大企業とスタートアップ

競争の激化と役割の変化:スタートアップの領域を再考するタイミング?

大企業がスタートアップの方法論を身につけはじめ、素早く身軽に動けるようになってきているため、スタートアップの担うイノベーションがある領域では終わったのではないか、というような記事が 2016 年 2 月に出され、話題を呼びました。

事実、かつてスタートアップがアプリの流通で活用していた App Store のランキングのほとんどは、今や大企業や大企業となったかつてのスタートアップが占めていたり、スタートアップの得意技だった SNS の活用が大企業でも進んでいたりと、大企業が様々な新しい試みを始めていることを良く聞くようになりました。

この辺りについて状況を整理しつつ情報をまとめてみたいと思います。

大企業によるイノベーションのジレンマの回避

よく言われるように、大企業はイノベーションのジレンマに陥りがちです。しかしイノベーションのジレンマの本やその続編で提唱されている、ジレンマを回避するための手段は広く認知されはじめており、徐々にですが各社が対策をうまく打て始めているのではないかと思います。

たとえば Google は Alphabet というある種のベンチャー投資の企業へとその姿を変えました。Facebook や Microsoft も小さなアプリケーションを大量に出して、マーケットから積極的に学ぶような形になりつつあります。また Adobe 社内で行われている、小さなプロジェクトを進める Kickbox という試みでも幾つかの成功例が出てきているそうです。

スタートアップは、大企業がイノベーションのジレンマに陥っている隙を見つけて利を得ようという側面もありましたが、大企業側によるこうした対策によって、見方によってはスタートアップのチャンスが少なくなってきているようにも見えます。

スタートアップのノウハウの広がり

それだけではなく、かつてスタートアップだけの秘密だった、スピード感をもって動くための様々なノウハウは徐々に定式化され、既存の大企業や中小企業でも利用可能な形になりつつあります。

たとえば大企業ではかつて利用の承認がなかなか下りず、スタートアップだけが使えていた AWS のようなサービスは今や大企業でも大量に導入され、インフラを整えるスピードの差はほぼなくなりつつあります。それどころか、Facebook や Google といったテクノロジー系の大企業はそれよりももっと良いインフラを自社内で整えつつあります。そしてそこにスタートアップには簡単に真似できない大量のデータを確保し、そのデータをつかた新しいサービスを次々に出し始めています。

また GE の FastWorks をはじめとして、リーンスタートアップの方法論(過去のスライドでもリーンスタートアップに関するスライドを何個か上げてます)を導入する大企業も増えてきています。かつては大企業ではなかなかそうした方法論が導入しづらい、という声もよく上がっていましたが、そうした企業内にいる抵抗勢力のいなし方、というノウハウも溜まりつつあり、Lean Startup の提唱者である Eric Ries の次回の新刊はそのあたりの話になりそうです。

もしかすると、こうした流れはリーンスタートアップやデザインシンキングといった方法論のコンサルタントなどは、お金の払いの良い大企業のほうを顧客にしてしまいがちで、そのため大企業での導入が加速している、という面もあるのかもしれません。

こうした状況を踏まえるとスタートアップと大企業の差は徐々に埋まりつつあるというのはある面では正しいのかなと思います。

大企業がスタートアップに関わる良い影響

大企業がスタートアップの方法論を身につけることは、競合する事業を行うスタートアップにとっては脅威ですが、国や世界という視点で見てみると決して悪いことではないと思っています。潤沢な資源と優秀な人材を擁する大企業から多くの発明やイノベーションが生まれることで、世界はより良くなっていくのではないでしょうか。

また大企業での新規事業が増えることで、個々人のキャリアにとっても良い影響がありうるのではないかと思います。たとえばある程度の給料をもらいながら新しい取り組みを始められる、という人が増えるかもしれません。そうなれば、スタートアップという、極小の資源しかなくそのため選べる選択肢の少ない組織を立ちあげなくても、大企業での様々な領域に豊富な資源をもってイノベーションに取り組むことができます。

また GV のデザインスプリントをはじめとした、Google のような大企業が培ってきたスタートアップの文脈に近い方法論や知見は、スタートアップにも有用なものとして使えるものだと思っています。

大企業の変化のスタートアップへの影響

そして大企業がスピード感を持って事業に取り組んでくれるようになれば、スタートアップ側にも「大企業と一緒にパートナーを組む」「大企業にソリューションを売る」という選択肢が現実味を帯びてくるかもしれません。海外の大企業でもまだまだ遅い、日本だともっと先かも、という話は聞きますが、それでも以前よりは状況が良くなっているように見受けられます。

それに今後、大企業はスタートアップのエコシステムにとってより重要になるのではないかと考えています。特に大企業の支援としてはスタートアップのスケールや海外展開を助けるようなことをするようなことを求められるのではないかと考えています。今はアクセラレータといえばアーリーステージのスタートアップの支援が中心ですが、今後コーポレートアクセラレータの中には、Scalearator (スケーラレーター:スタートアップがスケールするフェーズを助けるアクセラレーター) と呼ばれるようなものが必要になってくるのではという指摘もあります。

そして何より、大企業とスタートアップのスピードや考え方がより近づいていくことで、日本国内の大企業によるスタートアップの M&A が増えたり、あるいは買収後の Post Merger Integration がより速やかに可能になるのではないかと思います。

今、日本のスタートアップ界隈では国内の M&A の少なさ、Exit の選択肢の狭さが課題と言われることも多くあります。そのため、大企業がスタートアップのやり方を深く理解し、スタートアップに対する競合としての力を持つことは、スタートアップにとっては厳しい環境になりつつあるという面もあるのかもしれませんが、その一方で M&A を増やすという文脈で考えると、大企業の変化は逆に喜ばしいことと考えるべきなのではないでしょうか。

スタートアップの領域を改めて考える

現在スタートアップにとっての競争環境は、数年前に比べると少し厳しい状況になりつつあるのかもしれません。

しかしこの数年間スタートアップの中心にあった「モバイルとインターネット」というマーケットが異常だった、と捉えることも可能です。これらのマーケットでは小資本で始めることができ、しかも App Store の登場などで個人ですら世界展開も可能、しかも大企業の競合がいないというスタートアップにとっては理想的なマーケットでした。

仮にそのマーケットが厳しくなりつつあるのであれば、大企業が過去の成功に拘泥してその成長を阻まれるように、スタートアップという業界も過去の 10 年に拘泥し続けるのはダメなのではないかと思います。だから今、改めてスタートアップのやり方や考え方、何よりスタートアップの役目を改めて考える必要があるのかもしれません。

それに対する正しい答えは持っていませんが、その一つの可能性は「ハードテック」であると思っています。その他の可能性も、少しずつでも考えていければなと思っています。

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Photo credit: Matt McGee via Visual hunt / CC BY-ND

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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