『半発明』を発明に変えるスタートアップ

Taka Umada
7 min readJul 4, 2017

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落合陽一さんとの対談の第三回『アイデアを「気づく」センスを磨き、「10年後のフツウ」を創り出せ!』で、ナシーム・ニコラス・タレブの『半発明』に関する議論を取り上げました。

半発明とは

タレブが言う『半発明 (Half-Invented)』とは、実用化される前の発見や発明を意味します。普通の人が思い浮かべる発明のほとんどは「半発明」といえるかもしれません。しかし本来であれば、発見は実用化して広めないと価値が発揮されません。その適切な実用化にも実は「発明」やイノベーション的なものが必要です。

この半発明の段階のものに対して、顧客を見つけてきてちゃんと実用化するのが研究開発系のスタートアップや事業家だったりするのですが、実はここもまた発明と同様に難しいため、ほとんどの試みやスタートアップは死んでしまいます。タレブ自身も「半発明を発明に変えるには、たいてい大きな飛躍が必要だ」と反脆弱性の中で書いています。

この実用化のプロセスの難しさを認識してもらうことや、このプロセスの面白さというのがもう少し技術系の人たちにも広がればいいのかなと思っていて、その際に『半発明』という概念は便利そうなので、今回独立した記事として書いています。

普及しないと価値のない半発明

医学や医療の世界では、治療法の発見から実用化までずいぶん時間がかかった奇妙な例がたくさんある、とタレブは指摘しています。

たとえば、有名なところでは公衆衛生における塩素消毒が挙げられます。1898年にジョン・レアルは塩素剤が消毒に効くのでは、という仮説を見つけたものの、まだ普及していませんでした。むしろ塩素剤から刺激臭がするため、世論は塩素消毒に反対していたと言います。そこを様々な手段で(一部は無理やり)推し進めたのがジョン・レアルでした。

その結果 1900 年から 1930 年にかけて徐々に導入され、きれいな飲料水は平均的なアメリカの都市で 43% の死亡率減少に寄与し、塩素と浄水システムは幼児死亡率を 74% 低下させたと言います。(スティーブン・ジョンソン『世界をつくった6つの革命の物語』)

金融の世界でも普及に時間がかかった『半発明』があります。

1975 年にバンガード・グループの創業者である John Bogle が初めて設定したインデックスファンドがその一つです。開始後 20 年間ほとんど注目されませんでしたが、今や多くの資産がインデックスファンドで運用されています。

ただインデックスファンドの重要性は John Bogle より前に学会では指摘されており、1973 年の『ウォール街のランダム・ウォーカー』でも言及されていたそうです。John Bogle はインデックスファンドの有効性の発見者ではなかったものの、それを普及させたため大きな富を築きました。

http://www.collaborativefund.com/blog/when-you-change-the-world-and-no-one-notices/ を翻訳、タイトル付け

可能性を見つけられるのを待っている半発明

答えが問いを待っている」という記事の中でも紹介しましたが、レーザーは今や CD、視力の矯正、顕微鏡手術等で使われている技術です。

しかしレーザーの発明者のチャールズ・タウンズは、発明の半世紀後に Economist 誌に取材されたとき、そうした応用のことを考えながらレーザーを発明したわけではないと明言していたそうです。

単に光線を分割したいと思って色々試していたときにレーザーを発明した、とだけ彼は言ったそうなのですが、しかしその後、レーザーという発明をいろいろな形で応用することで、レーザーは先述の CD のような新たな発明を生みました。(タレブ『ブラック・スワン』)

タレブは反脆弱性の中で「えてして重大な発見は、実践を通じてしか得られないものなのだ」と書いています。まさに実践を通じて応用を見つけられた重大な発見というものはたくさんあるのではないかと思います。

半発明を発明に変えると富に繋がる

研究者の方々による技術的な発見や発明はもちろん大変な飛躍です。そこに多くの努力や奇跡が必要なことは間違いありません。

しかしそのあとに来る、実用化やデプロイ方法の最適化にも実は大きな飛躍や運が必要です。そしてその方法には、ビジネスや規制との調整だけでなく、技術が必要だったりします。

以前「技術力を分解する」という記事の中で、技術力を QCD をベースに以下のように分解しました。

品質 (パフォーマンス / 機能 / 信頼性 / 適合性 / 耐久性 / サービス性 / 美的価値)、コスト (素材コスト / 人件費 / 変動費 / 固定費)、納期や時間 (大量生産の可能性 / 納期 / など)

実用化するときには顧客がいて、そして顧客の要件によって必要な成果物のパラメータは変わってきます。だから実用化の際には特定の要求を満たすために、半発明を少し調整や発展させることで実際に使える「発明」に変えるような技術が必要になってきます。その適切な実用化にも実は「発明」やイノベーションが必要です。

しかし一方、こうした発明を実用化したり社会実装したりするプロセスや技術は、発明そのものに比べて軽視されがちのような気がしています。ただここにも大きな飛躍が必要で、そこにチャレンジする人が増えればより大きな価値が生めるのではないかと思います。

たとえば量子コンピュータ

Peter Thiel は Stanford のレクチャー『競争は負け犬のためのもの』の中で、「X の価値を生み、そのうちの Y % を独占する。この X と Y は独立している」として、多くの発明者は X を生んだものの Y はほとんど 0% だったと指摘しています。また鉄道の発明は大きな X を生んだものの、多くの企業が Y を高められず独占できなかったため、破綻してしまいました。

http://startupclass.samaltman.com/courses/lec05/

たとえば近年では、量子コンピュータのベースともなる量子アニーリングを提唱したのは東工大の西森教授と門脇先生でした。しかしその実用化はカナダの D-Wave 社が行いました。また Rigetti Computing (2013 年設立) なども量子コンピュータの API を提供するなどして、民主化と商用化を始めています。

「量子コンピュータは日本発の技術/発明だ」と誇らしげにメディアが宣伝するのもいいのですが、残念ながらそこから富を得ている多くは外国企業となっています。

その背景には、

  • 「イノベーション=技術革新」と字面だけで捉えてしまい、イノベーションを技術的な発明だけで達成していると認識してしまいがちなこと(落合さんが対談で指摘されていたように)
  • いまだその技術が『半発明』の段階であるのに、それを発明として書いてしまうことで、一つ区切りがついてしまっているように認識されてしまうこと

という理由もあるのではないかと思います。

だからこそ、この『半発明』という概念を広めることで、「これってまだ半発明で、実用化が必要だよね」という議論がより頻繁に可能になっていくのではないかと思います。

もちろん、半発明に至るだけでも難しく相当数の失敗をしなければならないので、半発明をする人と実用化をする人で役割を分けてもいいと思っていますし、必要なスキルセットが異なることからおそらく分けた方が効率的だと思うのですが、しかし半発明を実用化して発明へと変えること、技術的な発明 (invention) を技術だけに留まらせず社会に展開可能なものに変えていくこと、その部分について多くの技術者が(できればスタートアップという形で)関わってくれるようになることを願っています。またそうした実用への挑戦を通して、レーザーのような、新たな発見が起こることも多々あるのではないかと思います。

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Written by Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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