安定した大企業に就職するならブラックスワン対策に「バーベル戦略」がお勧め
時間の 85% は安全に、15% は投機的に使うことでブラックスワンを活用する
キャリアを語るときにクランボルツの計画的偶発性理論が良く引き合いに出されます。
この理論は「個人のキャリアの 8 割は予想しない偶発的なことによって決定される」と説明され、たびたび良い意味の文脈で用いられることが多いように思います。「偶然を活かせ」「飛び込んでみろ」「新しい可能性にチャレンジしろ」と。
ただ、偶然には良い偶然と悪い偶然があります。そして計画的偶発性理論が言及されるときは、良い偶然が強調されがちで、悪い偶然について語られることが少ないようです。
しかし、もし本当にキャリアの 8 割が偶然で決まるのであれば、悪い偶然によってキャリアが大きく変わることもありえます。そのとき我々はどうすれば良いのでしょうか。今回考えてみたいのは、そうした悪い偶然がキャリア上で起こりうるときの対策法です。
キャリア上の”悪い偶然”は、予期できないブラックスワンの形で現れることもある
キャリアにおける悪い偶然とはどのようなものでしょうか。実際に起こりうるものでしょうか。
たとえば東電の例を考えてみます。東電は 2011 年まで、定年まで安全に過ごせる優良企業の代表として就職先ランキングでも人気だったようです。しかし地震という、予期できない悪い偶然が引き起こした原発の事故で会社だけではなく、社員一人ひとりのキャリアも大きな影響を受けました。たとえば数千人規模の人員削減や給与の一律削減といったものから、周囲から恨まれるといった評判の変化など、悪い偶然が起こったことによる悪い影響は一社員にも降りかかってきました。これはキャリアにおける悪い偶然の例と言えるのではないかと思います。
東電はほんの一例です。地震のような自然発生的な悪い偶然以外にも人為的な偶然も起こりえます。たとえば不正会計や自動車の燃費にまつわる不正行為、金融システムの破綻、業績の急激な悪化や企業買収、それが引き起こすリストラなど、事後的に見れば必然とはいえ、一社員にとっては「予期できなかった悪い偶然」としか言いようがない事象は誰のキャリア上でも遭遇することがある、と言えそうです。
こうした偶然はある種、一社員ではコントロールできない “ブラックスワン” だったと言えるのではないでしょうか。そしてそうした悪い偶然は、誰のキャリア上でも降りかかってくる可能性は否定できません。
ブラックスワンの特徴
ここでブラックスワンという言葉を使ったので意味を簡単に説明します。ブラックスワンは以下のような特徴を持つと言われます。(ブラックスワン上 p.4)
- 異常であること(過去に照らせば、そんなことが起こるとは思われず、普通に考えられる範囲の外側にあること)
- とても大きな衝撃があること
- 異常であるにもかかわらず、人間生まれついての性質で、起こってから適当な説明をでっち上げて筋道をつけたり、予測が可能だったと思うようなこと
そしてこうしたブラックスワンは様々な場面で起こりうることが知られています。
もしキャリアにおいてもブラックスワンが出現するのであれば、ブラックスワンへの対策法が自分たちのキャリアにおける悪い偶然の対策にもなるはずです。そして幸いな事にブラックスワンへの対策は既に提案されています。
ブラックスワンに対処するための「バーベル戦略」
不確実性が高く、未来が予想できない状況で起こるブラックスワンへの対策として、Taleb は著書 Black Swan の中で、債権トレーダーがよく用いる「バーベル戦略」を日常生活に応用することを勧めています。
バーベル戦略とはこのように説明されます。
バーベル戦略とはこんなやり方だ。黒い白鳥のせいで、自分が予測の誤りに左右されるのがわかっており、かつ、ほとんどの「リスク測度」には欠陥があると認めるなら、とるべき戦略は、可能な限り超保守的かつ超積極的になることであり、ちょっと積極的だったり、ちょっと保守的だったりする戦略ではない。
「中ぐらいのリスク」の投資対象にお金を賭けるのではなく(だいたい、それが中ぐらいのリスクだなんてどうしてわかる? 終身教授の椅子がほしいばっかりの「専門家」がそう言うから?)、お金の一部、たとえば85%から90%をものすごく安全な資産に投資する。たとえばアメリカ短期国債みたいな、この星でみつけられる中で一番安全な資産に投資する。残りの10%から15%はものすごく投機的な賭けに投じる。(オプションやなんかみたいに)あらん限りのレバレッジのかかった投資、できればベンチャー・キャピタル流のポートフォリオがいい。
そういうやり方をすれば、間違ったリスク管理に頼らずにすむ。どんな黒い白鳥が来ても「フロア」を超えるひどい目に遭うことはなく、最大限安全なところに置いておいた「卵」に被害が及ぶことはない。
(ブラックスワン下巻 p. 69–70、太字強調は引用者によるもの)
「超保守的」と「超積極的」な投資を行うことで、結果的に中程度のリスクを取る、というのがブラックスワンに対抗するためのバーベル戦略です。そしてこの戦略は、悪いブラックスワンを避けるのではなく、良いブラックスワンを活用する、という方向を向いています。
つまり Taleb が勧める「予測ができないことに対抗する」手法は、「予測ができないことを利用する」こと、言い換えれば、予測できないことが起こったときに良い結果をもたらしてくれるように賭けておくことです。それがブラックスワンの正しい対策法であり、活用法です。
それを Taleb は端的に以下のように示しています。
「予測ができないなら、予測ができないことを利用すればいい」 (ブラックスワン下 p.66)
ブラックスワンが起こりうるキャリア、対策としての”投機的なサイドプロジェクト”
住居が大学周りなので、大学生がキャリアに迷っている様子を時々見聞きことがあり、この記事を書いています。基本的に私は迷っている人には大企業への就職をお勧めしていますが、しかしそれだけで安全が確保されるかと言えば、上記のような”予期できない”悪い偶然(悪いブラックスワン)に出会ったときに苦しい状況に立たされます。
電機系メーカーや優良企業の正社員になることは「安全」なように見えますし、実際に悪い偶然が起こるまで安全です。しかしその一方で、自分のキャリアや時間を安定した一社に捧げると、会社全体が悪い偶然に左右されて傾いた時や苦境に陥ったときに取れる選択肢が少なくなるというリスクもあります。場合によっては中高年という再就職が難しい年齢のときに、急にリストラされて途方に暮れるということもありえるかもしれません。
そしてそうしたブラックスワン(自然災害、不正会計、システムの破綻等)は誰にとっても起こりうると言えそうです。
じゃあどうすればいいのか、というと、バーベル戦略のようなキャリアの賭け方をしてみると良いのではないでしょうか。
つまりバーベル戦略をキャリアに応用して考えてみると、安定した大企業に行く人は(安定しているからこそ)自分の仕事の時間の 85% を安全で “超保守的な” 大企業で過ごしつつ、残り 15% の時間で”超積極的で投機的な”サイドプロジェクトをしてみると良いのでは、ということになります。仮にスタートアップを目指さなくても就職後にサイドプロジェクトをするというのは、個人のキャリアをより安全にしうる方法と考えられるのではないでしょうか。
予測可能な副業ではなく、予測不可能で投機的なサイドプロジェクトを行う
ここで重要なのは、これは「15% の時間を使って、副業で日銭を稼げるようにする」戦略ではない、ということです。
予測できないブラックスワンを避けるのではなく、ブラックスワンを味方につけて有利に働かせるためには、両極端に賭けるべし、すなわち思い切り積極的で投機的で、壮大で非対称性のある結果をもたらす可能性のあるサイドプロジェクトを行うほうが良い、というのがこの戦略からの示唆になります。つまり、仮に良いブラックスワンが起こり、自分のサイドプロジェクトが大当たりしたときにはそのリターンの上限は計り知れないようなプロジェクトをしておくべきだということです。上限が見えているものをサイドプロジェクトで行え、ということではないので、たとえば宝くじのようなものを買う、というのは良いサイドプロジェクトとは言えません。
またサイドプロジェクトにはキャリアのリスクの中和が見込めるほか、サイドプロジェクトをやっていれば、いざリストラなどで首になったときにもサイドプロジェクトによる稼ぎや、サイドプロジェクトのトラックレコードがある状況を作っておくことができ、一気にすべてがゼロになる状況は避けることができます。
未知のブラックスワンは未知であるが故に予測ができません。Taleb いわく、そこで重要なのは、その稀な事象の”確率”や”確からしさ”を計算するのではなく、その事象が起こった時に及ぶ”影響”を見極める、ということです。実際、キャリアにおいて悪いことが起こるすべての可能性を検討することなどできませんが、悪い影響の程度はせいぜいクビが飛んで一時的に収入がゼロになると予測できます。そして仮に超安全なキャリアでクビが飛んで収入がゼロになっても、バーベル戦略をとってけば残り 15% の”卵”は残りますし、それが果てしない上限のリターンを出してくれるかもしれません。
もちろんこの戦略は安全な 85% が確保できる人向きの戦略であり、こういう考え方もありますよ、という一例でしかありません。ただ、安定した大企業に就職したとしても、予測できないブラックスワンによってキャリアが滅茶苦茶になることは起こりえることであり、一方でその安全性をうまく使えば、予測ができないことをとても有利に働かせることもできる、と言えるのではないでしょうか。
サイドプロジェクトを使って、キャリアの初期にランダム性を取り入れる
またサイドプロジェクトはキャリアにランダム性を取り入れることにも寄与してくれます。
たとえばキャリアの探索において、探索アルゴリズムの山登り法を用いることで、より良いキャリアが歩めるのではないかという考え方も Andreessen Horowtiz の Chris Dixon が提案しています。
最も単純な探索アルゴリズムでは最初に初期地点を取り、その周りを見渡して逐次良い(高い)方向へと進んでいこうとします。そうすることで最も高いところへたどり着ける、というのが探索アルゴリズムの最も単純な考え方です。
しかし上記の図では、初期地点の取り方によっては低い方の山へと進んでしまい、最も高い山を知らないまま小さい山の頂上という局所安定に陥ってしまうリスクがあります。そのため、ランダム性を取り入れたり、時には改悪方向への移動も認める方が、計算量は多くなるものの本当に高い山は見つけやすい、つまりより良いアルゴリズムだということが分かっています。
ランダム性を使うことでキャリアの局所最適解を避ける
これをキャリアにも応用すれば、最初に選んだキャリア(新卒で入った会社やキャリア)をそのまま登っていっても、キャリアの局所最適解が見つかるだけかもしれないということが分かります。だからキャリアにも(特に最初の方に)ランダム性を取り入れて試したほうが、キャリアにおけるあなたの本当の最適解が見つかりやすいと思われます。
だからサイドプロジェクトをうまく使うことで、キャリアにおけるランダム性を取り入れてみる、ということもできるのではないでしょうか。
そうした観点からも、大企業に就職するとしても、より安全なキャリアを歩むためにも、投機的で積極的なサイドプロジェクトを行うということをお勧めしています。そしてそうしたサイドプロジェクトがいずれ大成功してスタートアップになってくれれば、個人的には本当に嬉しいです。