はほとんどがデジタルメディア系の買収で、バリューチェーンの最後の部分を獲得しようとしている動きにとどまっています。
しかし今後はテクノロジ系の M&A を増やしていくことが企業の競争力維持にとって急務ではないかと思います。たとえば世界的に見れば、M&A の 1/5 はテック系企業になっているようです。5年前の 2012 年は 1/7 程度だったのに比べると、急成長している様が見て取れます。
スタートアップの資金調達状況が良くなっているため、時価総額が高めになってしまっていて M&A しづらいという悪条件はあるものの、CVC やオープンイノベーションの取り組みなどを通して、大企業がテクノロジ系スタートアップに触れ、評価しうる資産の情報を獲得しやすくなってきている状況を考えると、以前に比べれば適切な評価額でのスタートアップの M&A はしやすくなっている環境であると思います。
だからこそあと一歩、障害をクリアしていけば、スタートアップの Exit の選択肢というボトルネックは解消されるのではないでしょうか。
そこで本記事では、スタートアップの M&A という一つのボトルネックの解消に向けて、以下の 3 点を提案したいと思います。
- アクセラレータの内製化によるスケーリングのノウハウの内部化
- スケーリングのノウハウの共有
- 人材開発と組織開発への投資
3.1. アクセラレータの内製化によるスケーリングのノウハウの内部化
2017 年 3 月に書籍を出して驚いたのが、最近 IPO した企業からの講演依頼が多かったことでした。その背景としては、次なる新規事業がないと会社の成長が維持できないという課題が各社にあるのかなと思います。確かに最近、IPO 後の成長についての課題を指摘する声も聞くようになってきており、その課題感は強くなってきているようです。
そしてこれはもしかすると、M&A が起こらない問題と似ているのでは、と考えるに至りました。
買い手側に事業をスケールするノウハウがない
それはつまり「スタートアップを M&A しても、その後の事業の成長シナリオを描いたり、スケールできる自信がないから、M&A に踏み切れないのではないか」という問題です。
確かにスタートアップの成長計画は少しアグレッシブなことが多く、買い手の事業会社からしてみればその成長計画を達成できるとは思えないように映ることが多いと思います。しかしスタートアップからしてみれば、そうしたアグレッシブな成長を遂げる計画を描けなければ VC から資金を調達できない、という構造があります(事業会社と VC の両方から調達するときに起こる問題でもあります)。まずはここでの認識の差異の問題を埋めることが重要です。しかしその後認識をある程度、擦り合わせた後は「本当に買収後、二つの会社の資源を組み合わせて急成長できるかどうか」が焦点になってきます。
大企業側からしてみればスタートアップはたかだか売上数億円から数十億円の事業がほとんどです。企業内にそうした規模の事業を運営してきた人はそうそういないはずですし、外部のコンサルや PE 経験者を頼ろうにも、そうした規模の事業の統合はあまり儲からないという背景から手を付けた人があまりいない領域であると考えます。
スケールのノウハウを身につけるためのスケーラレーター
だからそうしたノウハウを培っていくには、やはり同じようなステージのスタートアップのやり方を見て真似ていく必要があるように思います。
そこで有効になるのがコーポレートアクセラレータプログラムであると考えます。アクセラレータプログラムとして、スタートアップを横で支援しながら、そのスケーリングのノウハウを学べます。特にスケーラレータと呼ばれるアクセラレータであれば尚更でしょう。
外注のアクセラレータを内製化するのが第一歩
ただそうしたアクセラレータを外注している企業が多いのが日本の特徴として挙げられます。それでは買収後のスケーリングのノウハウが貯まりません。
海外に目を向けてみると、Microsoft も Disney、Qualcomm も最初は TechStars に自社のアクセラレータを外注していましたが、次第に自分たちの社内でアクセラレータを運用するようになりました。また国内でも積極的に M&A をしている企業は自前のアクセラレータをしています。支援の評判がいいのも、自前でアクセラレータを実施しているところが多い傾向にあるように思います。
もちろん最初は外注でもいいかもしれません。しかし長期的に見れば、アクセラレータを内製化してスタートアップと関わるノウハウを自社に溜めていくことが、効果的な M&A という戦略を実行に移す上で必要なシフトであると思います。またそうすることで、スタートアップへの理解が増しますし、スタートアップのコミュニティへのアクセスなどもしやすくなります。
ですので、コーポレートアクセラレータは内製化して、スケーラレータへとフォーカスすることを提案します。それがスケーリングノウハウを企業内に溜め、M&A 後の PMI にも役立つはずです。
今後は新規事業開発として、自社内の R&D、外部とのアライアンス、VC への LP出資、CVC、スタートアップの M&A と、ポートフォリオを組んでいく必要があると思われます。それらの機能の内製化をすることにより、スタートアップを外部のイノベーション資源として使うためのグラデーションのある経営体制につながっていくのではないかと思います。
3.2. スケーリングのノウハウの共有
Reid Hoffman が Stanford 大学の Blitzscaling (CS183C) という授業で、「シリコンバレーには スタートアップのノウハウだけではなく、スケーリングのノウハウがある」という旨のことを言っていました。
そしてスケールアップのための「秘密のソース」は、ネットワークにあるということを彼は言っています。
スタートアップの初期のノウハウは今多くの人の努力によって共有されつつあります。
次はスケールアップのノウハウです。それがスタートアップの成長を助けるとともに、そのノウハウが大企業にも実装されることで、スタートアップのスケーリングの支援が太くなるだけでなく、M&A の道もより広がるのではないかと思います。そしてその鍵となるのはネットワークと、ノウハウの言語化ではないかと思っています。
私が大学にいる間に次の価値を発揮できるとしたら、次はこうしたグローバルなネットワークを駆使したスタートアップのスケールアップのノウハウをまとめて、広く共有していくことではないかと考えています。
3.3. 人材開発と組織開発への投資
これについては平野正雄『経営の針路』の受け売りの部分が多いです。
まず M&A を増やしていくには、買い手側の組織や文化をそのような体制にしていく必要があります。買い手側は自社の文化を、買収したスタートアップに移植して効果的に統合していくための方法とそのための人材を確保していく必要があります。
しかし、日本は他国に比べて極端に人材開発と組織開発への投資が低いという状況にあります。
日本企業は採用と雇用に対しては大きなお金をかけるのに、入社後の教育については OJT という名の下に、教育機能を現場に丸投げしてしまっていることは、こうしたソフトキャピタルを軽視しているということです。また体系化されていない現場ならではのやり方が広がってしまうことで、IT なども標準化しづらく、効率化できないという状況があるのではないかと思います。
かつて日本企業が成長していた頃は、新規事業をいくつもすることができ、若手にも大きなチャンスが与えられて、リーダー育成プログラムなどがなくてもリーダーが育っていく環境でした。しかし最近トップの方々に聞くと「自分たちの頃にはあったのに、若手にそうした機会を与えられていない」と仰られることも多いです。
だからこそ、意識的に人材開発や組織開発、リーダーシップ教育に投資をしていく必要があります。それが移植しやすい文化を醸成し、また PMI を加速してくれるのではと考えています。
スタートアップとの関わり、というのもそうした機会の一つになるかもしれません。またその体系立った知識や教育という部分で大学が支援できるところもあるのではないかと考えています。
色々挙げてきましたが、国内のスタートアップの M&A はもう少しで増えてくるのではないかと思っています。そしてそうした環境を作ることが、スタートアップだけではなく、日本の企業全体にも利するのでは、と考えています。
ただ、M&A についてはまだまだ事例も少なく、できれば実施した企業などにインタビュー等を通して、より詳細に把握したいと考えており、協力いただける企業様を募集中です。