アイデア 1,000 時間の法則(仮)

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アイデアコンテストの審査員などから「なかなか良いアイデアが提出されなくて…」という話を時折聞きます。出てきたアイデアを見てみると、課題の解像度が低かったり、解決策がふわっとしていたりして、評価者側から見ると「これは!」というアイデアになかなか出会えないようです。企業の新規事業アイデアコンテストやスタートアップのコンテストでも同様のことを聞きますし、初めて研究に取り組む学生から同じ悩みを聞いたりもします。

そこで良いアイデアに辿り着くために、デザイン思考の講座に参加してみたり、インスピレーションを受けるようなイベントに行ってみたり、スタートアップのアイデアを考える方法を読んだりするようですが、そういうやり方にこだわる前に…

まず 1,000 時間を捻出する、という目標を立ててみるのはどうでしょう。

有名な「1 万時間の法則」があります。グラッドウェル氏が提唱した 1 万時間の法則自体は(量だけではなく質も大事という文脈で)疑義が呈されていますが、しかし何かの域に辿り着くためには、それなりの時間が必要であることは恐らく間違いないでしょう。

それに関連して、UC San Diego の Philip Guo は 1,000 時間ルールというものを提唱しています(日本語での紹介)。エキスパートになるためには 10,000 時間必要だけれど、それなりにうまくなる程度であれば、約 1,000 時間で何とかなるのでは、というのが彼の主張です。

「脱初心者」の最初のバーが1,000 時間だとすると、スタートアップのアイデアにせよ、新規事業のアイデアにせよ、研究のアイデアにせよ、「特定の領域で新しいアイデアに辿り着く」という面で脱初心者をするためには、それなりの時間を使わなければならない、という風に考えられないでしょうか。

研究の場合

たとえば、研究のアイデアのことを考えてみます。

研究に求められるのは新規性のあるアイデアです。スタートアップに求められるのは新規ビジネスのアイデアなので、研究と求められるものは異なります。しかし両者は新規性という面で、それなりに類似性があるチャレンジだと考えられます。

研究の場合、大学院生(修士)は後半の約1年を使って自分の研究をまとめます。大学院生はほぼ授業がないとすると、1年間で:

ぐらいの時間を使って、論文という形でアイデアを成果をまとめているはずです。

アイデアにも様々な種類や段階があると思いますが、一つのアイデアに収束させて、さらにそれを「他人がそれなりに認める成果」として出すためには、それぐらい時間が必要ということではないでしょうか。

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もちろんその間、単にずっと考えているわけではなく、過去の文献をサーベイしたり、授業で理論を学んだり、実際に手を動かしたり、とにかく雑に作ったり、実験したり、行動したり、時には失敗しながら(あるいはときにはボードゲームをしながら)、発散と収束を繰り返してアイデアを進めていきます。

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もちろん要領の良い人は、失敗することなく 500 時間などで一本の論文を書けるでしょうが、それでも数百時間は必要です。

それなりに勉強してきた専門性のある領域であったとしても、これぐらいの時間を使わないと、新規性のあるアイデアに辿り着けず、そして一つの成果物としてまとめることは難しい、ということのように思えます。

ビジネスの場合

それなりにキャリアを積んできた人なら既にビジネスに費やした時間は 10,000 時間を超えているはずです。

しかしそれはあくまで業務の実行のための時間がほとんどです。ちょっとした業務改善のアイデアを考えたり試す時間はあれど、「全く新しいアイデアを探す」「新しいアイデアを試す」「新しいアイデアを作ってみる」ということに 1,000 時間を使っている人はそうそういないのではないでしょうか。

冒頭の企業内新規事業の評価者も「皆、直前になって思い付きのアイデアを出してきている気がする」と言っていたと聞いています。アイデアを出す人たちが日々の業務に追われていて、アイデアを考えたり試すことに十分な時間を費やせていないのであれば、良いアイデアが出てきづらいのも仕方がないことでしょう。

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アイデアが出なくて困っている人(画像:いらすとや

もし皆が十分な時間が取れないせいで良いアイデアが出てきていないのであれば、それはアイデア応募者側の問題ではなく、応募候補者に対して十分に考える時間を与えていないマネジメント側にこそ問題があるのかもしれません。

もちろん、優れたアイディエーション手法やワークショップを使えば、2倍ぐらい早く、たとえば500時間程度でアイデアに辿り着くことができるかもしれません。しかしそれでも 500 時間必要です。

英語学習が進まない原因の多くが単に時間を使っていないからであったりするように、良いアイデアが出ない多くの理由は、そのやり方がまずいというよりは、そもそものアイデアを探したり検証したりする時間が単に足りていない、という可能性も高いのではないでしょうか。

こう書くと身もふたもない話になってしまうかもしれませんが、その一方で良い面もあるように思います。

それは「良いアイデアが出ない」という問題を時間の問題に落とし込むことで、「どうやって時間を捻出するか」という問題にリフレームすることができるからです。

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「1,000 時間を確保するには?」という問題へ

ここからは個人でスタートアップのアイデアを考えている人を読者対象としてお話しします。

前述の通り、「どうやったら良いアイデアが出るか」という問いを、「どうやればスタートアップの良いアイデアに辿り着くための 1,000 時間を捻出できるか」という問いに変えてみれば、アイデアに辿り着くために自分が日々、どの程度時間を使わなければいけないのかが見えてきます。

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週末 5 時間の場合は 4 年で 1000 時間

たとえば、週末の土日のどちらかに5時間、誰かとアイデアを考えたり模索したりする場合を考えてみると一年は52週なので

となります。1,000 時間を達成するには 4 年必要、ということになります。

結構な時間を使う場合は 1 年でなんとか

次は平日2時間、土日で10時間ずつという、結構な時間を使う場合を考えてみましょう。

個の場合、1,000 時間を超えるには約 8 か月必要です。

この約8か月というのは、私の周りの社会人起業家が起業するまでに要した月日と結構一致しています。

その長い時間を使って、起業家たちは一つのアイデアを磨きこむというよりも、異なるアイデアを繰り返し試す中でようやく一つの良いアイデアに辿り着いた話をよく聞きます。私の周りの経験談で言えば、だいたい3回目ぐらいのプロジェクトでようやく自分のやりたかったことが見えてくることが多いと感じています(そのため FoundX Fellows Program も3度プロジェクトをする前提で設計しています)。

もちろん、人によってはすでに 1,000 時間ぐらい考え抜いている領域や課題があるかもしれません。その場合はもっと短い時間で良いアイデアに辿り着けるでしょう。あるいは友達と一緒に考えることで、一人よりも多くの情報に触れることができて、一人当たりで考えるともっと早く良いアイデアの入り口に辿り着けるかもしれません。ただ、いずれの場合にも時間はそれなりに必要です。

閃きによる一発逆転はあまり起こらない、というのは悲しいお知らせではありますが、逆に言えば、きちんと積み重ねていくことで他人から抜きんでることができる、ということでもあります。それは希望のようにも見えます。

先日「情熱を探そうというアドバイスはもうやめよう」という記事を書きましたが、情熱もアイデアも能力も、徐々に育てていくものであり、そして育てていけるもの、なのではないでしょうか。

枠に合った時間の使い方をする

それではこの 1,000 時間に到達するために、スタートアップのアイデアという文脈では何ができるでしょうか。

細切れの時間でできることと、まとまった時間でできることは異なります。例えばこういう使い方があるのではないかというのを少しだけ提案します。

1. 細切れの時間や隙間時間でやれること

たとえば細切れの時間では、主に発散や情報収集の時間として使えます。そのためのサーベイやニュースを見ることが一つでしょう。Product Hunt を毎日見るだけでも、ずいぶんと差がつくはずです。Y Combinator Database を見たり、Twitter と Facebook のアプリを消して、スマホのホームスクリーンにテック系のニュースアプリを入れておくだけでも随分と時間の使い方が変わってきます。

なお、私も FoundX Review というサイトを平日は毎日更新するようにしています。これはスタートアップのノウハウが中心です。

Hacker News を見ることもお勧めします。以下の Twitter アカウントでは英語に慣れていない方向けに、Hacker News の人気記事のタイトルだけ翻訳して流すようにしています。

2. まとまった時間でやれること

まとまった時間は、アイデアを収束させるための時間として有効に利用できるでしょう。たとえば何かプロトタイプを作ってみることで学べることは多いです。アイデアを批判的にじっくり考える時間としても使えるかもしれません。

あるいは、まとまった時間で友達を誘って壁打ちをするのも、まとまった時間を取ってやってみる価値のあることです。

3. 友人と一緒だからできること

一人で1000時間を費やすことは難しいことです。だからこそ、仲間を作ったり、取り組める環境を自分の周りに作ることが大切なのではないかと考えています。

例えば私がやっていたのは、自分たちが Spark Joy を感じたスタートアップを紹介しあう会などでした。こうした締切を設けることで、スタートアップをサーベイする強制力を生み、自分の時間を使ってアイデアを考えるきっかけを作ってくれます。

また仲間と一緒にコンテストに応募するなど、一歩踏み出してみることが、1,000 時間を使うきっかけになったという例も聞いています。たとえば FoundX Fellows Program もこのプログラムの時間だけで良いアイデアに辿り着けはしないと思いますが、ただこれをきっかけに、アイデアを考えることに多くの時間を使えるような環境を、自分の周りに作ることはできるのではないかと思って実施しています。

1,000 時間のために 1 時間だけでも踏み出す、そのための時間を作る

1,000 時間を使わないと踏み出してはいけない、つまりアイデアを出してはいけない、ということでは決してありません。1,000 時間は、実践も含んだ多くの挑戦や失敗を含んだ 1,000 時間です。

私の担当するアントレプレナーシップの授業では、バブソン大学に従ってアントレプレナーシップを身に着けるには、プラクティス(実践、習練、練習)が必要です」というのを毎週繰り返し繰り返し伝えています。きっとアイデアの発想についてもプラクティスが必要で、そのためには練習時間が必要です。

野球のバットの振り方をどれだけ研究したとしても、実際にバットを振る練習をしないとうまくいきません。ましてや打席に立たないと、バットを振っていたとしてもヒットやホームランは打てません。

アイデアもきっと同じです。練習時間が十分でなければうまくなりません。そして多分ヒットの打てそうなアイデアになるまで、しばらくかかると思います。しばらくの間は、アイデアを生み出すのもきっと下手なままでしょう。

でも諦めず、 1,000 時間ぐらいアイデアを探す練習や挑戦、挑戦に伴う失敗を続ければ、きっとうまくなります。そうして良いアイデアの入り口に、きっと辿り着けるはずです。

もちろん 1,000 時間をかけて最初の良さそうなアイデアが出てきたとしても、それはほんの入り口です。本格的に進めていくうちに(たとえば起業してフルタイムでそのアイデアに取り組んで、さらに 2, 3000 時間使うなかで)何度もピボットすると思います。でもそれはもしかしたら中級者になった、ということなのかもしれません。そして中級者になると、きっとさらに面白くなって、自然に時間を使いたくなってくるのではないでしょうか。

だから練習を続けること、そして「脱初心者」までの練習時間をきちんと捻出すること。自分の時間の使い方を振り返って、1,000 時間を使う目標を立ててみることから始めてみるのも、良いアイデアに辿り着く一つの大事なやり方なのではないかと考えています。

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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