マネージャのための意思決定ツールセット 3 選

Taka Umada
11 min readJan 9, 2017

学生の進路の相談やスタートアップするべきかどうかなど、意思決定に関する相談を時折受けます。そんなとき質問に対する答えとしては What ではなく How、つまり「どういう風に考えれば良い意思決定ができるか(あるいは悪い意思決定を避けることができるか)」を答えることが多いです。もちろん私個人の意見を求められてるときは別ですが…。

理由としては、私よりも相談相手の方が持っている情報量が多いときには、どちらかというと方法論的なサポートのほうが効果的だと思われるためです。特に人には様々な認知バイアスがある割に、認知心理学等の知見を使った意思決定の方法論はあまり広く認識されているわけではありません。

そんなとき学生に紹介する意思決定のためのツールセットは、経営者やマネージャの仕事にも使えるものではないかと思います。というのもマネージャの仕事の多くは意思決定だからです。特にスタートアップの経営者やマネージャは不確実性下での意思決定の回数が殊更多いものと思われますし、マネージャの意思決定の質が上がれば(あるいはミスを少なくすれば)成果はより出やすくなるはずです。

ということで、今回はマネージャの意思決定の質を良くするときにも使えそうな、学生にもしばしば紹介する意思決定のツールセットを 3 つに絞って紹介します。

  1. 死亡前死因分析もしくは事前検屍: (premortem)
  2. WRAP
  3. チェックリスト

それぞれの詳細について以下で解説します。

1.死亡前死因分析、事前検屍 (premortem)

意思決定をするときには、関係者から様々な意見や視点を集めることが有効だと言われています。しかし皆で考えると、人は集団思考に陥りがちな弱点もあります。また人は自分の意思決定に対して過度に楽観的になりがちです。

そんな性向を踏まえた上で、意思決定の質を上げるときに便利なのが premortem (死亡前死因分析、事前検屍) です。これは Gary Klein が産み出した考えであり、ノーベル経済学賞受賞者の行動経済学者 Daniel Kahneman がダボス会議でこの考え方を紹介して、それを聞いたとある企業のCEOは「これを聞いただけでもダボスに来た甲斐があった」と呟いたほどでした。

考え方自体は簡単で、たとえば以下のような議題を設定するだけです。

「今が1年後だとして、今決めた計画を実行しました。しかし大失敗に終わりました。どんなふうに失敗したのかを簡単にまとめてください」

こうした質問することで、チーム内の懐疑的な視点や見落としていたリスクを発見することができます。また過度な楽観論に陥らず、ダウンサイドリスクに目を向けることができます。そしてもし本当にそうしたリスクがあれば、実行の前にそのリスクを潰すことができます。

たとえば Gary Klein が行った実験では、

  1. 「その従業員が半年後に辞めるとしたらどんな理由が考えられるか」
  2. 「半年後、その従業員が会社を辞めたとする。その理由は?」

という 2 種類の問いを用意しました。後者が事前検屍にあたります。この結果、前者の聞き方では平均 3.5 個の理由が挙がりましたが、後者は平均 4.4 個と 25% 近く挙げられる理由の数が多かっただけではなく、理由も具体的なものが挙がったとされています。

少し意見の集め方や質問の仕方を変えるだけで、意思決定に必要な情報であったり、隠れたリスクのあぶり出しが可能になる一例ではないでしょうか。

2.WRAP

WRAP はスタンフォード大学の Heath 兄弟が『決定力 (Decisive)』の中で紹介している意思決定の四つのステップです。それぞれの以下のようなステップの頭文字を取って「WRAP (ラップ)」となっています。

  • Widen Your Options (選択肢を広げる)
  • Reality-Test Your Assumptions (仮説の現実性を確かめる)
  • Attain Some Distance Before Deciding (決断の前に距離を置く)
  • Prepare to be Wrong (誤りに備える)

特に「決断の前に距離を置く」の中にある「もし親友が自分と同じ立場だったら、自分はどうアドバイスするか」は良く紹介する考え方です。

そのほかのの項目もそれぞれ簡単に取り上げてみたいと思います。

2.1 選択肢を広げる

視野の狭窄を避けて、新しい選択肢を見つける(do or do not で考えない)、複数の選択肢を同時検討する、同じ問題を解決した人を見つける等々、色々ありますが個人的には以下の二つが好きです。

「二つ以上の選択肢を検討する」:「AかBか (A or B)」ではなく「AもBも (A and B)」をできないかを考えてみる。その際には偽の選択肢(A が B の言い換えだけである等)には注意すること。

「機会費用を考える」:何かをすると決めた時に発生する費用を考える。たとえば「イベントに出る時間で何ができるだろう?」「ビデオを買うお金で何ができるだろう」と考える。

2.2 仮説の現実性を確かめる

確証バイアスを避ける、ズームアウトとズームイン(外部の視点とクローズアップ)、予測ではなく実験する、等々の手法がありますが、個人的には以下の二つかなと思います。

「逆を考える」 :確証バイアスにとらわれないようにするため、反対意見や反証を探す。また、直感とまったく逆のことを考えてみたり、あえて小さく失敗してみることで仮説を検証できる。

「選択肢が正解である条件を探す」: 今の選択肢が最善であるための条件を考える。これは反対意見を探すことにも使える。

2.3 決断の前に距離を置く

一時的な感情を乗り越える、優先事項を明文化する、等々ありますが、その中でも特に以下の二つが便利だと思います。

「親友ならどうするか」:親友や後任者へどうアドバイスするかを考えてみる。「仕事を取るべきか家庭を取るべきか」「気になる人に電話すべきかどうか」など。他人の距離から状況を見ることで、損失回避や現状維持バイアスなどを避けることができる。

「10–10–10」:その決定をした 10 分後、10 ヶ月後、10 年後のことを考えてみる。時間軸的に少し距離を置いて決定を見てみる。なお我々は後悔を過大評価しがちなので注意すること。

2.4 誤りに備える

未来を唯一の点でなく幅で考える、プロセスを信じる、等々に加えて死亡前死因分析もこのカテゴリです。

「アラームを設ける」:取れるリスクを決めておき、そこに差しかかったらアラームを鳴らせて再度意思決定する、などを講じることで、選択肢の存在に気がつくようになる。

3.チェックリスト

質の良い意思決定をするための要諦は、意思決定を極力しないことに尽きます。

よくよく知られているように、意志力は使えば使うほど消耗するため、意思決定の数が増えれば増えるほど意思決定の成功率は下がってきます

たとえば、イスラエルで行われた実験では、判事が受刑者を仮釈放するかどうかを決めるとき、午前中に審議を受けた受刑者が仮釈放を認められる確率は70パーセント程度でしたが、午後の遅い時間に審議された受刑者の場合10パーセント未満まで下がってしまいました。この観察結果は、意志力を使うたびに考える力が減っていき、デフォルトの結果である「仮釈放しない」選択肢を取る確率が上がった、と解釈できます。こうした意志力の消耗を減らすために Steve Jobs や Mark Zuckerberg は毎日同じ服を着て、服を選ぶという決定を避けているという話もあります。

チェックリストは意思決定を避ける以外にも様々な効用があります。たとえば、中心静脈カテーテルを挿入する際の感染予防の手順は以下の 5 つです。

  1. 石鹸で手を洗う
  2. 患者の皮膚をクロルヘキシジンで殺菌する
  3. 減菌覆布で患者を覆う
  4. マスク、減菌ガウン、減菌手袋をつけ、カテーテルを挿入する
  5. 刺入点をガーゼなどで覆う

たったこれだけといえばこれだけですが、看護師に医師を一ヶ月間観察させたところ、1/3 以上の患者で一つ以上の手順が飛ばされていることが分かったそうです。

これは医師が特別に注意力散漫というわけではなく、単に人はつい忘れてしまいがちなだけです。チェックリストはそうしたミスを減らしてくれます。なお、このチェックリストを活用して、医師が手順を飛ばしたら看護師が止める権限を与えたところ、カテーテル挿入から10日間の感染率が11%から0%までに下がり、15ヶ月間でわずか2件しか感染が起きず、病院は43人の感染と8人の死を防ぎ、200万ドルの経費を節約できたのと同様の結果を得ることができました。

こうした医療の領域だけではなく、投資の分野でもあのウォーレン・バフェットの長年の右腕であるチャーリー・マンガーもチェックリストの活用を勧めています

さらに VC の人の見る目や投資成績を追った G. Smart らの研究では、経営者を見極める際にプロセスやチェックリストを活用する “Airline Captain” タイプの VC が最も良いパフォーマンス (中央値で 80% の IRR) を上げていました。なお、”Sponge” タイプも時間をかけて調べるものの、最後は直観に任せるため、あまりパフォーマンスを出していません。

そして投資家のほとんどは直観に任せる “Sponge” か “Art Critic” タイプの人で、Airline Captain タイプの VC は全体の 15% よりも少ない人数でした。

The Business of Venture Capital: https://www.amazon.co.jp/dp/B00LUNWWX4/

チェックリストの効用はそこらかしこで聞きます。しかしその一方で、チェックリストの活用は「当たり前すぎて」誰も行わない傾向にあります。たとえば面白いことに、上述の Smart らの研究が出て、皆チェックリストを使ったほうがパフォーマンスが良いと知ったあとも、投資家たちがチェックリストを使う率はそれほど上がらなかったようです。

逆に言えば、チェックリストは公然の秘密とも言えます。そしてチェックリストを使うだけでも、意思決定の質は人より先んじることができます。

以前「スタートアップ向きのアイデアかどうかのチェックリスト」という記事や「パフォーマンスベースインタビュー」の記事を書きましたが、これらもある意味チェックリストと言えるかもしれません。

他にもたとえば大事な意思決定の前には上記の premortem や WRAP での検証をしたかどうかのチェックリストを儲けておくのも一つのやり方ではないでしょうか。そして自分の性向を知り、自分だけの意思決定のチェックリストを作り上げることは非常に有用ではないかと思います。

ということで、以上が個人的におすすめな 3 つの考え方でした。以前スライドにまとめましたが少し分かりにくいですね…。

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein