MIT 講演「ハードテック・スタートアップの始め方」 のメモ

Y Combinator, President の Sam Altman による How to Start a Hard Tech Startup という講演が 2016 年 4 月 13 日に MIT で行われました。

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https://www.youtube.com/watch?v=r7HyWFJMAxg

Y Combinator は近年、ソフトウェアスタートアップだけではなくハードウェアやバイオといった領域でも投資を始めています。たとえば YC 卒業生の中には Ginkgo Bioworks ($54M 以上の資金調達), Cruise Automation (GM に $1B 以上で買収) などの企業があり、YC のやり方でうまくいっているほか、最新のバッチでも多くのハードテックスタートアップを支援しています。

講演ではこうした Y Combinator でのハードテック・スタートアップ支援の経験から、ハードテックのスタートアップが成功するために何が必要なのかが語られています。内容は Sam の過去の発言がよくまとまっているので、我こそはハードテックだと思うスタートアップの皆さんには、前半の 20 分だけでも是非ご覧頂きたいと思っています。

また今回の講演内容は、ここ一ヶ月ほど私が投稿してきた「社会的な課題を解決する必要」や「国の成長にはイノベーションが必要」「テクノロジの進歩が支える」などの内容と符合するところがあったので(というか私が Sam の考え方に影響されているのですが)、自分用の簡単なメモを公開させていただきます。(※内容は時系列ではなくテーマでまとめています)

ハードな課題にハードなテクノロジで挑むハードテック

まず Hard Tech という言葉の意味ですが、事前にはこうアナウンスされていました。

hard tech are “problems that usually involve both atoms and bits, and require a difficult-to-achieve technological breakthrough”

ハードテックとは、通常アトムとビットの両方を含む、達成の難しい技術的なブレイクスルーを必要とする課題のことである

ここでの「ハード」という言葉には二つの意味が含まれているように思います。

  • アトム(ハードウェア)とビット(ソフトウェア)を組み合わせた、技術的に難しいという意味でのハード
  • 難しい課題に挑むという意味でのハード

しかし 70–80% の VC や起業家が今の一時的な流行 (fad) を追っているとのこと。 たとえば “次の Facebook” とか “次の Workday” といったような流行をマーケットは評価しがちであると。数年前 US の VC から、「Stanford のエリートたちが出会い系アプリばかりを作っていて本当に落胆している」といった話を時々聞いていたことを思い出します。

流行を追わず、難しい課題を選べば起業は簡単になる

スタートアップは反直感的だと言われます。その一例が、過去に Sam が何度も言及している「難しい課題に挑むことで逆に起業は簡単になる」という話です。

今回の講演でもこのように触れられています。たとえばもし写真共有アプリのスタートアップを作ったら数十万の競合と戦わなくてはなりません。そのテーマでは誰も手伝いに来てくれないし、採用のときも「なぜ 20 番目の社員として参加しなければいけないか」等の説得も難しくなります。さらに次のラウンドの投資家の説得も難しくなります。

しかし仮に大きな課題に挑む合成生物学のスタートアップなら多くの人が手伝ってくれるようになります。だから実は、難しい課題に挑むこと自体が競争を優位に進めるための秘訣である、と言います。

創業からわずか 2 年半で GM に 1,000 億円以上で買収された自動運転の Cruise も昔、同種のビデオテクノロジを使ってビデオストリーミングのサービスを展開したほうがよいのでは、というプレッシャーの中にいたそうです。しかし、もしストリーミングのサービスを開発していたらレッドオーシャンの中での競争に巻き込まれていて、支援も得にくかったのではないかと思います。彼は同じビデオテクノロジでも、その応用先として「自動運転」という難しく意義のある課題を選ぶことで支援を得ることができ、逆に短期で成功することができました。

良いアイデアは過小評価されている

その意味で、今は良いアイデアが過小評価されていると指摘されています。アイデアは何でもよくて、チームが良かったら幾らでもピボットしていい、いつか何か当たるから、という風潮は今はあまり良いとは思われないのでしょう。これからはこれまで以上に、そのアイデアの何が重要なのか、何故自分がやるのか、何故うまくいくのかをきちんと考える必要があります。

そして「この会社を数年で売却するんですか」といった短期間の思考をする投資家や従業員は最悪だ、と言われており、アイデアに長期にコミットして長期に関わってくれる人を探したほうが良いと勧ています。裏返せば、長期にわたって人を惹きつけるアイデアを持たなければならないと言えるのかもしれません。だから目を向けるべきなのは、一時的な流行ではなく、世界が今見落としているアイデアです。

スタートアップするならチープでサイクルタイムが速い領域で

しかしすべてのアイデアがスタートアップ向きとは限りません。ではどのようなハードテックのアイデアがスタートアップに向いているかを考える上では、二つの条件を評価する必要があると言っています。

  • コストが急激に安くなっている
  • サイクルタイムが速くなっている

この二つの条件が揃っていれば、スタートアップが自然と持つことになる不利な立場を乗り越えることができます。

かつてはこれがソフトウェアの領域を中心にこの二つの条件が満たされていましたが、最近だとその領域が広がっており、様々な領域でスタートアップするタイミングが整いつつあるようです。たとえばゲノムシークエンシングなどがその領域に該当すると Sam は指摘しています。

この体的なコストについては講演の中では触れられませんでしたが、私の先日の記事(指数関数的なテクノロジの進歩)で引用していたので図を表示してみると、以下のとおり、この 10 年でムーアの法則を超える勢いでコストが下がっていることが分かります(しかも縦軸は対数です)。

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https://www.genome.gov/sequencingcosts/

先日の私の記事でも「チープさ」とその組み合わせがイノベーションのポイントではないかと書いたところに通じるなと思います。

ハードテックのスタートアップに最もよくある間違いは「我々は特殊だ」と思うこと

そんな大きな目標を持つハードテックのスタートアップも間違いを侵すといいます。その最も大きな間違いは、ソフトウェアのスタートアップと「違う (I’m different) 」と思っているところだと Sam は指摘しています。

ハードテックはその性質上、難しいから、特別だから、世界を救うという大きな目的があるから、長い時間がかかるからと、自分の会社が例外だと思いがちです。しかしマーケットは高尚な目的などを理解しないし、座ったままその高尚な内容を誰かと話してるだけでは何も進みません。

だからハードテックスタートアップは、ここ数十年で培われてきたソフトウェアスタートアップの成功のやり方を学ぶことが重要だと語られています。そのため YC ではハードテックもソフトウェアも、同じグループに入れてお互いに話をさせ、同じモメンタムを求めているようです。

確かにもし仮にコストが安く、サイクルタイムが早い領域で起業することができたのなら、そのスタートアップはソフトウェアスタートアップのやり方を真似できそうです。そしてソフトウェアスタートアップは、以下に述べるように、モメンタムを維持することで数千億円の企業価値を持つスタートアップが次々と生まれ、成功をしています。

短いサイクルで”モメンタム”を維持する

Y Combinator ではその期間中、毎週 10% ずつ成長することが求められます。Sam が勧めるのは、その成長率をハードテックのスタートアップにも求めることのようです。

そのためにはサイクルタイムを短くして、小さな勝利を重ねていくことが重要であると強調しています。サイクルタイムを短くすることで顧客のフィードバックを活かすこともできるし、小さな勝利を続けることが会社のモメンタムにつながります。会社のモメンタムを維持することは、従業員を惹きつけたり、従業員の鼓舞につながります。そして毎週それだけ成長していれば、指数関数的に成長できます。

Sam はこうまとめています。

Startups survive on momentum.

スタートアップはモメンタムによって生き延びる

ソフトウェアは顧客にぶつけて素早く修正したりすることで、サイクルタイムを短くして小さな勝利を繰り返し、モメンタムを維持することが比較的簡単でした。ハードテックスタートアップもこれを真似する価値があるというのが彼の弁です。たとえばすべての機能の実現に 7 年かかる原子力発電のスタートアップであっても、その一部でも 3 ヶ月などで作ろうとすることなどが(最初は不可能だと思っていても)やり方の一つです。

そのためにも、そして大きな目標に直接アプローチするのではなく、回り道を恐れずに小さな勝利を重ねること。Tesla は EV のマーケットを作るというのが大きな目標でしたが、最初は超高級車のロードスターの改造から始まり、少し高いモデル S を作り、そして一般人にも手が届くモデル 3 を最近リリースしました。そうして小さな勝利を積み重ねてきたことで、当初目的としていた EV の普及に至ることができました。

ハードテックスタートアップを殺す間違い

最も大きな間違いは「特殊だ」「ソフトウェアスタートアップとは違う」と思うことと言われていますが、その他の間違いにもいくつか触れられています。

ハードテックスタートアップの多くは資金不足で死にますが、一方で資金調達をしすぎたスタートアップも死にやすいことが経験的にわかっています。特に Series A で平均以上の金額を調達したところなどは危険で、バーンレートが無駄に高くなったり、フォーカスを外して結果的にスピードが遅くなります。

ハードテックスタートアップの多くは回り道を嫌がって、直接大きな、理想的な絵にアプローチしがちであると言われています。しかしそれではうまく行きません。

Space X もゼロから火星への入植を行おうとはせず、再利用可能なロケットを作ったりと小さな勝利を積み重ねています。そうしたまわり道をすることで、結果的にスタートアップのモメンタムも維持できるほか、経験的にそのほうがスタートアップにとって良い影響を与えると言われています。

ハードテックスタートアップはその開発プロセスが長く、そのプロセスに本物の顧客を巻き込もうとせず、顧客の欲しいものを作ろうとしない傾向にあります。しかし短いサイクルタイムで小さな勝利を繰り返すのであれば、顧客のフィードバックなどを活かして、顧客のためのプロダクトを作ることが出来ます。

ハードな課題に取り組むという高尚な目的があるからといって、何もせず喋ってばかりになるスタートアップも多いとのことです。PR などを気にせず、どんな大きな目的であってもまずは小さく始めること。どんな小さな勝利でもいいので勝利を重ねること。そして改善を続けること。そうすることで指数関数的な成長も可能になり、より良い人が集まってきます。

Y Combinator は技術的イノベーションを起こして民主主義を機能させる

QA に入る前のトークの最後では、なぜ Y Combinator のような活動をしているかが語られました。

過去 200 年において、アメリカはたくさんのイノベーションを起こして大幅な経済的成長を遂げ、毎年のように大きな成長をしていました。

しかし最近は毎年 2% の経済的成長しかないことを Sam は指摘しています(ちなみに日本は波がありますが毎年 0.7% 程度です)。そして大きな経済成長を遂げてる世界では民主主義は機能するが、低成長だと機能しないとも言っています。

だから経済成長を起こしてパイ全体を広げ、民主主義を再び機能させないといけないという危機意識が基礎にあるとのことです。そして良いニュースは、彼いわく、こうした経済成長がスタートアップ、特にハードテック・スタートアップが起こす技術的なイノベーションによって可能になるということです。

Y Combinator はこうした技術的イノベーションを reignite (再び起こす) するために活動しています。

これはまさに今の日本でも求められていることではないでしょうか。だから日本でもエンジニアを中心としたハードテックスタートアップが増え、経済成長を牽引していってくれるような環境を整えることが個人的にも重要ではないかと思っています。

そのためには、まず多くのプロジェクトを作るところから始めたほうが良いのではないかと考える次第です。

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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