逆説のスタートアップ思考的「逆張り戦略キャンバス」ワークショップ (アイデア検証編)
先日逆張りマップというワークショップを解説しました。前回のマップでは多数の製品を大雑把に比較しましたが、今回はそれをさらに細かく見ていくために「逆張り戦略キャンバス」を作ります。
ワークショップの成果物として、以下のような戦略キャンバスが出来上がります。各個人が作ったキャンバスのチーム内での共有を通して、議論を生み、そこから新しい洞察を導くことがこのワークショップの目的です。
なお、ワークショップを実施するフェーズは、プロジェクトがまだアイデア段階にあり、既にチームがある程度のアイデアに合意している状態を想定しています。
「すべてが最高」を狙わず、独自性とメリハリを目指す
『逆説のスタートアップ思考』の第二章「戦略」では、独占することの重要性と一緒に、
- 独自の価値と独自のやり方
- 何をしないかを決める
- 最高を目指さない
という話を書きました。
企業やプロジェクトの金銭的資源、時間的資源は限られているため、全ての面において最高を達成できるわけではありません。それに良い戦略には「一方を取れば一方は取れないようなトレードオフ」が存在します。
だからこそ戦略は「やらないことを決めること」(ポーター)と言われたり、「あえて下手にやることを決めること」(フレイ)と言われたりします。これは事業戦略だけではなく、製品戦略にも言えることです。
また東京大学の暦本先生のアイデア生産の3法則でも、「トレードオフのバランスを崩す」ことが重要だと指摘されています。
そのような文脈で過去を振り返ってみると、昔、当時カテゴリがなかったような製品もバランスを崩したものが含まれていました。
そこで今回はアンバランスな戦略を立てられているかを詳細に検討するため、ジョブ理論とブルーオーシャン戦略の考え方を主に応用しながら、逆張り戦略キャンバスを描くワークショップの手順を解説します。
前回の『逆張りマップ』は多数の競合を比較してみましたが、今回はより詳細に踏み込んだ検討をするときに使うものという位置付けでご活用いただければと思います。
なお、あくまで価値を重視した構成になっており、事業のオペレーションや供給サイドに関しては、バリューチェーンやリーンキャンバス、適合マップなどを使ってください。多くのスタートアップは発展期の市場にいるので、今回はケイパビリティよりもポジショニングを重視しています。
順序
以下がワークショップの手順です。議論の時間次第で、60〜90分ぐらいかかります。
- ジョブを考える
- 競合を考える
- 顧客の評価軸を検討する
- キャンバスの横軸を描く
- 逆張り戦略キャンバスと価値曲線を描く
- 再検討する
1.ジョブを考える
「人はドリルではなく穴が欲しい」と言われるように、人はプロダクトではなくプログレス(進歩/進捗)を欲しています。これは皆当然聞いたこともあり理解もしているはずですが、実践の中ではしばしば忘れられてしまいます。
そこでこの考え方をより認識しやすくするために、クリステンセンのジョブ理論の考え方を導入します。
ジョブとは、クリステンセンいわく、
ある特定の状況で人が遂げようとする進歩(プログレス)
のことです。
ただこれだけだとよくわからないので、ジョブが何であるかを理解するために、他の概念と比較してみます。
- 一般的に存在するニーズではなく、状況に応じた「ジョブ(片付けるべき仕事)」を知る
- ジョブは単なる副詞や形容詞ではない(「便利」などではない)
- プロダクトではなく「プログレス」を提供する
- 解決策をモノではなく「サービス」と捉える
- 独立したイベントではなく、プログレスが必要になるプロセスを知る(ジョブは通常、継続し反復する)
「顧客のプロフィール」ではなく「顧客のジョブ」を理解して、なぜプロダクトが雇われてどういうプログレスが求められているのかを意識できることが、ジョブ理論のレンズを用いるメリットです。
そしてジョブの一般的な表現は以下のようになります。
複数のジョブの候補を長めのポストイットに、上記のフォーマットで挙げていきます。こうすれば製品アイデアに対するジョブの候補がいくつか出てきます。
ここで全員がジョブの候補を共有して、模造紙などに貼っていきます。
このとき、チームで相談しながらうまくグルーピングして、カテゴリ名をつけてみてください。人数が多ければ、最初は二人で見せあって、そのあとチーム全員でやると良いと思います。
後の作業のため、大きめの模造紙に貼っていくことをお勧めします。
2.競合を考える
ジョブは昔からあって、そうそう変わりません。今も何らかの手段で顧客はそのジョブをこなしているはずです。その何らかの手段が「競合製品」や「代替製品」です。
ここで注意するべきなのは、「手作業」「無消費(何も雇用してない)」も競合です。「競合がない」というのは愚かな答えです。
競合はピンク色のポストイットを使って挙げていきます。競合はジョブ(や状況)ごとに違いますが、とりあえず全部あげてみてください。
なお、異なるジャンルの商品がなければジョブがうまく描写できているとは言えません(たとえばミルクシェイクに対するストロベリーシェイクではなく、バナナなど)。
競合を一人で書き出したら、またチーム内で見せあって、グルーピングしていきます。関連するジョブの近くに競合製品を貼っていくと分かりやすくなります。
個人的にはこの後、クリステンセンにならって、ストーリーボードを作って解像度を高めるのがお勧めです。
3.顧客の評価軸を考える
戦略キャンバスの横軸である「顧客にとっての評価軸」を決めます。
特にジョブ理論では、機能面だけではなく、感情面、社会面での評価も重要視するように指摘されています。そこで戦略キャンバスの軸の中でも、機能、感情、社会の軸をうまく組み合わせます。
機能は QCD の考え方や、感情はデルフト工科大学の教授がまとめた25分類、社会は関係性(親子、恋人、友人、地域、承認欲求)などに注目すると軸の案が出て来るのではないかと思います。
各個人が軸の候補を挙げた後、思い思いにマップに貼っていきます。その際、ジョブに関連性の深い軸はジョブの近くに張ってください。その際に、どこに置くのかの議論の時間も取ると良いと思います。
さらに
- 機能、性質面:青●シール
- 感情面:赤●シール
- 社会面:緑●シール
という種類分けで、重要だと思う軸にシールを貼っていきます。貼る最中でもチームの議論を行ってみてください。
これでジョブと競合、そして軸のマップが出来上がりました。このマップは後日も使えるので取っておくと良いと思います。
4.キャンバスの横軸を考える
次にチームで今回最も解決したいジョブを決めて、ジョブに適した競合を決め、左から順に重要な軸を配置していきます。8 〜 9 個ぐらいの軸があれば良い比較ができる傾向にあります。おおよそ、機能:感情:社会 = 4:2:2 ぐらいが良いのではないかと思います。
もしここで評価軸を重要度順で並べられないのなら、顧客インタビューが足りていないのかもしれません。
以上でキャンバスを書く準備は終了です。
5.戦略キャンバスと価値曲線を描く
チーム全員で選んだジョブに対する最も手強い競合を選び、異なる色で線を引いていきます。
良いキャンバスは、
- メリハリがあり、競合に比べて独自性が高い
- 一方を立てれば一方が立たないようなトレードオフがあると、他社は容易に真似できません(例えば、バッテリーの大きさとカッコよさ、など)
- 軸を実現するための活動の適合性が高いと、他社は容易に真似出来なくなります
といった特徴を持ちます。(ポーターの考え方を一部応用)
逆に駄目なパターンはこんな形です。
6.再検討する
たとえば以下のようなブルーオーシャン戦略的な観点で議論してみてください。
- もっと特殊なジョブや状況であれば、より良い成果を出せないか
- その軸を作り出すケイパビリティは本当にチームに備わっているか
- 選んだ軸の中で、自分たちのプロダクトが「極端に減らす」「極端に増やす」ことができるジョブや状況がないか
- 今はまだない軸の中で「新しい軸を加える」「競合が強い既存の軸を減らす」ことができるジョブや状況がないか
- 価値に対する自分たちのケイパビリティを伸ばせないか
- 全く異なるジャンルの代替となる製品を考えて、軸を選び直したり、順番を変えれないか
- ユーザーと購入者が違う場合(e.g. 塾の場合、ユーザーは生徒、購入者は親)、別の軸がないか
- 顧客をずらしたり、想定する顧客企業のサイズを変えられないか
- バリューチェーンを伸ばしたり縮めたりできないか
- 購入サポートや補完材、補完サービスなど、前後のプロセスや製品ライフサイクルでの軸がないか
- 「機能」「感情」「社会」以外の軸がないか
おそらくこの議論の途中で、自分たちの勝てるジョブの領域や、そうじゃない領域が分かってきて、自然と複数枚の戦略キャンバスを描き直せるようになるのではないかと思います。
たとえばコワーキングスペースのアイデアであれば、「何か物を作りたいときのコワーキングスペース」ではなく、「全く新しい技術的なアイデアを試したいときのコワーキングスペース」なら違う評価軸、そして異なる戦略キャンバスになるはずです。
そうしてジョブを変えた時に、新たな評価軸などが見えてきたら、マップの方に反映しておいてください。
ワークショップを終えたあとに
『ブルーオーシャン戦略』や『ハーバード・ビジネススクールが教える 顧客サービス戦略』で言及されるように、おそらく最初に描いてみてもあまりうまく描けません。戦略キャンバスは何度も描くことで明確になっていきますし、途中で顧客インタビューなどを通して定性的なジョブの理解も必要になるはずです。
またキャンバスはあくまで学びを得るための仮説です。キャンバスがうまく描けなくても、プロトタイプを雑に作って顧客に使ってもらってから分かることも多いはずです。『逆説のスタートアップ思考』でも戦略は実践から生まれる旨を書きましたが、歩みだして初めて気付く戦略もあると思います。あくまでその一歩目として、本当に作る価値があるのかどうかを見定めるときなどに本ワークショップを使って頂ければと思います。
最後に
概念は基本的に以下からの引用で、今回はあくまでこれらを組み合わせたものです。以下の書籍などを読んでみてください。
また今回も、東京大学の松井さんにワークショップのフィードバック等をいただきました。感謝申し上げます。
追記
手順書をまとめました。