FoundX のミッションを決めた背景: 「ゆとり」と「ひらかれた社会」

なぜミッションを決めようと思ったのか

FoundX はアクセラレータなどに類する、一種の起業支援プログラムです。私の知る限り、起業支援のプログラムや施設でミッションを決めているところはあまりないように思います。しかしチームにもビジョンやミッションは不可欠であると言われているように、ミッションを定めたほうが FoundX は効果的に機能すると考えました。そこで上位組織との整合性を取りつつ、今回ミッションを設定することにしました。

  1. 支援者としての社会的責任
  2. マッチング率の向上
  3. 自分たちがスタートアップの模範になれるように

2. 応募いただくスタートアップと私たちとのマッチング率の向上

また私たちとして望んでいる方向性を言語化されていたほうが、今後応募してくるスタートアップの皆さんとのミスマッチが少なくなるというメリットもあると考えました。

3. 自分たちがスタートアップの模範になれるように

そしてもうひとつの理由として、多くのスタートアップがミッションなどを掲げているにも関わらず、見本となるべき私たち支援側にミッションがない状況はあまり良いとは思えませんでした。支援先に対して「ミッションを定めたほうが良い」と言っている支援側自身にミッションがなければ、そのアドバイスは有効ではなくなってしまいます。

独自のミッションが必要だった理由

私たちのミッションを作るうえで、他支援組織のミッションを参考にすることも考えました。しかしスタートアップ支援側がしばしば語る文言である「日本の新しい産業を作る」「より良い社会を作る」「挑戦者を増やす」「未来を作る」「日本を元気にする」などでは不十分だという結論に至りました。

産業を作る?

たとえば「日本の新しい産業を作る」という言葉を投資家側からはしばしば聞くように思います。

より良い社会?

スタートアップのミッションで、かつ社会を見据えた文脈では「より良い社会」という言葉がしばしば使われます。いわゆる「Making the world a better place」です。

https://tap2pay.me/top-4-components-messaging-document/

その他:挑戦者を増やす? 未来を作る?

「挑戦者を増やす」も同様に、多くの人が挑戦できる社会がなぜ良い社会なのか、そのバックグラウンドについて十分に語られていないように思います。

独自のミッションを決めるうえでの制約

支援側のミッションを定めるうえでの難題があるとすれば、そのミッションはある程度、創業者の皆さんのビジョンとなっている「世界をこうしたい」という思いを包含するようなものである必要がある点です。一企業と同じぐらいの特定さを持ってしまうと、参加いただくスタートアップに対して排他的すぎることになってしまいます。かといって、ある程度方向性を示さないとミスマッチの発生を抑えることができません。

ミッション

今回の FoundX のミッションは「イノベーションを可能にし広げることで、ゆとりを生み出し、よりひらかれた社会を作る」という風に決めました。以下はその内容について解説していきます。

手段の定義: イノベーションを可能にし、広げる

イノベーションを可能にする (enabling innovation)

FoundX はアクセラレータや教育機関に近いプログラムであり、施設です。我々自身がイノベーションを興すことではなく、そこに来る人たちがイノベーションを生むことを支援する活動を行います。その意味で「enabling innovation」を文の最初に置いています。

イノベーションを広げる (spreading innovation)

ただしイノベーションを生み出すだけでは研究レベルにとどまってしまう可能性があります。Taleb などがいうように、実用化されないのであれば、その発明はあくまで半発明 (half-invented) の段階です。また単に実用化されるだけでは人たちを変えるには不十分で、必要とする人たちに最大限に広げて良い影響を与えることができなければイノベーションとは呼べないと考えています。

手段としての「by enabling and spreading innovation」

まとめると、イノベーションを単に生み出すだけではなく、生み出したイノベーションを広げていく仕組みをスタートアップと一緒に作っていくというのが、我々の用いる、よりよい社会を実現するための手段です。

【疑問】 イノベーションは何のため?

しかしイノベーションは「何かを達成するための方法」でしかありません。

成果:ゆとり

  • 時間的なゆとり
  • 金銭的なゆとり
  • 心のゆとり
  • 認知的なゆとり
  • 社会資本的なゆとり

イノベーションによって「時間」を作る

もともとは「時間を作る」ことを FoundX での一つの成果として考えていました。医療の発展は人生の健康な時間を長くしてくれますし、技術の発展は人間を各種の作業から解放し、時間を生み出してくれます。多くのイノベーションは人間にとって、時間を作り出すことに貢献しています。

でも、なぜ「時間」ではダメだったのか?

しかし時間という尺度は分かりやすいものの、今回は採用しませんでした。なぜなら、「効率性」という言葉に強く結びついてしまう危険性があったからです。

https://ourworldindata.org/working-hours

ゆとりが出てきた文脈

そこで、時間をアウトプットとしたときに、アウトカムは何なのだろうと考えました。ここでのアウトプットとアウトカムの議論は以下のインパクトチェーンのような形で表すことができます。

  • 考える
  • 学ぶ
  • 行動する
  • 対話をする
  • 寄付をする

現状のゆとりに関しての認識

逆に現在はそうしたゆとりが十分にあるかというとそうではないように思います。

イノベーションでゆとりを生む

今こそイノベーションを興すことによって、ゆとりを取り戻すことが求められているように思います。

【疑問】ゆとりを生み出すだけが目的?

ゆとりは考える時間であり、ゆとりは緩衝材です。

社会:「よりひらかれた社会」:優れたスタートアップを生み出すことで、どんな社会を創りたいのか?

  1. 啓かれた (enlightened)
  2. 開かれた (open)

1. 啓かれた

ひらかれた社会は、理性に基づく社会を夢見た「啓蒙思想」の考え方を継承しています。

人間性 = 理性

昨今、Steven Pinker の Enlightenment Now!『ファクトフルネス』、『進歩: 人類の未来が明るい10の理由』、『反共感論』、『啓蒙思想2.0』などで再度注目を浴びる啓蒙思想ですが、その裏には、世間における人間の理性の受容に対する危機意識があるのではないかと感じています。

ファクトフルネスより

かつての啓蒙思想の限界と新たな啓蒙思想

ただしここでの啓蒙思想は、かつての啓蒙思想とは少し異なる戦略を取る必要があるとも思っています。これは『ルールに従う』などで有名な University of Toronto の Joseph Heath が『啓蒙思想 2.0』などで言うような、新たな啓蒙思想を想定しています。

  • 理性によってもたらされた、エビデンスに基づく医療や政策、教育の進歩について
  • Steven Pinker の Enlightenment Now! や Factfulness、Progress での、理性に基づく人間のこの数十年の進歩について
  • 効果的な利他主義 (Effective Altruism) や『あなたが世界のためにできる たったひとつのこと』での、理性に基づく慈善活動について
  • 『反共感論』での、理性に基づく道徳論について

(1) 集団としての理性

Kant は啓蒙思想について『啓蒙とは何か』の中でこう書いています。

(2) 環境に埋め込まれた理性

私たちの道徳の多くは、環境や状況によって左右されることが分かっています。理性的な人が正解を持っていたとしても、周りの人たちが不正解の意見を正しいとを言うと、理性的な人でも不正解な意見に賛同してしまう心理学実験が有名です。環境は人の理性を曲げてしまうことがあります。

(3) 漸進的に良くなることを目指す理性

イノベーションを破壊的イノベーションと漸進的イノベーションの2つに分類することがあります。確かに使われる技術や製品が、わずかな期間で根本的に変わることがあります。しかしそれを受け入れる社会が大きく変わることはあまりありません。イノベーションが破壊的なものであったとしても、社会や制度は漸進的に変化していく必要があります。むしろ抜本的に変わりうる社会や制度は危険性を孕みます。

啓蒙思想の弱さ

一方で啓かれた社会を目指すときに、啓蒙思想が陥りがちな弱さというものもあるように思います。たとえば、過度にパターナリスティックになりすぎたり、自分たちの思想に合わない人たちを未開的な人たちだと排除したり、自分の考えたユートピアを他人に押し付けたり、あるいは理想を掲げて全体主義的に傾きがちというところです。

2. 開かれた

「ひらかれた社会」の一つ目の意味は「啓かれた社会 (enlightened society)」、つまり啓蒙的な社会です。そして「ひらかれた社会」の二つ目の意味は「開かれた社会 (open society)」です。

  • 自由に対して開かれた
  • 機会に対して開かれた
  • 希望に対して開かれた
  • 幸運に対して開かれた
  • 議論に対して開かれた
  • 未来に対して開かれた
  • 多様性に対して開かれた
  • 可能性に対して開かれた

「より」ひらかれた社会へ

ここまで、「ひらかれた社会」という言葉を選んだ理由を解説してきました。

まとめ

よりひらかれた社会は、これまで以上に間違いを許容し、多様性と自由と寛容を重んじながら(開かれた社会)、その社会に生きる人同士が学び合うことで、集団的な理性を作り上げ、社会の漸進的な進歩を信じます(啓かれた社会)。

補足

社会的なミッションを設定することの戦略的メリット

内閣府が実施した国際調査によると、日本の若者は他の国に比べて、社会を変えられると思っていないようです。

ゆとりの英語 scholē について

今回、ゆとりという言葉の英語版には scholē (スコレー) を採用しました。

よりひらかれた社会を作るためにはゆとりだけで良いのか?

もちろん、ゆとりだけでひらかれた社会が実現できるのか、というと、そんなことはないように思います。ゆとりや時間があるだけで、人々がもっとよりひらかれた社会のために行動するような時間になるかどうかは分かりません。例えば、イノベーションによって生まれた新たなゆとりを、すべてソーシャルゲームなどに使うのであれば、よいひらかれた社会は実現できません(※ゲームをするなと行っているわけではなく、ゲームだけに使われると良くないのでは、ということです)。

ひらかれた社会となめらかな社会

『なめらかな社会とその敵』という本が話題になりましたが、そのタイトルの元となったのはPopperの『開かれた社会とその敵』であると思います。なめらかな社会は個人ではなく分人という概念を提唱していますが、ひらかれた社会はもう少し集団寄りの話になります。

持続可能な社会のためには、よりひらかれた社会が必要

ミッションを考えるうえで SDGs (Sustainable Development Goals) という世界的なテーマに頼ることも考えました。たとえば「持続可能な社会を創る」というものです。実際、現在も気候変動や不平等をはじめとした、長期にわたる複雑で厄介な (wicked) 課題が山積みになっています。

ゆとりを作った人が儲けても良いのか

現在の資本主義において、持続可能にしていくにはビジネスとして稼ぐほうが事業として持続可能になると考えているため、解決される社会課題の大きさに応じた利益が、経営者や執行者に与えられるべきだと考えています。つまり大きな社会課題を民間で解決することができたのなら、その人は大きく儲けても良いと考えています。願わくば、そこで得た個人の金銭的なゆとりを、寄付などの形で社会や環境に還元してほしいと思っています。

ゆとりという言葉を使うことのデメリット

ゆとりという言葉を使うことで、計測が難しくなるというデメリットがあります。時間であれば、どれだけ効率化できたか、といった形でその進捗を計測可能です。しかし上述の通り、効率化だけを目指してしまうことは間違った道に進む可能性が高そうなので、計測の容易さという観点で時間を選ぶのも問題ではないかと考え、ゆとりのままにしています。ゆとりの計測の方法はおって考えることになります。

人々にとってのゆとり

英語版には schole for all people ということで、for all people という言葉を付けています。これはゆとりを単に個人のために作るのではなく、多くの人たちのゆとりを作ってほしいという願いを込めて付けています。

ゆとりとスタートアップ

スタートアップがゆとりを生むための最適な手段の一つかどうかを検討する必要があります。もしゆとりを生むことが他の手段でもっと効率的に達成できるのであれば、その他の手段を採用するべきだからです。

啓かれた社会とゆとり

ゆとりと啓かれた社会の関係性についての検討が必要だと考えます。

啓かれた社会とスタートアップ

理性よりも直観を、頭よりも身体を重視するのは、いわゆる「頭の良い」エスタブリッシュメント層に対する不信と反感がその背景にあるとも考えられます。世界的に経済的な中間層が徐々に減っていき、金融危機などでエスタブリッシュメント層への不信が溜まる中で、エリートによる搾取という反感が生まれるのもやむを得ない状況だと思います。私個人の体験としても、いわゆるエスタブリッシュメント層の人たちが、Brexitやトランプ大統領の選挙で投票した人たちに対して、「バカだ」と蔑むような現場を何度も見てきました。多少なりともエスタブリッシュメント層に属する東京大学関係の人たちであれば、そうした態度を取ることではなく、多くの人たちに便益をもたらし、考えてもらうためのゆとりを与えること、それが今、少なからず東京大学の名前を持ってスタートアップを始める人たちにとっても求められる態度ではないかと考えています。

開かれた社会とゆとり

ゆとりがあることで、多様性に対してより寛容になることができます。自由と人権をより。討議をすることも、お互いを合理的に批判をすることもできます。そうして漸進的に社会を良くしていけるはずです。

開かれた社会とスタートアップ

ピースミールで漸進的な進歩をスタートアップは提供します。そしてこれからも異端的なスタートアップが継続的に出てきて進歩を達成するためには、開かれた社会で居続ける必要があります。

開かれた社会とソロス

投資家として有名な George Soros は Popper に影響されて、Popper の方法を金融市場で利用できるように発展させ、成功できたと彼自身が述べています。彼の主要概念は以下の3つです。

  1. 誤謬性 (falibity)
  2. 相互作用性 (reflexivity)
  3. 開かれた社会 (open society)

東京大学とのビジョンとの整合性

東京大学はその基本理念に 「卓越性と多様性の相互連環」を置いています。上述の通り、多様性を維持するためにはひらかれた社会である必要があり、東京大学のビジョンと FoundX のミッションはアラインしているものと考えています。またイノベーションを可能にし、広げるための研究も同時に行うことで、東京大学が目指す「知の協創の世界拠点」の計画に貢献できるものと思います。

広すぎて感情が湧かないという批判

今回のミッションは広範なものです。その分、フレーミングが難しい、つまり感情を引き起こすことが難しいという課題もありました。これについては、関連して Joseph Heath の『啓蒙思想 2.0』でこのようなことが述べられています。

その他のアクセラレータのミッションについて

参考までに掲載しておきます。

なぜ自分がスタートアップをやらないのか、という疑問

こうした支援側にいたときに良く聞く批判として「なぜ自分でスタートアップをやらないのか」というものがあります。その批判ももっともだと思います。

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The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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Taka Umada

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