「変革のためのスタートアップ思考」講演書き起こし(グローバル知財戦略フォーラム 2018)
2018 年 1 月、グローバル知財戦略フォーラム 2018 の特別講演に登壇させていただきました。そして本日 (5/31) Web でイベントの報告書が公開され、その報告書に掲載されている講演の書き起こしを独立行政法人工業所有権情報・研修館のご厚意により、私の Medium でも共有させていただけることになりましたので、下記に全文を共有します。(合わせて少しだけタイトル付けたり修正したりスライド画面を入れたりしています)
講演の全スライドは「変革のためのスタートアップ思考 (1) / スタートアップの考え方を理解する」と「(2) スタートアップの考え方を新規事業創出とスタートアップ連携に活かす」に掲載しています。
以下、講演の書き起こしです。
スタートアップとは、全ての起業を指すわけではなく、短期間で急成長する事業体をいいます。本日は、成功したスタートアップに共通する思考法や行動法のエッセンスをお話ししたいと思います。
その前段として、スタートアップの考え方の重要性が増した背景を簡単にご説明します。
スタートアップ的な考え方の重要性が増した背景
それは、スタートアップ的に急成長する新規事業が多くの企業で求められていて、今後、スタートアップへの投資や協業に取り組む企業が増えてくると考えられるからです。平野正雄氏『経営の針路』(2017)によれば、過去30 年において、グローバル経済、キャピタル経済、デジタル経済の三つがフロンティアとなって、経済成長を牽引してきました。
グローバル経済では、新興国の台頭や変動リスクの増加により、企業には線形的な変化に対する未来予測だけでなく、短期間の激動に対応できる機動性の向上が求められるようになりました。キャピタル経済に関しては、株主価値経営による短期志向化で、公開企業が長期的な研究開発をしづらい環境になっています。
また、キャピタルがGDPの数倍になり、M&A や出資、キャピタルを生かした事業戦略の重要性が増大しています。デジタル経済については、デジタル技術の普及と付加価値の作り方が変化し、全ての事業にデジタルが絡むようになっています。
こうした三つの経済変化によって、今後、事業会社の事業投資会社化が進むのでは、と平野氏は指摘しています。
スタートアップによる技術開発
新たな経済環境においてスタートアップが担う機能には、大きく技術開発と社会実装の二つがあります。
実際に、技術開発を担う役目がだんだんと小さな企業に移ってきているというデータがあります。米国のR&D 費用比率は、約25 年で小企業の割合が4%から24%に急増しています。特許取得比率も約30 年で小企業が5%から30%へと伸びています。
また、近年はフロンティアテックと呼ばれる分野への投資が急増し、約4 年で35 倍になっています。そして、バイオ、自動運転、AR、ドローンなど、デジタル領域以外のスタートアップがどんどん増え、そうしたところにお金も人材も集まってきているという状況です。つまり、他社と差別化できる最先端技術がスタートアップで生まれつつあるのかもしれません。
スタートアップによる社会実装
さらに、スタートアップが社会実装を担うようになってきています。
発明・発見から実用化までには非常に長い道のりがあり、『ブラック・スワン』の著者タレブは、発明や発見はあくまで半発明(half-invented)であり、それを実用化して初めて発明になると言っています。
一方で、従来のように単一企業が半発明を実用化するのは困難になってきています。イノベーションは技術革新と言われますが、シュンペーターの定義を見ても、技術はあくまで一部で、その社会実装まで含めたイノベーションが重要になってきています。
そこで、低コストで試行錯誤できるスタートアップが多数生まれることで、技術の実装を効率的に、かつ多様に行うことができるようになり、同一技術で多様なニーズに対応できるようになります。
そして多くの場合、社会実装側が富を得るのが普通で、創業者にも多くの金銭的リターンが入ります。そのため、スタートアップがR&D と新規事業の新たな有力なアウトソース先、あるいは出資先として注目されているのです。
企業戦略としても、例えば従来は自社R&D と新規事業をやっていたのが、キャピタル経済の発展によって、M&A という選択肢が出てきました。それに加えて、スタートアップが増えてきたことで、スタートアップという外部での新規事業への出資や買収、連携が、さらに一つの大きな新規事業の柱になりつつあります。
従って、今後は新規事業を営んでいく上で、自社R&D、スタートアップ連携・出資、M&A といった手法のポートフォリオをどう組んでいくかが、知財、ビジネスを考えていく上で非常に重要です。そのためにも、スタートアップの考え方を理解することが大切だと考えています。
スタートアップの考え方
まず、スタートアップ思考について説明します。シリコンバレーで尊敬される2 人の先人は、次のように述べています。
最高のスタートアップ育成機関の設立者であるPaul Graham は、「スタートアップは極めて反直観的だ」と言っています。また、連続起業家にして投資家でもあるPeter Thiel は「賛成する人がほとんどいない、大切な真実はなんだろう」と言っています。
つまり、真理に背いているように見えて、実は一面の真理を言い当てているものを捉える逆説な思考法が、スタートアップの成功の秘訣なのです。今日はその逆説的な考え方を七つのポイントに分けて解説していきます。
1. 悪いように見えて良いアイデアを選ぶ
一つ目は、悪いように見えて実は良いアイデア、一見不合理に見えて実は合理的なアイデアを選ぶべきだということです。
なぜなら、誰が見ても良いアイデアには、大企業が大量のリソースと人材を使って攻め込んでくるからです。また、一見していいアイデアには、合理的な思考に潜む落とし穴があります。クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』で、組織の合理性から、大企業は破壊的な技術や不合理な技術にはなかなか取り組めないと指摘しています。そこにスタートアップのチャンスがあるのです。
ただし、一見悪く見えるアイデアの99.9%は単に悪いアイデアなので、そこが非常に難しいところです。そのためPeter Thiel は「賛成する人がほとんどいない、大切な真実は何だろう?」と言っています。言い方を変えると、まだコンセンサスが取れていないけれど、実は正しいアイデアは何かということからスタートするのが、スタートアップ的な考え方なのではないかと思っています。
2. ホームランが出るかもしれないビジネスを狙う
二つ目は、確実にヒットが狙えるビジネスではなく、ホームランが出るかもしれないビジネスを狙うべきだということです。
なぜなら、スタートアップの世界は反直観的なべき乗則に支配されているからです。一般的な世界は正規分布、平均値=中央値の形を取りますが、ビジネスや富の世界は平均値≠中央値で、1%が大勝ちする世界です。
実際にスタートアップに投資したベンチャーキャピタル(VC)のリターンを見ると、Facebook たった一社の時価総額は、他の全ての会社のエグジット金額の合計と同等だったと言われています。Facebook に投資したPeter Thielは1800 倍、Google に最初に投資した人は約2700 倍のリターンを得ています。
ホームランを飛ばすためには、反直観的なほどに急激に変化するものを狙うことが大切です。ここは大企業は気付いていても賭けにくく、スタートアップに勝ち目があるところです。
例えばPC の出荷台数は、最初はなだらかでしたが、その後指数関数的に急増し、Microsoft やApple を大企業にしました。スマートフォンのカメラも同様で、数年に一気に広まり、Instagram やSnapchat が急成長しました。特に近年、テクノロジーの普及スピードが上がり、一気に上がることが多くなっています。そうした一気に変わるポイントを見付けてそこに飛び込むことが、スタートアップの勝ち目だといわれています。
では、ホームランを狙うためには、どのように不合理にあるべきなのでしょうか。それには、まだトレンドではない、反専門的な分野に踏み出すことです。
3. トレンドではない、反領域的な分野を狙う
本当に成功している企業は、既存のカテゴリーには当てはまらない企業です。例えば、投資家が次なるFacebook を探していた2009 ~ 2010 年に出てきたスタートアップはAirbnb やUber でしたし、次なるUber を探していた2012 ~ 2014 年に出てきたのはDeepMind やOculus でした。
これらは、そのカテゴリーを総称する「シェアリングエコノミー」や「VR」といった言葉が確立する前から既にスタートアップとして始まっていました。そのときトレンドになっている良さそうなアイデアを追っていると、大成功するアイデアを逃してしまいます。誰もが見ているトレンドではなく、誰も見ていない場所を探す、これまでカテゴリーがなかったプロダクトに気付けるかどうかがポイントです。
四つ目の逆説は、競争は負け犬の戦略であり、独占せよということです。多くの業界は寡占か完全競争かのどちらかに偏っています。例えば完全競争下にある航空業界は利益率0.2%で、逆にGoogle のような独占的企業は21%という非常に高い利益率を持っています。そういう企業は、その利益を使ってさらにイノベーションへ再投資できるため、多くの企業が高い利益を上げながら革新を続けています。
戦略論の大家であるMichael Porter も、他と同じやり方で最高を目指すのではなく、他と違う独自のやり方で独自の価値を出していくことが重要だと言っています。
例えばIKEA は、従来の家具店が持っていた家具の耐久性や設置の容易さ、販売員の説明といった価値ではなく、自分でつくる楽しさや自由さ、店舗の娯楽性といった全く別の価値観で成功しました。ウォルマートも、店の雰囲気や買い物の手伝いなどは一切なくし、プライスだけはいつでも安いというところに賭けて、独自性のある価値を提供することで一気に成長しました。つまり、やらないことを決める戦略がスタートアップの考え方だと言えます。
東大の暦本純一先生は、アイデア生産の3 法則の一つとして、トレードオフのバランスを崩すことを挙げています。例えば、録音機能をなくして再生機能と持ち運びに特化したWalkman、キーボードはなくしてタッチ操作に特化したiPhone などがその例です。どの部分のバランスを崩せば、顧客にヒットするユニークなプロダクトがつくれるかを考えることが、スタートアップ的な新規事業の一つの作り方なのではないかと思います。
その上で、競争を避けて独占していくことがポイントです。PeterThiel は独占に必要な七つの要素として、専売的な技術的、ネットワーク効果、規模の経済、ブランド、複雑な組み合わせ、流通、政府を挙げています。
どの要素を組み合わせれば独占が実現できるかを考えると、道が開けるかもしれません。特にデジタル経済の中では、ネットワーク効果や規模の経済が非常に効いてくる部分があります。データをきちんと取って規模の経済を効かせるとか、ネットワーク効果を意識するといったことを考えないと、スタートアップでも大企業でもなかなか勝てない状況になってきています。
5. 長期的に考える
五つ目は、短期でのエグジットより、むしろ長期的に考えられることがスタートアップにとって何よりのアドバンテージだということです。Paul Graham の跡を継いでY Combinator のプレジデントになったSamAltman は「長期的に考えることがスタートアップにとって市場に残っている唯一の裁定取引の機会だ」と言っています。
公開企業が株主価値経営によって長期的な研究開発をしづらい環境にある中、スタートアップにリスクマネーなどが流入してきています。また、スタートアップは急成長した後の遠くの大きな未来のことを考えながら、目の前の顧客の課題を解決していくというところがポイントです。
では、どうやって長期スパンのことを考えるのかということを、三つの軸で考えていきたいと思います。1 番目は、変化の二次影響を考えることです。
例えばAndreessen Horowitz のBenedict Evans は「自律走行車は、テック系企業や製造業よりも、不動産業や小売業で億万長者を生み出すだろう」と言っています。
自動走行車が一定のレベルに達して普及すると、駐車場だった土地が他の用途に使えるようになり、最適配置によって渋滞が減り、施設の隣に駐車場が必要なくなるため、店の目の前で車を降りられることで効率化できます。
また、事故が大幅に減少し、保険のあり方も変わります。これまでは事故処理に使われていた税金も、自律走行車用の交通網の整備など他のことに使われるようになります。そして、トラックなどの長距離運転手の職場環境が改善し、高齢者でも働けるなど、職業としての魅力が増すと言われています。
さらに、車に付いているカメラが街のどこでも走っていることになるので、マップサービスが非常に発展し、場合によっては監視カメラの代わりに使われるかもしれません。これらが組み合わさって大きな変化になっていくことが、スタートアップにとって一つのチャンスになります。
T 型フォードが登場し、自動車が一家に一台普及したことで、道路や街が車に最適化されるというのは予測のつきやすい変化でした。しかし、そこから流通網が発展し、顧客の運転コストと郊外の土地の安さを裁定取引した結果、郊外にディスカウント店が立地していったという変化は、予測がつきにくい変化だったのではないかと思います。
日本においても、鉄道の敷設によって初詣文化が生まれ、スマートフォンがあったから写真をシェアできるようになってハロウィン文化が盛り上がったと言われます。このように、一つの技術の発展から、次の二次影響を考えることが重要です。特に最近はグローバル経済の発展により、変化の連鎖が非常に早くなっているので、それにどう付いていくかがポイントです。
2 番目は、次のボトルネックを考えるということです。産業やバリューチェーンにおいては、今あるボトルネックに資金や資源、注目が集まりがちですが、スタートアップはそこではなく、次の時代にボトルネックになるところを攻めることがあります。
例えばASTROSCALE は、宇宙ごみの除去を行っている会社です。今、衛星ビジネスやロケットビジネスが非常に盛んですが、人工衛星がどんどん増えたことで、衛星同士がぶつかって、ごみがどんどん増えています。そこで、次はそのごみが問題になるのではないかと考えて、それを除去するビジネスを始めたというわけです。
また、東大発スタートアップのElephantech は、インクジェットを活用した基板の印刷を実用化までこぎつけた企業です。今、3D プリンターでいろいろな型がすぐに作れるようになってきていますが、型を作れるだけでは意味がない。次に問題になるのは、それにどう機能を付け加えていくか、基板をいかに速く作るかだと考え、そこに特化しています。このように、次のボトルネックを意識して、そこに張っていくというのが一つの考え方です。
3 番目は、理論のレンズを通して技術の発展を予測していくことです。長期で考えるための技術のS カーブという考え方があります。Carlota Perez は『技術革新と金融資本』(2003)の中で、どういう技術革新が起こっていくのかをシュンペーター的な考え方を生かして分析しています。
過去においては、産業革命、蒸気機関と鉄道、鉄と重工業、石油と自動車と大量生産、情報革命という五つの技術革命が約50 年周期で起こってきました。それぞれの技術革命にはさまざまなフェーズがあります。まず、導入期には投機が過熱してバブルが起こり、そこで一気に技術のインフラが整います。そして一時的な景気後退が起こりますが、その後の展開期においては、整った技術インフラを使ってその技術の応用が広がって技術の黄金期に入り、富が生まれます。Perez は、今は情報技術の展開期にあり、何がその産業を変えていくのかを考えることが重要だとしています。
6. 難しい課題を選ぶ
六つ目の逆説は、簡単な課題を選んで短期間でのエグジットを狙うのではなく、難しい課題を選ぶべきだということです。なぜなら、難しい課題は多くの人を奮い立たせて、優秀な人を集めるからです。特に、社会的に重要で困難な課題に取り組む企業や、技術的に困難な課題には、良い技術者がたくさん集まります。
皆さんも、世界で1 万番目の写真加工アプリを作る企業と、世界唯一の宇宙開拓スタートアップで、どちらに行きたいかと言われれば、多少給料が下がっても後者を選ぶ技術者が多いのではないかと思います。
難しい課題を選んだ方がいい人が集まり、結果的にスタートアップが簡単になると言われているのです。今の業界内で難し過ぎて手が付けられていない課題があれば、それを思い浮かべてみてください。もしかしたら、いいヒントになるかもしれません。
加えて、難しくて面倒な仕事を選ぶというところがポイントです。面倒な仕事というのは競合が少なく、誰もが無意識的に目をそらしてしまうため、競合が少ないのです。例えばFlexport という貨物トラッキングの会社は、最初は一社一社口説き落としていたそうですし、Stripe は簡単なコードを組み込むだけでウェブサイトにカード決済を導入できるサービスで、決済という面倒な作業を引き受けています。周りにやってほしい面倒な仕事が皆さんの周りにあれば、それがスタートアップのいいアイデアになるかもしれません。
7. アイデアは考えるのではなく気付く
七つ目は、スタートアップのアイデアは、考えるものではなく「気付く」ものだということです。
実際、Facebook も学生一覧が紙のままでweb になっていないことが不便だと気付いたことで生まれました。Dropbox は、ファイルを入れたUSB を忘れてきてしまい、オンラインで見られたら便利だと気付いたことが始まりです。では、気付くためにはどうすればいいかというと、明確なものに疑問を持つことです。当たり前に見えるけれど実はそうではないもの、コンセンサスは取れていないけれど正しいアイデアといったものを探してみるということです。
あるいは、何か始めてみることで気付くこともあります。スタンフォード大学のTina Seelig 教授は、「行動して初めて情熱が生まれるのであって、情熱があるから行動するわけではない」と言っていますし、Paul Graham は「自分をアイデアに気付かせる良い方法は、クールに見えるプロジェクトに取り組むことだ」と言っています。小さくても今すぐ取り組めることがあれば、それがスタートアップのアイデアになるかもしれません。
以上の七つが、スタートアップの思考法です。こうした考え方をうまく使うことで、スタートアップ的な新規事業がつくれるかもしれませんし、スタートアップと連携をするときに使えるかもしれません。
スタートアップの行動法
続いて、スタートアップの逆説的な行動法についてお話しします。実は、超初期のスタートアップには共通する行動法があります。
一つ目が、多くの人に好かれるものではなく少数の人に深く愛されるものを作ること。二つ目が、急拡大できるものではなくスケールしないことをすること。三つ目が、量を試してポートフォリオ管理するということです。
1. 少数の人に深く愛されるものを作る
まず、一部の人が深く愛してくれるようなプロダクトの方が、後々拡大しやすいということが分かっています。
Gmail を作ったPaul Buchheitは、たくさんの人を少しだけ幸せにするよりも、少数の人を本当に幸せにした方が良いプロダクトが生まれると言っています。新規事業を考える上で最も重要なのは顧客に課題があるかどうかで、スタートアップが失敗した最も多い理由は、製品が悪かったからではなく、市場にニーズがなかったからだという調査結果があります。少数でもいいから本当にニーズがあるものを作ることがスタートアップの成功の秘訣です。
2. スケールしないことをする
二つ目は、スケールしないことをすることです。
例えばAirbnb は当初、仮説検証のために、サンフランシスコにある自分たちのオフィスを泊まれるようにして、Google に広告を出し、本当に人が申し込みをしてお金を払うか検証したり、ニューヨークのホストの家を一軒一軒周り、良い写真を撮るなどしてユーザーのリスティング向上を手助けしたりしていたそうです。
また、Pinterest はApple Store の店舗で展示されているMac のデフォルトページを自分たちのサイトに変更するというのをApple に怒られるまで続け、Stripe はβ版を試してくれると言ったユーザーのPC を借りて自分たちがコードを書いて実装するということをして、ユーザー獲得を図っていました。
スケールしないことをして、顧客のそばで、顧客の声を聞き、顧客を圧倒的に幸せにする。ほんのわずかな人たちでもいいから、深く愛されるプロダクトを作って、そこからフィードバックを得て、より良いプロダクトを作っていくのが成功の秘訣だというわけです。そうして愛されるプロダクトが作れると、自然発生的な口コミが起こり、非常に低コストでスケールできると言われています。
3. 量で勝負する
三つ目は、アイデアの質ではなくトライアルの量で勝負するということです。
ある実験では、クラスの半分をとにかくたくさんの量の壺を作るグループ、半分を質の高い壺を一つでいいから作るグループに分けたところ、実際に質の良い壺を作ったのは量を求められたグループだったという結果が出ています。たくさん作るうちに、何度も試行して良い壺を作れるようになったためではないかという考察がなされています。
挑戦の数を多くするためには、資源や人を多く投下する方法と、コストを下げつつ速度を上げる方法があり、2011 年ごろからスタートアップのような少ない資源の企業で実践される「リーンスタートアップ」という方法論が普及してきています。
リーンスタートアップとは、顧客に課題があるかどうかを素早く検証するための幾つかの考え方です。一つはMVP(Minimum Viable Product)といって、仮説検証のための実用最小限の製品だけを素早く作り、それを顧客に当ててフィードバックを得ていくという学びの方法論です。これをBML(Build-Measure-Learn)ループと言い、構築―計測―学習というループを素早く回して仮説検証を繰り返していくことが、スタートアップの成功の要因と言われています。
変革のためのスタートアップ思考
続いて、スタートアップ思考による変革についてお話しします。上述の思考法と行動法を組み合わせることで、既存企業の変革の糸口を見付けます。特に、自社新規事業とスタートアップとの連携について解説したいと思います。
1. 自社での新規事業にスタートアップ的な思考を活かす
まずは、自社の新規事業への応用です。例えば逆説1 で「悪いように見えて実は良いアイデアを探せ」と言いましたが、社内から不合理なアイデアが上がってきたときに、それを生かせるかというと、なかなか難しいというのが実際のところではないかと思います。
その理由の一つに、不合理なアイデアは合議制や数字ベースの承認プロセスでは通りづらいということがあります。また、中間管理職や幹部候補が手堅い成果を求めがちだったり、新規事業に挑戦して学びを得た人材がいなかったり、規模の大きな既存事業を重視してしまったりもします。すなわち、既存のプロセスが持続的イノベーションに最適化されてしまっているので、破壊的なものやスタートアップ的なものに取り組むことが難しいのです。
クリステンセンは、組織の能力を資源・プロセス・価値基準の三つに分解しています。大企業では多くの場合、新規事業のために外部人材を登用するなど資源の方に目を向けがちですが、それだけでなくプロセスや価値基準を変えることが重要です。ピクサーは「プロセスを信じよ」ということを二大原則の一つとして掲げていますし、マッキンゼーの調査でも正しい意思決定のためには分析そのものよりも、プロセスの方が6 倍重要だったという結果が示されています。
新規事業創出のプロセスで、良いアイデアを選定するために有効と思われるものとしては、日本ではプログラム化がよく行われています。レールを敷いてあげると手が上がりやすいので、ステージゲート方式を採用する企業が多くあります。海外では、Adobe のKickbox やGoogle の20%ルールのように、承認を極力なくして手を上げた人全員に実験させる方法が採られています。あるいは、新規事業は99%失敗するので、失敗に対する人事評価制度を変えるという企業も出てきています。
ただ、ステージゲート方式の場合、プロセスが不透明だと社内政治がはびこりがちである、十分な質と量の応募が来ない、成否の判断が難しい、長期間かかるものを狙えないといった課題も出てきています。
アイデアの質の問題は、サーベイ不足が原因であることが多いです。多くのアイデアは不合理に見えて既にあるものなので、自分たちのアイデアをチェックするためにも、サーベイやさまざまな手法を扱ってみることをおすすめします。例えば逆張りマップといって、課題が順張りか逆張りか、解決策が順張りか逆張りかでいろいろなプロダクトをプロットし、狙うべき場所を考える手法があります。
量の確保に関しては、ホームランになるようなアイデアを選ぶことが重要で、そのためにはVC 的な新規事業ポートフォリオ構築が必要です。例えばバーベル戦略といって、85 ~ 90%を超保守的な投資にかけ、10 ~ 15%を超積極的な投資(失敗するかもしれないけれど大きく跳ねるような投資)にかけるという戦略があります。
リターンは大きさが重要であって、勝率は重要ではないのだというスタートアップ的な考え方を生かして新規事業のポートフォリオを考えた場合には、勝率は超低確率ですが、当たったときのリターンが超大きいものばかりに賭けていくという資源配分のやり方もありかもしれません。持続的成長と破壊的成長のための資源・プロセス・価値基準の両方を用意しつつ、その両方を許容できる価値基準や文化をつくっていくことが必要です。
2. スタートアップとの連携にスタートアップ的な思考を活かす
ただ、プロセスと価値基準が変化するには非常に時間がかかります。そこで一つの手段として、スタートアップとの連携があります。例えばアライアンス、サプライヤー、買収、API 公開、実証実験など、いろいろな連携の手法がありますが、そのベストプラクティスがまとまりつつあります。
一つがファネルで考えるということです。
どういう成果目的があり、どういう連携手段があり、どうやってスタートアップとのコネクションを作っていくのか。その三つのファネルで考えて、スタートアップとの連携を策定していくべきだと言われています。海外の多くの企業では、新しいテクノロジーの導入のために、スタートアップとのパートナーシップ、出資、またはM&A によって、アクセラレータープログラムやハッカソン等のイベントを実施しています。
連携ファネルの構築方法は、成果目的によって異なります。従って、成果目的をきちんと設定し、それをきちんと社内で握っておくことが重要です。
成果目的も、企業によって異なります。スタートアップと連携しているある不動産系大企業では、成果目的を三つに分けています。一つが破壊的イノベーションの準備で、5 ~ 8 年のスパンを考えてやるものです。二つ目がインダイレクトイノベーションで、業界全体を盛り上げていくための方法としてスタートアップを活用します。三つ目がダイレクトイノベーションで、短期的に自分たちの課題を解決するためのスタートアップの連携です。そして、破壊的イノベーションであればシードからアーリーステージのスタートアップを狙い、短期的イノベーションを求める場合は大きなスタートアップを狙うというふうにポートフォリオをきちんと組んでいくことが、成果が出やすいスタートアップとの連携方法だと考えられます。
二つ目のベストプラクティスは、連携の数を増やしつつ連携のプロセスを速くすることです。スタートアップとの連携は、成功率が10%未満の企業がほとんどです。つまり、10 回ぐらいやらないと、なかなか良い結果が出てこない。
一方で、多くの会社では1 年間に10 個以下しか実証実験は行われていません。
その最も大きな原因は、大企業側のプロセスが遅すぎることです。
協業を決定した後、実際に始まるまでに6か月かそれ以上かかっているところが60%近くありますが、通常、スタートアップというのは13 ~ 16 か月の命しかないのです。1 回当たり13 ~ 16 か月分の運転資金を調達し、そこでマイルストーンを攻略すると再び資金調達をするというのを繰り返すのです。それまでに次のマイルストーンをクリアできなければつぶれることになります。また、資金調達前の2 ~ 3 か月は、CEO は交渉ごとに忙しく、連絡が取りづらくなることもあります。
だから、開始前に6 か月もかかっていたら、何も進まないままスタートアップがつぶれるか、資金調達でばたばたして話が流れるかという形になってしまいます。逆に言うと、このプロセスが速い企業はスタートアップにとって非常に魅力的な企業として映るはずです。具体的には、NDA の簡略化や連絡窓口の一本化によって、プロセスの高速化を試みている企業が多いようです。
三つ目は、ポートフォリオを持つことです。たくさんある連携手法の中から、自社の目的に合った連携を模索していくということです。
例えば、アライアンスは少ないリスクでの技術の探求に適している、CVC はM&A と比べて高い投資効率で革新的なアイデアを発見できる、M&A は既存技術の活用や、顧客基盤の拡大や統合、人材獲得に適しているといった特性があるといわれ、戦略に応じて手段を考えていくことがポイントになります。
日本企業を見てみると、例えば自社R&D は全く行わず、M&A と投資だけで一気にいろいろなものを買って成長させている企業もあれば、自社R&D を強化するために出資も行うというメーカーも出始めています。こうした組み合わせを考えていくことも、スタートアップとの連携のポイントの一つであり、ポートフォリオ構築の際にもどういうファネル構成にするのかを考える必要があります。
四つ目が、成果を素早く出すことです。特に早期に社内的な成果を出して、社内の信頼を積み重ねないと大きなチャレンジができないので、最初は特に社内の短期的な問題解決にスタートアップを活用するのがよいでしょう。連携による具体的なゴールを設定することも重要です。KPI と目標値をきちんと合意しておくことで、後から社内で文句を言われないようにしなければいけません。製品のできているスタートアップとの連携は比較的成果が出やすく、スタートアップ側でも連携の準備ができていることがあります。また、他の企業と連携して案件を融通し合うことが海外では結構行われています。これは共同投資などの際にも役立つと言われていて、こうした連携が今後重要になってくると思われます。
また、短期的に成果を出すということで言うと、初期のスタートアップを支援するアクセラレーターよりも、拡大フェーズの支援を行うスケーラレーターの方が社内的な成果も出やすく、スタートアップからも感謝されやすい。製品が固まっているので、顧客にも紹介しやすいというメリットがあります。大企業の場合、グローバルへの拡大や顧客の紹介などで支援できるのではないかと言われており、今後の連携において非常に重要な視点になってくると思います。
まとめ
今後、日本の経済成長のためには、日本の既存企業とスタートアップの連携を広め、強めていかなければいけないと考えています。大企業がスタートアップと連携できないと、両者にとってグローバルでの競争力は保てないでしょう。そのためにも、お互いの考え方を理解することが重要です。スタートアップの成功方法を研究し、その成果を広く共有することで、日本の次なる産業創出や人材育成に貢献できればと考えています。
今、東京大学本郷テックガレージでは、1 年半で100 以上の技術プロジェクトを実施して、学生にプロダクトを作ってもらっています。その中で新しいプロダクト開発の方法論を洗練し、ブログ等で公開しています。それを通して学生の人材育成をしながら、科学的発見や技術を生かしたコラボレーションスペースの開設、運営を行っています。こうしたスタートアップ支援や方法論の体系化への取り組みに寄付を頂ける企業様を募集しています。
国内で不平等などが問題になっている中、人々がゆとりを持つためには、やはり経済成長が必要です。人々の生活を改善し、日本経済の発展に貢献するべく、スタートアップと大企業の連携促進のための新たな取り組みをしたいと考えています。ぜひこれを機に、スタートアップのことに少しだけ興味を持っていただいて、引き続き私ともコンタクトを取っていただければと思っています。
スタートアップのことを多少知っていただいて、少しでも行動しようと思っていただければ幸甚に思います。