スタートアップの数を増やすために私たちができること: 2018 年の日本のスタートアップエコシステムのボトルネック (1)

Taka Umada
18 min readNov 9, 2017

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私の周りに所感を聞くと、日本のスタートアップの総数は増減していないか、もしくは減っているように感じている人が周りには多いようです。

最近の TechCrunch Japan の記事でも「いま日本のスタートアップ界隈では資金が集まりすぎで、スタートアップ企業の数が足りていないと言われている」と書かれていました。「日本のスタートアップの数がまだ十分ではない」という感覚は、関係者に広く共有されているのではないかと思います。

起業の数が増えれば経済成長につながるかといえば、そこはまだ疑問の予知があります。もとより、スタートアップ以外も含む『起業』の数が経済的な成長と比例するかというとそんなことはないようです。だからスタートアップの数が増えればいい、と盲目的に信じているわけではありませんが、国内大企業の新規事業に期待するか、(起業の中でも特殊な)スタートアップに期待するかでいえば、現状の日本においてはスタートアップに期待したいという立場なので、以下はそうした前提でお読み下さい。

(※この投稿はシリーズの第一回目です)

数が減るのはトレンド的に仕方がない

資金や支援者が増えているのにスタートアップが増えない背景には、Web やアプリといった分かりやすい国内市場の領域での機会が一段落したことが挙げられると思います。

少しアプリが作れれば学生でも起業できていた状況に代わり、SaaS などのある程度の業務経験が必要な領域や、ハードテックやディープテックと呼ばれるような、テクノロジリスクとマーケットリスクの両方を抱える領域に機会がシフトしてきています。

先日も、とある議論の中で「エンジニアだけが 2, 3 人集まってできるスタートアップの領域が今は減った」という発言が他の人からも出てきました。先に挙げた「スタートアップ時代が終わった後に何が来るのか」という記事でも以下のように触れられています。

次世代の重要テクノロジーにはAI、ドローン、AR/VR、暗号通貨、自動運転車、IoTが含まれることは常識となっている。これらの技術が全体として社会を大きく変えることは確実だが、当初のウェブやスマートフォン・アプリに比べると圧倒的に複雑であり、多くのスタートアップの手が届かない範囲にある。(『スタートアップ時代が終わった後に何が来るのか?』)

こうしたスタートアップするには厳しい状況の中で、スタートアップの総数が変わっていないのなら、それなりに日本のスタートアップエコシステムは健闘しているとも言えます。

起業の数が健闘している理由は、これまでエコシステムを支えてきた個々人の努力が実っている部分もあるともちろんあると思います。またシリコンバレーに数年遅れてようやく SaaS の波が日本にも来たということも一因として挙げられそうです。

スタートアップの数をもう少し増やすために

とはいえ、集まってきている資金に対して、起業家の数はまだ十分であるとは言えません。そこで直近の 2018 年以降のスタートアップを増やす、という課題に対して私が今考えている提案は以下の 3 つです。

  1. 攻めのセーフティネットとしてのコミュニティ
  2. ダメなアイデアを早く辞められるサポート体制
  3. 超初期のプロジェクトへの寄附的な投資による人材育成

1.1. 攻めのセーフティネットとしてのコミュニティ

セーフティネットは単なる貧困を防ぐためのものだけではなく、思い切って勝負をするためのものである、というのは『教養としての社会保障』でも触れられていたとおりです。

人はセーフティネットがあるからこそ、思い切って失敗を覚悟で飛ぶリスクを取れます。セーフティネットがあるからこそ、少し頑張れば手が届くかもしれない果実にジャンプするという挑戦ができます。

「失敗する勇気を持とう」とか「失敗を許容する文化を作ろう」と周りが言う前に、周りでセーフティネットをきちんと構築することが、スタートアップの数を増やすという上で本来的にやるべき仕事ではないでしょうか。

日本の雇用環境は起業に失敗した人に対して、十分なセーフティネットを用意できているとは言えません。だから「攻めるためのセーフティネット」をいかに構築していくかが、スタートアップという挑戦を増やすために必要なことであると考えます。

そしてそのセーフティネットとして機能するであろう、有効な方策がコミュニティの構築であると考えています。たとえば Y Combinator では、失敗したスタートアップが同じバッチのスタートアップに吸収されるという、ある種のセーフティネットになっていることは以前指摘したとおりです。

そこで今の日本のエコシステムにおいては、特に以下の 2 つのコミュニティを構築することが重要だと考えています。

  1. 小さく密なコミュニティを多様に数多く
  2. スタートアップの従業員を含めたコミュニティ

これらは地道な活動ですが、時間をかけてしか醸成できないものであり、その価値がある活動だと思います。東京大学アントレプレナー道場も十数年かけてできた先輩後輩のコミュニティが今大きく花開きつつあります。そうした状況を目の前で見ていると、スタートアップコミュニティの育成には、エコシステム全体から見たときに投資の価値があると感じています。

これら 2 つのコミュニティについて 1.1.1, 1.1.2 としてを紹介します。

1.1.1. 小さく密なコミュニティを多様に数多く

日本国内においても、たしかに既に多くのスタートアップ系のイベントが開催されています。

大規模なイベントは、カクテルパーティーなどをしても参加者同士の交流が少なくなりがちで、もともと知っていた人が改めて久々に挨拶する程度に収まってしまいがちです。その場でお互い紹介しても、お互いのことを余り知らなければ、表層的な会話に終止していまいます。

そこでお互いを少し深く知れるような、比較的小さな規模(10人以下)のコミュニティを多数作る助成をするべきだと思います。

かつては「弱い紐帯が新しい職を呼ぶ」として、弱い紐帯の強さという言葉が流行りましたが、現在はそういう時代ではなく、「強い紐帯(上司やクライアントを含むワークプレイスの繋がり)こそが新しい職の斡旋をする」という研究結果も出始めていて、職のセーフティネットを作るという意味では、強い紐帯こそが必要です。だから、弱く広いつながりを作るのではなく、下記でも挙げるようなプロジェクトなどをベースとした強いつながりの構築を支援していくことが良い方針ではないかと思います。

一つ一つのコミュニティが小さくなってしまうと、そのコミュニティ自体はカルト的で多様性がないものになってしまうかもしれません。しかし複数のコミュニティが乱立することで、全体としての多様性を確保することができると思います。それに Peter Thiel が指摘するように、そもそもスタートアップはややマイルドなカルトから始まります。

そして一人の人間の中にも多様な趣味や嗜好があることを考えると、一人の個人が 5 〜 10 個ぐらいのそこそこ強いつながりを持つコミュニティに所属することで、全体として多様な繋がりを確保して、重層的なセーフティネットができていくはずです。

そうなれば、どのようなタイミングで廃業や失業をしたとしても、(きちんと仕事をしていれば)どこかのコミュニティから再雇用の声がかかるはずと考えます。

そうした状況を「起業前」に作れるかが重要です。

そこで、そうした小規模な会を開ける場所やイベントへの支援、そして 1.3 で挙げるように、サイドプロジェクトを数多くしていくことがその機運を高めるのではないでしょうか。

たとえば『アライアンス』でも触れられていましたが、外資系を中心に一部の企業には卒業生コミュニティが人事公式の制度としてあります。そうした制度がある企業が増えれば、一度辞めても再雇用されやすい状況ができるだけではなく、また企業にとっても数年訓練してきた人を再雇用しやすくなるため、そうした企業を増やすのも重要な仕事であると考えます。

1.1.2. スタートアップの従業員を含めたコミュニティ

スタートアップの CEO 同士のつながりを強くするだけではなく、現場の従業員やバイトのつながりを強くすることも重要だと考えています。

昨今、創業者はキャリアのある人が多くなってきており、一度創業して失敗しても再雇用される自信があるので、スタートアップをしやすい傾向にあるように思います。

しかし従業員側にもセーフティネットがなければ、スタートアップに参加する踏ん切りがつきません(そのためかスタートアップの従業員の採用が困難でスケールが難しい状況だと聞くことも多くなってきました)。

加えて、一度スタートアップという業界に身をおいた従業員が、次の転職先として大企業に戻るのではなく、別のスタートアップに行けるような仕組みを作ることができれば、業界全体としてより多くの人がより長くスタートアップのエコシステムの中で働いてくれるのではないかと考えています(もちろん本人にとってそれが幸せであれば、ですが)。

しかし今のスタートアップの大型イベントは、経営者と投資家、そして一部の支援側の大企業がつながるイベントが大多数です。エンジニア向けのイベントや勉強会はありますが、その他の職のスタートアップ従業員のつながりはそこまで強くない状況です。

また投資家からはスタートアップの経営者人材の不足について話を聞きますが、その一番の候補者は今スタートアップで働く従業員の方々だと思います。だから従業員レベルのコミュニティを作ることは、VC などにとってもおそらく良い面があるはずです。

実際、創業者の半数は 25 人以下の起業出身で、64% は 100 人未満の企業出身と言われています。そうした人たちのコミュニティを作ることで、次の起業候補者のセーフティネットを作れるのではと思います。

https://www.slideshare.net/takaumada/how-to-find-your-best-cofounder/31

さらにいえば従業員レベルのコミュニティは、各社にとっても良い情報交換の場となり、互いの業務にも活きます。さらにいえば、次の記事でも触れる通り、お互いがお互いのプロダクトを使い合うきっかけになるかもしれません(こうした相互導入は Y Combinator でも起こっていることと聞いています)。

だからこそ、創業者や投資家だけの閉じたスタートアップコミュニティではなく、従業員を含むスタートアップ全体のコミュニティを作るべきだと考えます。もちろん、その全体が一つの場所に会する必要はなく、多様で多数の小さなコミュニティによって全体をカバーできればいいと思っています。

1.2. ダメなアイデアを早くやめられるサポート体制

「アクセラレータの価値は失敗を加速させること」という洞察を書いた論文が今年のはじめに話題になっていました。

アクセラレータの機能は一見、スタートアップの成功確率を上げることと見なされがちです。しかしシリコンバレーにおけるアクセラレータの価値は、ダメなアイデアは早めに終わらせて次のアイデアに向かわせることです。それがエコシステム全体としての出資の効率性や人材の流動性を上げることにつながっています。個人的にもその意見に賛同します。

How Do Accelerators Impact the Performance of High-Technology Ventures? (https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=2503510)

しかし今の日本の一部のアクセラレータの評判を聞くに、『支援』を前面に出して、生き残らせることに注力してしまっているようです。

その背景には、ダメなものをダメだと言えるほどのバックグラウンドや説得力がない人がアクセラレータに多いというのも一因かもしれません。あるいはビジョンや事業の軸はそのままにしながら、ダメなアイデアを一度やめさせた上で、新たなアイデアに気付くフィードバックができないからかもしれません。

もちろん、そのアイデアがダメかどうかを決めるのは支援側ではなく顧客です。しかしそうやって判断を保留した結果、明らかに悪いアイデアを支援してしまい、ダメなアイデアのまま走り続けてしまうのは誰にとっても不幸な話になってしまいます。

IKEA 効果などと言われるように、既にあるアイデアに拘泥してしまうのは仕方がないことだとは思います。自然状態ではそうなってしまうので、いかにその心の動きに抵抗する仕組みを作るかが重要ではないかと思っています。

そうしたことを考えたとき、以下のような取り組みが「ダメなアイデアを早く辞めれる」ような助けになるのではと考えています。

  1. 国内コーポレートアクセラレータのポジショニングの変更
  2. セーフティネットとしてのコミュニティの構築

1.2.1. 国内コーポレートアクセラレータのポジショニングの変更

大企業が行うコーポレートアクセラレーターは、「失敗したくない」という力学が働きます。その結果、短期的な成功の指標として生存率や資金調達の方向に向かいます。これは組織の力学的に仕方がないと思っています。

しかしそもそも Paul Graham も言うとおり、「資金調達は、単に役に立たない指標というだけではなく、むしろ誤解をさせてしまう」指標です。資金調達がそうなら、アクセラレータ後の『生存率』を指標にしてしまったら、大きく誤解を招いてしまうでしょう。

もし大企業がスタートアップ支援をして、そして失敗したくないのなら、企業が実施するアクセラレータについては、シードステージのアクセラレータではなく、スケーラレータという立ち位置になっていくべきではないかと思います。その上で、後の M&A の記事で書きますが、アクセラレータを内製化していく必要があると考えています。

世界的にもそうですが、今後国内のアクセラレータは徐々に絞られていくことになると思います。たしかに国内スタートアップのエコシステム初期においてはアクセラレータが(ほとんど何も知らない)初回起業家への支援が中心で有効だったかもしれません。しかしシリアルアントレプレナーが増えてくると次第に初期の支援は不要になります。

そして、これからハードテックスタートアップなどの多くの資本が必要なアイデアが中心になってくるにつれて、初回の起業家よりもすでに資産のあるシリアルアントレプレナーが起業しやすい環境になりつつあることを考えると、初期の支援よりもスケーリング側の需要が増すはずです。

とある海外コーポレートアクセラレータに聞いたときも、結局シードステージのスタートアップへの支援はあまり効果がなく、代わりにスケーリングの手伝いは役に立てたので、そちらに舵を切った、という話がありました。実感としてもコーポレートアクセラレータは、すでにスタートアップのプロダクトができているステージ以降のほうが効果的であるように思います(それ以前のスタートアップについては、顧客インタビュー相手や購買してあげることなどで支援したほうが有効です)。だからこそ、コーポレートアクセラレータに限っては今より少し後ろの方の支援を中心にしていくことが、スタートアップと大企業側の両方にとって有効であると思います。

1.2.2. セーフティネットとしてのコミュニティの構築

前に触れたセーフティネットがここでも効いてくると思います。アイデアをすぐに辞められないのは、一度終わってしまったときのセーフティネットがないように見えるから、ということが挙げられます。もし辞めたときも、他のスタートアップに参加できる可能性が数多くありそうであれば、今のアイデアを棄てるという踏ん切りもつきやすくなります。

もちろん失敗してもいいという環境を作ってしまえば、そうした環境を悪用してフリーライドしてくる人もいるかもしれません。そんな悪徳な人たちをきちんと排除するためにも、コミュニティ間での情報交換を積極的に行い、失敗の種類の判別をできるようにしておきたいところです。たとえばナイストライなものの市場の未成熟や不運のせいで失敗した人なのか、それとも悪徳や惰性で失敗した人なのか、能力が足りなくて失敗した人なのか、を見分けられるようにしておく必要があると思います。

また Entrepreneur in Residence の仕組みなどで、再起を狙う起業家に場所とある程度のお金を用意してあげることも一つの策ではないでしょうか。

1.3. 人材育成を兼ねた超初期のプロジェクトへの寄附的な投資

創業者に話を聞くと、学生のうちからスタートアップでバイトをしていたり、授業や研究とは別に様々なサイドプロジェクトをしている傾向があるように思います。また就職後も副業をしていたり、何かを作っていたりする人が起業しやすいようです。

だからサイドプロジェクトをいかに増やすかという点が、将来的なスタートアップを増やすことにつながるのではないかと考えています。またサイドプロジェクトで実績を作ることでセーフティネットができるだけでなく、本人の自信やチームビルディングにもつながるはずです。

そうした仮説のもと、今現在は大学でサイドプロジェクトの支援をしながら支援手法の改善をしており、手応えを感じているところです。

(なお、たとえば UC Berkeley には Student Technology Fund があったり、NYU には Prototyping Fund というものがあります)

一方、政府方針として副業を認める動きや、副業を解禁する会社も増えてきたことも受け、こうしたサイドプロジェクト支援の取り組みを、卒業生や社会人、研究者にも広げられないかと考え始めています。

特に企業では残業禁止などの流れがあって企業内でサイドプロジェクトを促進しづらい状況がある中で、こうした受け皿としてのプログラムや場所ができれば、副業解禁をする一つの目的として挙げられる『社外の知恵を取り込む』という効果を発揮できるのではと考えますし、スタートアップや新規事業、そしてお互いのコラボレーションの取り組みは加速するのでは、と考えています。

また VC のファンドサイズが大きくなり、投資額も 2016 年度は前年度に比べて 25% 増と、スタートアップエコシステムに入り込んでいる金額は大きくなりつつあります。しかしファンドサイズが大きくなることは、VC のチケットサイズも大きくならざるを得ず、シードへの投資は手薄になってしまいがちです。

一方でマーケットリスクだけではなく、テクノロジリスクのある領域での起業テーマが増えつつあり、ハードウェアなど初期費用がかかる領域が増えつつあります。そして多くの VC はテクノロジリスクを持つスタートアップを嫌いがちです。

超ハイリスクな初期のプロトタイプ部分への投資は、海外であればエンジェル投資家が一部担っている領域ですが、日本ではなかなかそうしたサイドプロジェクトに出資しているエンジェル投資家の例はそれほど聞きません(一部を除く)。

もちろんそうしたリスクの部分は国や自治体の助成を得るべきだと思います。また国のお金はあまりに(本当に)使いづらく、提出する書類の量と供与される金額とがマッチしない傾向にあるほか、タイミングとして年に一度のみの応募など、タイムリーにお金を提供できる仕組みではありません。

そのため、ここは寄附的な資金がタイムリーに出せる仕組みが必要であると感じています。なかなか出し手はいないとは思うのですが、人材育成の一環として企業の皆さんから寄附を集めてこれないかと思案中です。学生向けですが、似た仕組みとしては、Venturewell のプログラムが上げられるのかなと思います。

https://venturewell.org/student-grants/

なお、大学の技術シーズと経営者候補とのマッチングなども考えましたが、経営者人材の不足を解決するほうが先だと思い、コミュニティを先に挙げています。

個人的にはこれらとは別に、新しいアイデアが自然発生的に生まれる環境を作るために、行動経済学や社会ネットワーク分析の知見、Pentland の研究などを使えないかと考えていますが、ここでは割愛します(研究の実践に興味のある研究者やアドバイスいただける研究者の方は是非是非ご連絡ください)。

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Taka Umada
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Written by Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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