FoundX: スタートアップ向けのシード “インセプション” プログラム

Taka Umada
11 min readFeb 21, 2019

今回発表した FoundX は東京大学で行うスタートアップ向けプログラムです。このプログラムを今回、シードインセプションプログラム (seed inception program) と呼ぼうと思っています。インセプションの名の通り、FoundX のプログラムでは、これから生まれる起業家に対して、起業の「起点」となるような各種支援を提供します。

FoundX が提供するプログラムは従来型のインキュベータでもアクセラレータでもありません。そのため、これまで FoundX のことをプレインキュベーションやプレアクセラレーターと呼んでいましたが、それよりも「インセプションプログラム」と新たな名詞を用意したほうが適切であり、また名詞があったほうが良いと考え、一旦このような名前を付けています。

以下ではその背景を解説します。

インセプションプログラムの立ち位置

FoundX はアクセラレーションを行うようなフェーズのプログラムではありません。インキュベーションの段階、それもかなり前段階の支援を行います。

以下の図がフェーズとしては分かりやすいです。最も左端にあるのが Inception のフェーズです。

たとえば FoundX ではアイデアはまだ定まっていないけれど、何かやりたい、という人たちの支援を行いますし、彼らがアイデアを探すための支援を行います。

インキュベーションは既にある技術シーズなどの孵化が中心になりますが、FoundX はそうした技術を受け入れつつも、それ以外も受け付けます。アクセラレーションプログラムは通常、アイデアや成長を加速させるための投資を行いますが、FoundX では投資を行いません。そして FoundX は「事業」の孵化や加速をするだけではなく、「人」の起業家としての孵化や成長を支援するプログラムであり、起業家を生むためのプログラムだと考えています。

これまでと異なる、こうした FoundX のプログラムをインセプションプログラムとひとまず呼んでみたいと思います。

(※インセプション (inception) は、映画『インセプション』で日本でも有名になった言葉ですが、言葉としては「何かの組織や活動の起点」「きっかけ」といったような意味を持ちます)

なぜ今、このフェーズ向けのプログラムなのか?

この Inception のフェーズの支援がなぜ必要だと考えたかを説明します。そのためにまず、これまでのスタートアップ支援の歴史を振り返ります。

これまでのインキュベーションとアクセラレーション

大学や行政が主体となり、起業直後のチームに対して安価な施設をレンタルで提供するインキュベーションプログラムは、かなり昔から存在していました。そうした施設に在席できる期間は比較的長く、数年間在席できるところが多かったようです。

2005年には Y Combinator が始まりました。Y Combinator の成功を受けて、アクセラレータプログラムが 2010 年前後から急増しています。たとえば世界中のアクセラレータプログラムを集めたサイトである f6s で検索すると、現在募集中のアクセラレータは 1,000 件以上存在しているようです。また日本国内では事業会社のアクセラレータが数十稼働しているように見受けられます。

そうしたアクセラレーターの多くは、Y Combinator のように、3か月という短期間かつ教育プログラムを提供しながら少額の投資を行う形式を採用しています。

この形は、2005年以降のスタートアップ環境に特別にマッチしていたようです。というのも、Y Combinator が登場した2005年前後は、AWS などによるクラウド環境の提供で、スタートアップを始めるコストが下がり、またインターネットの普及期も重なって Web アプリのスタートアップが増加している時期でした。また 2010 年前後にはスマホアプリの消費者向けスタートアップが盛り上がりました。

これらの領域はコードさえかければ初期費用はほとんどかからず、さらに短期間に何度かのピボットも可能、そして短期間である程度の顧客層を掴むことも可能でした。こうした背景から、3か月というアクセラレータープログラムの一部は大きな効果を発揮できたように思います。

Upfront Ventures の Mark Suster は「なぜシード投資が落ち込んでいるのか?」という記事とスライドの中で、以下のような図を用いて起業コストが大幅に下がったことを説明しています。

しかしアクセラレーターが生まれてきた 2005 年から約 15 年が経過し、2019年のスタートアップの状況が少し変わってきているように思います。大きな変化は以下の3点です。

  1. スタートアップの対象となる領域の変化
  2. 投資環境の変化
  3. 起業家の数と種類の変化

1. スタートアップの領域の変化

たとえば現在は、研究開発を必要とするスタートアップや、産業特化型の SaaS のスタートアップが徐々に増えています。そうした領域では、従来のスマートフォンやWebとは異なり、試行錯誤のコストがそれなりに高く、そして初期からある程度の戦略を構築していく必要があります。また B2B の場合は顧客との契約一つとっても、数か月かかる場合もあります。そうした領域での起業に、3か月という期間はスタートアップの超初期段階にはそぐわなくなって来ているように思います。

実際、FoundX と類似のプログラムである、Harvard の卒業生向けプログラム Launch Lab X は9か月間の期間となっています。FoundX も十分に長い期間を取って、大きな市場を狙えるスタートアップを輩出していければと考えています。

なお、3か月という短期間に成長を加速させるプログラムは変わらず必要とされると思います。しかしそのプログラムはもしかすると、もう少し後のフェーズのほうが最適なのかもしれないとも思っています。

2. 投資環境の変化

日本国内でもスタートアップが注目されるにつれて、既存のファンドは徐々にファンドサイズが大きくなっているようです。そうした動きを受けて、かつてシードのフェーズでの投資を行っていた VC も、徐々に大きなチェックサイズを切る必要が出てきています。またシードステージでもそれなりに大きな割合の株を持たなければ投資効率が悪いことを理解し始めているため、既存の支援者は徐々に後ろのステージへと移るか、大きな資金を最初から投資するスタイルへと変わりつつあります。裏を返せば、最初の資金調達に至るまでのハードルは徐々に高くなる傾向にあります。

新興のシードファンドやエンジェル投資も増えており、既存ではなく新興ファンドからのお金がつきやすい状況であることは確かです。しかしあまりに早い段階で、しかも投資慣れしていないところから投資を受けてしまうと、株の割合を投資家に多くとられたり、初期に定めたアイデアから変える際に困難が待ち受けてしまいます。また、拙速に資金調達をして初期の方向性を大きく間違ってしまうと、本当に大きな成長を見逃すどころか、起業家の人生という貴重なリソースを無為に費やしてしまいます。そのため初期にもう少しだけアイデアを検討するような機会を増やしたほうが、より良いスタートアップが増えるのではと考えました。

FoundX では十分なトラクションを持ってから有利な条件で資金を調達できるまで、スタートアップの成長を支援する仕組みを提供したいと考えています。その一つが個室の無償提供です。コワーキングスペースは集中できず、かといって場所を借りようとするのは初期のスタートアップにとってそれなりに負担になります。そこで FoundX のプログラムでは、開発に集中できる環境として個室の提供と、さらに様々な支援を行うつもりです。

3. 起業家の数と質の変化

現在、投資が一部のスタートアップに集中する傾向にあります。また国内でもアクセラレータプログラムをはじめとした、スタートアップ支援プログラムが増えてきていますが、同一のスタートアップが複数のプログラムを回遊している様子を見ます。そうした状況が示すことは、投資側や支援側に対して、起業家や挑戦者の絶対数が足りていないということかもしれません。しかしグランドスラム級のスタートアップが生まれてくるためには、何よりもまずスタートアップの数、つまり起業家の数が必要だと考えています。

もっと起業家の数を増やしていくには、これまでと異なる人たちが起業という選択肢を取りやすくなるような環境を整える必要があります。もちろん、何も支援がなくても起業をするようなパーソナリティの人は、これまで通り一定割合は出てくると思います。そうした人たちに支援は確かに必要ないかもしれません。

ただ、子育て支援がなくても子供を作る人もいれば、子育て支援があるからこそ子供を作ってもいいかもしれない、という人がいるように、支援がなくても起業する人もいれば、支援があるからこそ起業に踏み切れる人もいます。「起業家という人たちは何も支援がなくて起業するから、起業家は支援しなくてもいい」といい、起業家支援プログラムを否定的に見る人もいますが、それは「子供が欲しい人は子育て支援がなくても子供を授かろうとするから、子育て支援政策はなくてもいい」と言っているのと似たようなもので、私はそれに対しては反対の立場を取ります。

これまでの起業家とは違う層の人たちが、キャリアとして起業という選択を取れるようにするためには、どうすればいいのかを考えたとき、その答えとしては、これまでとは異なる支援や異なるセーフティネットだと考えました。たとえば、現業を持ちながら個人の時間で新しいアイデアを追い求めることをもっとしやすくしたり、そうした仲間が集いやすくなるような環境を用意したりするのがその一つの手法でしょう。起業に失敗しても、同じフェーズで頑張っていた仲間が成長していれば、そのスタートアップに参加することもでき、セーフティネットが働きます。幸いにして、一部の大企業で働き方が見直されて、個人の時間を持てるようになっている社会人も増えており、日本では今がそのタイミングだと考えます。

こうしたこれまでと異なる人たちをターゲットとするには、従来のインキュベーションやアクセラレーションプログラムとは異なる種類のプログラムや、一過性のイベントとは異なる仕組みが必要です。そこで FoundX では、新たにインセプションプログラムという名前で超初期の起業家を支援するプログラムを提供し、これまでと異なる層の起業家を増やしていければと考えています。

まとめ

FoundX はこうした背景から、超初期のスタートアップを支援する、これまでとは別種のプログラムとして構築したつもりです。こうしたフェーズのプログラムは、私たちだけの専売的なプログラムではありません。むしろ類似のプログラムが増えることで起業家が増えることは、国内のエコシステム全体にとって良いことだと考えています。そこで今回「インセプションプログラム」という名詞を新たに導入し、他の方々も真似しやすい形にしました。共感をした方はぜひ真似してください。

この言葉が定着するかどうかは分かりません。実際、Y Combinator ができた当時はアクセラレーターという名詞もほとんど流通していませんでした。その言葉が少しずつ使われてきたのは、Google Trends などで調べると 2009 年前後のようです。そして言葉の出現を境に、類似のアクセラレータプログラムも増えました。他の例で言えば、「シェアリングエコノミー」という言葉が出てきてから、シェア系のスタートアップのアイデアも増えたように、プログラムを示す名前があることで、こうしたプログラムは増えるのではないかと思います。そしてここからの数年、日本に求められているのは「起業家を増やす」という FoundX のようなフェーズのプログラムだと思っています。

これまで私は本郷テックガレージという活動を通して、学生時代から挑戦する人を増やし、10年後の起業家を増やす活動をしてきたつもりです。今回の FoundX はもう少し短いスパンで挑戦する人を増やしていきたいと思います。こうしたプログラムに参加してみたいという人は、ぜひ FoundX のページをご覧ください。取材なども受け付けています。

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein