反領域的なスタートアップはチープなツールの組み合わせから

  • ワイン造りに使うぶどう圧搾機に目をつけたグーテンベルクは、それを活版印刷に応用しました
  • 蒸気は最初、炭鉱から水を汲み出す手段として使われ、その後蒸気機関車の推進力という天職を得ました
  • 船と陸との通信手段として発明されたラジオは、その後ラジオ番組などの娯楽に利用され市場を広げました
  • インターネットは学術研究の成果を共有する手段として考案され、その後様々な情報をやり取りするインフラとなりました

これらは発明された技術や道具(ツール)を、これまでなかった別の領域に適用することにより、そのテクノロジやツールのポテンシャルが発揮されたという例です。

こうした例を見るに、新しいイノベーションを生むために効果的な方法の一つは、ツールの発展に目を向けること、さらにはそのツールを別の領域に応用していくことではないかと考えられます。そして今後、その傾向はより強くなるのではないかとテクノロジの動きを見ていると感じており、さらにいえばそれはスタートアップにとってはチャンスではないかと思っています。

そこで今回の記事では、スタートアップにとって、今後急激にチープになっていくテクノロジやツールに目を向けて、その組み合わせや応用範囲先を繰り返し模索していくことが一つのイノベーションの方法論になるのではないか、という話をさせていただきます。

結論だけ読むと目新しい話ではありません。とはいえ近年の動きの話も入れているのでご興味あればご一読下さい。以下ではそのツールとテクノロジの進歩に関しての話を幾つかの先人たちの論を引用しながら進めていきたいと思います。

記事の要旨

少し長いので要旨を。

  • イノベーションを理解する上では「ツール」「組み合わせ」「隣接可能性」を補助線として利用すると便利
  • テクノロジとツールは指数関数的に増加している
  • その結果、組み合わせと隣接可能性も指数関数的に増加している
  • 組み合わせのイノベーションはスタートアップにとってチャンスなので、スタートアップにとってチャンスが増加していると考えられる
  • 特にチープなツールを組み合わせて、これまでなかった反領域的な分野でのイノベーションに機会があるのではないか

イノベーションの 3 つの補助線:「ツール」「組み合わせ」「隣接可能性」

最初に、イノベーションを考える上で有効と思われる 3 つの概念について解説します。3 つというのは、

  1. ツール
  2. 組み合わせ
  3. 隣接可能性

の 3 つです。

1.ツール:ツールは時間を作る

やわらかな遺伝子赤の女王などで著名なサイエンスライターである Matt Ridley は『繁栄 (Rational Optimist)』という著作の中で、人類の繁栄について、特に交換という概念をベースにその論を展開しています。

彼によれば「交換」が発明されたことにより、分業と「専門化」が起こり、そして専門化が起こったことで人は道具や技術に時間を投資できるようになって「イノベーション」が生まれ、それがさらに「交換」を強化した、とのことです。

専門化は革新(イノベーション)を促した。道具製作用の道具を作るために時間を投資することを促したからだ。それが時間の節約につながった。そして繁栄とは端的に言うと節約された時間であり、節約される時間は分業に比例して増える。

人間の歴史は規則と道具の共進化によって推し進められてきた。人間という種がますます専門化し、交換の習性を拡大してきたことが、規則と道具におけるイノベーションの根本原因なのだ。

このように彼はイノベーションにおける道具の有効性を繰り返し言及しています。

なお、Ridely の定義によれば人類の繁栄を最も良く測る単位は「時間」です。ここでの時間とは節約された時間であり、自由に使える時間と言い換えてもいいかもしれません。これは Bill & Melinda 財団の指摘ともつながります。そして時間を作るものは技術(テクノロジ)であり、道具(ツール)である、と考えるとより分かりやすいかもしれません。

2.組み合わせ:技術は組み合わせによって進歩する

また一方でテクノロジの進歩は組み合わせによるものである、という論者も多数います。

たとえばサンタフェ研究所の Brian Arthur は『テクノロジーとイノベーション (The Nature of Technology)』の中で、テクノロジを組み合わせ進化の産物であると述べています。また Google のチーフエコノミストであり、『ネットワーク経済の法則 (Information Rules)』などを書いた Hal Varian は「組み合わせ型イノベーション」についてしばしば語っています。

もとより、イノベーションという言葉を作ったシュンペーターも、当初イノベーションのことを new combination (新結合) という言葉で示していました。これらのことからも、技術の進歩は新しい組み合わせによるもの、という話は多くの人が一致する認識であるのではないかと思います。

実際、グーテンベルクはぶどう圧搾機と紙とインク、鉛を使った金属凸版など、それまで培ってきた技術と道具を組み合わせて、それを他の領域に適用することにより、活版印刷という新たな技術を開発したと言えます。

3.隣接可能性

またこうした組み合わせの他に、Stuart Kauffman の理論 (自己組織化と進化の論理) に寄せて、テクノロジの「隣接可能性 (Adjacent Possible)」に着目しているのが Steven Johnson です。

組み合わせとは言っても、何から何まで組み合わせられるか、というとそんなことはありません。たとえば「ヒマワリを構成する原子は、生命誕生以前の地球にあったものとまったく同じだが、その環境から自然発生的にヒマワリを生み出すことはできない」と Johnson は例えていますが、組み合わせというものは段階的にしか起こらないということでもあります。

Steven Johnson は『イノベーションのアイデアを生み出す七つの法則 (Where Good Ideas Come From: The Natural History of Innovation)』の中で隣接可能性をこのように描写しています。

グッドアイデアには必ず、それをとりまく部品や技能の制限がかかる。私たちにはもともと、飛躍的なイノベーションこそがロマンだと思って、周囲の状況を超越した画期的なアイデアや、古いアイデアや化石のような伝統が覆いかぶさった状況をよそに、その外が見える才能ある人物を思い浮かべる傾向がある。ところがアイデアは間に合わせ(ブリコラージュ)のしごとで、あれこれかぶさったものから築かれるものだ。

隣接可能性とは、未来の影のようなもので、ものごとの現状というか、現在から作り変えられる、あらゆる形の地図のへりの上に止まっている。それでも無限の空間ではないし、何でもありの場でもない。第一段階の反応としてありうる数は膨大だが、数は有限で、現代において生物圏にいる形態のほとんどはそこには入らない。隣接可能性が教えてくれるのは、世界にはいつでもとてつもない変化をする力があるとしても、一定範囲の変化のみが起こりうるということである。

また X Prize 財団を指揮する Peter Diamandis らは『楽観主義者の未来予測 (Abundance)』の中でこのように書いています。

テクノロジーは、理論生物学者のスチュアート・カウフマンが「隣接可能領域」と呼ぶもののなかへ広がっていく性質があるのだ。たとえば、車輪の発明以前は、荷馬車や大型馬車、自動車、手押し車、ローラースケートといった、回転という性質から生み出される。

この隣接可能領域、あるいは隣接可能性については、Civilization をプレイした人には「一つの発明は次の発明へとつながり、過去の発明の組み合わせによって新しいテクノロジを入手することができる」といえば分かりやすいかもしれません。

そしてこの隣接可能性が教えてくれることは、組み合わせによって発明された新しい技術によって、技術の隣接可能性がさらに広がる、ということです。つまり新しい技術は新しい技術を作るための種になりえます。

Steven Johnson はそれを以下のように表現しました。

隣接可能性については奇妙で美しい真実がある。それは、その境界を探ると、当の境界で区切られる範囲が広がるということだ。新たな組み合わせが見つかるたびごとに、別の新たな組み合わせが隣接可能性の領域に呼び込まれる。

補足:組み合わせ論や隣接可能性の正しさは多重発生の現象から示唆されている

以上の 3 点が、イノベーションの発生原因を理解するための補助線となります。これらのイノベーション論においては、新しいテクノロジやツールに目を向けて、テクノロジ同士を組み合わせる、あるいは他の領域と組み合わせることでさらに次の領域に向かう、というのがこれらの論者の軸になっています。

この論が正しいように思えるのは、発明の多重発生の現象が過去に多々見られたところにあります。たとえば電話の発明はベルとグレイがほぼ同時で、わずか数時間の差で特許はベルのものになったという事例は有名です。しかしその他にも、ニュートンとラプニッツはほぼ同時に微積分を発明し、最初の電池は 1745 年にフォン・クライストが 1746 年にクネウスが別々に発明され、望遠鏡は 6 人が別々に発明したと言われています。

つまり道具が揃った段階ではじめて発明が生まれており、それは一人の天才のひらめきを待つというよりも、既成のツールをうまく組み合わせによって新しい可能性が拓けてきた、という証左のように思えます。

らのツールと組み合わせ、そして隣接可能性によるイノベーションを知った上で、現在の技術の発展に目を向けてみると、その組み合わせの数や隣接可能性が指数関数的に(エクスポネンシャルに)広がっていることに気付きます。そしてその指数関数的な進歩がスタートアップに利するのではないか、という考えを以下で説明してみたいと思います。

そのために最初は、技術の進歩が本当にエクスポネンシャルになっているのかどうかを確認してみます。

テクノロジやツールは指数関数的に進歩している

かつてのテクノロジの進歩はとてもゆっくりしたものでした。たとえば石斧は 100 万年以上ほとんど変化が起こらなかったと言われています。Wired の創刊編集長である Kevin Kelley が『テクニウム (What Technology Wahts)』で指摘するように、水車は 1 年に一度も進歩するようなものではなく、鉄の強度が増すこともなく、トウモロコシの収穫量が増えることはありませんでした。

しかし現在はどうでしょうか。毎年のように新しい技術が出てきて、新しい進歩が見られます。今から 10 年前には iPhone のようなタッチベースのスマートフォンは存在しなかったにもかかわらず、今や数十億台のスマートフォンが世界中で使われています。

最初は「おもちゃだ」と言われていたマウスは数年に一度大きな進歩をし、球体を転がして認識していたものから赤外線を使うものになり、有線からコードレスになっています。モバイルコンピューティングの世界ではマウスどころかタッチが中心となりつつあり、もしかすると今後はタッチすら不要の音声入力などが主流になるかもしれませんし、VR/AR が流行れば、空中のジェスチャがマウスの代替となるのかもしれません。

このように技術はここ数年劇的に進歩しています。Google での AI 開発を指揮する Ray Kurzwell が Singularity is Near で指摘したように、様々な技術が指数関数的に進歩をしているとも言えそうです。

指数関数的な進歩の例:ムーアの法則

その最も有名な例は、集積回路上のトランジスタ数が 18 ヶ月ごとに倍になる(あるいは価格が半分になる)、というムーアの法則です。現在は量子現象の影響が出るレベルのサイズに達してしまってムーアの法則の終焉が騒がれる最近ですが、それでもここ数十年はほぼ指数的にそのチップ数とクロック数を伸ばしています。(※グラフの縦軸は対数です)

また Kurzwell らは、かつて真空管からなどからトランジスタ、IC などへパラダイムシフトが起こったという経験則によって、これからは IC とは別の形でムーアの法則が保存されていくのではないかという論を立てています。実際に過去を見てみると、5 つのパラダイムシフトが起こり、ムーアの法則が維持されていたというのが過去の経験則になります。

ムーアの法則以外の例

ムーアの法則以外にも多くの技術が指数関数的に向上しているテクノロジは数多く、たとえばデータストレージ、DNA シークエンスのデータ、インターネットの帯域幅などが同じく Ray Kutzwell によって例として上げられています。以下の図では、それぞれ横軸が時間、縦軸が性能の対数グラフになっています。

またムーアの法則と同様にコストが大きく下がっている現象も見られます。

これらは性能向上やコストの減少という観点ですが、性能が向上することやコストが安くなることにより周辺のテクノロジやツールもその恩恵を受け、様々なツールが開発され、利用可能になりつつあります。

カメラと写真の例

普段の身の回りにある例だと、たとえばカメラを見てみると面白いかもしれません。カメラ自体は 100 年以上歴史のある技術ですが、デジタル化によってその利用範囲を大きく拡大しました(デジタル化は飛躍の一つのキーだと Diamandis らは指摘しています)。たとえば以下の図では、1933 年からのカメラの製造数をプロットしています。

かつてはアナログカメラだったものが、カメラがデジタル化されてデジタルカメラに置き換わり、そして 2003 年を境にそのデジタルカメラがスマートフォンに搭載されることによって、その普及台数をわずか数年で一気に伸ばすことができました。

対数グラフは直感的ではないかもしれないので、対数にしない形で見てみると以下の様な縦長のグラフになります。

さらにこうしたカメラの普及によって起こったのは、写真のツールの発生でした。

今は勝者として Snapchat や Instagram などが残っていますが、多数のアプリが開発されていたことは記憶に新しいのではないかと思います。最初は Flickr でデジタルカメラの画像を保存してシェアする使い方だったものが、カメラがモバイルに搭載されることと SNS の隆盛とが重なり、一気に写真を撮るという活動を変え、撮影枚数が急増しました。

結果、Web 上でシェアされる写真の数も指数関数的に増えていることが指摘されており、今や一日あたり十億枚を超える写真が Web でシェアされると推定されています。

上記のグラフ上で存在感のある Snapchat は、最初は写真共有ツールとして開発されましたが、今や写真だけではなくコンテンツの配信プラットフォームとして Facebook に追いつかんとする勢いで急速に成長しており、まさに新たなツールが新たな市場を切り開いた例としても考えられるのではないでしょうか。

これらはカメラはスマートフォンというツールと組み合わさることにより、その技術的な飛躍を遂げ、さらなるツールを生み出していった一例であると言えるかと思います。もちろんそれを支えているのは、そのデジタルカメラを支えるセンサの性能や CPU の性能、帯域幅の増加など、様々な技術的な発展の組み合わせです。

ツールはテクノロジの発展に合わせて今後も爆発的に増える

なぜ技術はこうして加速度的に進歩するのでしょうか。それは Peter Diamandis によれば「テクノロジが新たなテクノロジを生む」からだと言われています。

・(生物学的、テクノロジー的な)進化は次の世代のより良いプロダクトに繋がる。そのプロダクトはより効果的で有効な方法であり、次のステージの進歩を作るために使われる。それはポジティブフィードバックループであると言える。

・言い換えれば、我々はより速いツールを設計したり作ったりするために、より速いツールを使っている。

http://www.diamandis.com/index.php?p=blog/why-tech-is-accelerating

これは Matt Ridley が指摘する、専門化によって人はその技術をさらに進めようとツールを洗練させて時間の節約を図る、という指摘と符合するように思います。専門化によって作られたツールがさらに新しいツールを作る現場を我々は今まさにソフトウェア開発の領域で体験しているからです。

たとえば、Ruby on Rails は Web アプリケーションの作成を劇的に楽にしてくれました。それだけではなく、そこに様々な gem が開発、追加され、その RoR のエコシステムはわずか数年で爆発的に進歩した結果、Web アプリケーション開発のスピードは劇的に上がりました(その結果、多くのWeb スタートアップが生まれました)。またここ 1 年は TensorFlowTheano を始めとした機械学習に関するツールが続々と出てきており、機械学習の民主化とも言えるような動きが見られます。オープンソースの動きなどを一緒に考えると、Chris Dixon が指摘する「Software eats software development」がまさに機械学習でも起きていると言えるかもしれません。

また Product Hunt を見れば分かるように、毎日のように新しいツールが開発されています。そしてそれは今やソフトウェア以外にも広がりつつあり、人を使ったりサービスも雨後の筍のように出てきている最近です。

たとえば Postematesオンデマンドで配達してくれる人を手配するサービスです。彼らは API を公開しているのでそのサービスをアプリに組み込むことが出来ます。つまり、人のプログラミングが(ある程度)できるということです。そして Postemates の利用は指数関数的に増加しています。

さらにロボットを使ったオートメーション化が進んでおり、Transcriptic は多くの実験をロボットが代わりにやってくれる環境を整えています。このサービスを使えばラボを持つことなく、以下のような JSON ベースの autoprotocol を送るだけで一部の実験が可能になっています。そしてそのために、Python のライブラリなども公開されています。

{
"refs": { ... },
"instructions": [
{ "op": "pipette",
"groups": [
{ "distribute": {
"from": "water/0",
"to": [
{ "well": "test/A1",
"volume": "40:microliter" },
...
}

なので、ソフトウェアを使ってラボをコード化できるようになってきているとも言えます。このようにコンピュータの発展はロボットの発展を生み、そしてそれがバイオの領域まで進出しつつあります。

こうしたソフトウェアを中心としたツールは今後も爆発的に増えてくるのではないかと思います。

ツールの組み合わせ爆発で、大企業での計画的なイノベーションは難しくなっていく

「19世紀の最大の発明は、発明法の発明であった」というのは数学者であり哲学者の Alfred Whitehead の言葉です。経営学を作ったと言われる Peter Drucker も同様のことを『イノベーションと企業家精神』の中で書いています。かつてはただ一人の天才の神秘的なひらめきだった発明という概念が、19 世紀には計画や予測ができる発明が可能だ、という共通理解として行き渡りました。実際に今日も多くの企業では研究開発の部門が、”計画的かつ体系的に” 発明を繰り返しています。

しかしテクノロジやツールがこのように増加していけば、その組み合わせの数は爆発します。また今後は様々な職業の専門化がさらに進むと予想され、Ridley の論に従えば専門化が進むことによってさらにツールがさらに増えることは十分に予測できます。そのツールはさらなるツールやテクノロジの発展を生んでいくことになり、隣接可能領域を広げていきます。

漸進的な進歩であればまだまだ計画性の中で何とかできるかもしれません。しかし組み合わせとなると、数が増えるにつれてその難易度は飛躍的に上がります。

大企業はそうした加速度的に増える組み合わせや、組み合わせをベースにした発明に対応しようと様々な試みを行っているように見えます。たとえば、知の深化と知の探索の両利き (ambidexterity) の経営をするために、20% ルールなどを採用し社員による自由な探索を許したり、Google X などの Moonshot など先進的な取り組みを行ったりしています。

日本でもオープンイノベーションや社内ベンチャープログラムなどに取り組みはじめていますが、多くの企業はそこまで本気で資源をつぎ込んで取り組んでいるとは思えません。それは、株主を始めとした周りから漸進的な成長が求められる中で、計画できないことに資源を寄せるのは上場企業にはとても不向きだから、という合理的な理由があるのでしょうし、いわゆるコンピテンシートラップと呼ばれる現象の現れかもしれません。

逆に言えば既製の枠に囚われる必要のないスタートアップは、そうした「組み合わせ」を実験する領域が狙いやすい領域だといえるのではないでしょうか。

反領域における組み合わせ型スタートアップのチャンス

ではそうした領域にとらわれないスタートアップ、あるいは狂ったスタートアップのアイデアを実践していくためにはどのようにすれば良いのでしょうか。恐らくそれに正確な答えはなく、ツールをテーブルの上に広げて、心理的安全の確保された環境で実験や模索を繰り返して失敗を積み重ねていくしかないのだと思います。しかしそれではあまりにも無方針すぎるので、個人的には以下の 2 つの方針を提案したいと思っています。

  1. チープなツールの組み合わせに注目する
  2. 反領域に逸脱する

1.チープなツールの組み合わせ

まずその組織の成り立ち的に、スタートアップとは小資本で取り組めるものが中心となります。なので注目すべきは、安価な(チープな)ツール、もしくは今後急激にチープになっていくことが予想されるツールになるのはほぼ必然です。

チープなツールはスタートアップが入手できるだけではなく、以下の様なメリットが得られます。

1.失敗できる

チープであればあるほど、より安価に失敗できるようになります。つまり挑戦の数を増やせるということです。

それは心理的な面でも大きく、チープなツールであれば無茶な使い方ができるようになるということでもあります。壊れれば買い直せば良い、という安心感が挑戦につながります。特に普段想定されていない用途で使うときなどは、チープであり買い直せることのメリットは大きくなります。

たとえば Kinect が出てきたときには数万円で深度センサが使えるということで、ロボットに載せたり、海上で使ったりと過酷な環境で無茶な使い方をする人が続出しました。数百万円する深度センサでも元から可能ではありましたが、チープになることで心理的に以前ではできなかった実験が可能になりました。

グーテンベルクがぶどう圧搾機の応用可能性に気付けたのは、ワイン醸造をしているところがそこらかしこにあり、その中で圧搾機が使われているのを見たからと言われています。そうした広がりを見せたのは、圧搾機がチープになったことが一つの要因であるとも言えそうです。さらにそれは改造のために壊しても、代わりのものがすぐに手に入るという環境であったとも言えるのではないかと思います。

2.利益が出やすい構造にできる

いかなるビジネスにおいても利益率の確保が重要ですが、スタートアップ、特にハードテックのスタートアップの場合、そのテクノロジの応用先の模索や、その応用先の要求仕様に伴う追加の研究開発も含めて自社内で行う必要が出てくるケースも多々あるため、最初から大幅な利益の出る構造を取っていいたほうが安全です。

チープなツールの組み合わせで高い商品価値を生むことが可能であれば、より多くの費用を研究活動に当てることもでき、自社の競争優位性を高めることができます。

ここ数年で最もチープになったのは計算資源ではないでしょうか。なのでコンピュータの能力やソフトウェアを何処か別の場所に応用する、というのが多くの場合、利益確保においても価値提供においても基本となると思います。その結果、AI やロボットなどが現在注目されているのは当然の流れなのかもしれません。

ただもちろん、チープで利益の出る構造のビジネス領域は競合他社がひしめく傾向にあります。そのため、コアな技術は真似をされないようなものにしておいて、周囲を極力チープなもので組み合わせる、などの考えが必要かもしれません。

3.多くの人に提供できる

チープに提供できるのであれば、次第に売値を安くしていくことも可能になります。

スタートアップは急成長する組織であると言われます。そのために必要な条件として Paul Graham が挙げた (翻訳) のは、

(a) 多くの人が欲しがるものを作る
(b) 欲しがっているすべての人にリーチして提供できる

という 2 点です。そしてソフトウェアは (b) が非常に得意ですが、他のビジネスの場合は全ての人に提供できる程度にコストは抑えなければなりません。

Tesla Motors は売値を次第に安くしていくことがうまいスタートアップのように思えます。最初は一部の人しか手に入らない、超高級なモデルを出すことで利益率を確保しながら、徐々にそのプライスラインを下げ、2016 年に発表された Tesla Model 3 では約 350 万円という一般の人でも手に入るラインに徐々に入りつつあります。これは彼らのコアであるバッテリー技術を急速にチープにできたことにより可能になったモデルです。

2.反領域に逸脱する

しかし単にチープなツールで新しい組み合わせによるイノベーションを発見できたとしても、大企業が資本を活かして同じことをスタートアップにはひとたまりもありません。だからこそ、どの領域でツールの組み合わせを使ったビジネスを行うかは慎重に選ぶ必要があります。

そしてそこで一つ補助線になるのが MIT Media Lab の理念の一つである「反領域 (Anti-disciplinary)」です。所長の Joi Ito はこの概念を「インター・ディシプリナリーな研究とは、さまざまな分野の人々が共同で研究を行うことを指します。しかし、アンチ・ディシプリナリーはそれとは大きく異なるものです。その目的は、既存のどの学問領域にも単純には当てはまらない場所で研究を行うこと――独自の言語や枠組み、手法を持つ独自の研究分野です」と説明しています (原文の翻訳はこちら)。そうした領域は「今はまだ名状されがたい」といえるかもしれません。

グーテンベルクがまさにそうでしたが、他の領域で発達してきたツールを別の領域に無理やり応用する、あるいはこれまでなかった分野を作り上げるのは脱領域的な試みであり、反領域的なことだったといえるかもしれません。

反領域的な分野は市場規模は測定できず、計画性を重視する大企業は参入しづらいものです。実際にグーテンベルクの発明した活版印刷機は多少早い程度だったと言われており、恐らく当初の他の会社や組合は、それをおもちゃのようなものだと言っていたのではないかと思います。

新しい価値を作って、それを独占しろ」「小さな市場から始めろ」という Peter Thiel の言葉に沿うのであれば、既にある領域で何か新しい価値を生むのではなく、スタートアップは積極的に反領域的ともいえる組み合わせによる、新しい価値提供によるイノベーションを狙っていくべきなのかもしれません。

そのために以下の 3 つの方策を提案します。

  1. 他領域の人との小さなコミュニティでの交流
  2. 大学の活用
  3. 難しめのコンテストに出る

1.他領域の人との小さなコミュニティでの交流

また多様な人達と会える環境に物理的に身を置く、というのが、迂遠ではありますが今のところ最も効果的な方法ではないかと思います。様々な研究 (Perry-Smith, 2006 など) で、弱いつながりを持つほうが創造性を高められることが確認されており、現在は世界各地でそうしたつながりを作ることを支援するような環境が作られつつあります。

実際、MIT は RISD と共同授業などを行っている他、Stanford の d.school はビジネスとメカニカルエンジニアリングを融合して作られました。国をあげて取り組んでいるフィンランドの Aalt University は工科大、経済大、美術大の 3 分野の大学が統合されて 2010 年に創立され、そうした多様な人が入り交じる環境を強制的に作ろうとしています。

特にそうした大学ではプロジェクトベースで、数人で密なコミュニケーションを取る授業が盛んだと聞きます。大人数がいたところで密なコミュニケーションができるわけではなく、情報交換も表層的になりがちなので、少人数で固まって、深い話題ができる環境を作るのが大事なのかもしれません。

小さなコミュニティの力は過去の様々な発明や発展を見ていても感じるところです。たとえばパーソナルコンピュータ初期の Homebrew Computer Club、フロイトにとってのベルクガッセ19番地の心理学水曜会(アドラーなどが参加)、そして現在においてはオープンソースコミュニティなど、まさに小さなコミュニティが創造性を高める機能を持っているのではないかと思います。

また人類学者の Margaret Mead は小さなコミュニティの力について以下のように述べています。

思慮深くて献身的な、少数の市民からなるグループが世界を変えられることを、私は確信している。実際のところ、それを実現してきたのはそうしたグループだけだ。

そうした小さなコミュニティがいずれスタートアップとなって世界を変えていくのかもしれません。Homebrew Computer Club に関わっていた Bill Gates や Steve Jobs のように、です。

もちろん小さなコミュニティを作るためには、最初大きめのコミュニティが必要で、その中で偶然の出会いが発生して小さなコミュニティになっていくものと思われます。そうした偶然を引き起こすためには、物理的な空間が重要になってきます。そこで活用したいのが大学です。

2.大学の活用

大学には研究者を夜学生をはじめとした多様な人材が集まり、更に卒業と入学が強制的に起こるため、新陳代謝も起こります。そして卒業生も含めればその人材の多さには事欠きません。

それだけではなく、様々なツールが使えるというのも大学のメリットです。前述の Steven Johnson はその著書の中で以下のように述べています。

グッドアイデアを生むのはどんな環境だろう。いちばん単純な答え方をすれば、イノベーション度の高い環境のほうが、そこに住み着くものが隣接可能性を探りやすいということになる。そのほうが広い範囲の多様なありあわせの部品――機械的なものでも頭の中のものでも――があらわになって、その部品の組み合わせを変える新たな方法を促すからだ。そうした新しい組み合わせを邪魔したり限定したりする――実験的な試みを罰したり、可能性の枝分かれの一部を隠したり、満足して誰もわざわざ限界を探ろうとしないようにする――環境では、イノベーションが生まれたり流通したりする数は、平均的に言って、探究を促す環境である場合よりも少ないものだ。

グッドアイデアを得るこつは、孤高の高みにおさまって、大きなことを考えようとすることではない。こつはテーブルに並べる部品を増やすところにあるのだ。(※太字は記事投稿者によるもの)

つまりツールや部品が多い場所に身をおくことが一つ重要ではないかということです。

大学周りはには最新鋭の機器から古い道具まで様々なものがあり、更にそれを使える多様な領域の人がいて交流することができます。一方、多くの企業ではどうしても専門領域のツールに慣れ親しむことになりますし、研究所は地理的に遠方に飛ばされることも多く、様々な交流を生む機会が限られてしまいます。

そして大学には「まだ評価されていない」ツールも多数あります。

レーザーを発明したベル研究所は、その発明をあまりにも低く評価していたため、特許を取らなかったと言われています。また同じくベル研究所において発明されたトランジスタは、その発表はラジオのニュース欄に追いやられ、わずか 4 パラグラフの記事でしか取り上げられませんでした。

そうした「今はまだ評価されていない」ツールに目を向けてみることも有効かもしれません。実際、「新しい技術は、個別具体的な問題を解決する手段として、かなり原始的な状態で誕生することが多い」(How Google Works)と言われます。実はまだそのポテンシャルが発見されていないツール、あるいは当時は日の目を見なかったツールが今の時代になった。特に研究をベースにして生まれた技術は、その本来目的とされた領域以外にその応用先が見つかるかもしれません。

多くのイノベーションやスタートアップが大学周辺から生まれていることも、大学という場所が有効である一つの証左ではないかと思います。

また大学は様々な国の人が来る場所です。自国では当然で安いようなものでも、新興国に持っていけばとても素晴らしい価値を生むこともままあるため、そうした視点を得る場として大学は使えるのではないかと思います。実際に、トップのビジネススクールは、そうした多様性を意識したアドミッションポリシーを掲げいるところも多いです。

3.難しめのコンテストに出る

様々なツールを手に入れたところで、その組み合わせは膨大であり、すべてを試すことは出来ません。例えば私が知る限り、スタートアップ向けのサービスだけでも 5,000 を超えています(これはいずれリストなり何なりの形で提供する予定です)。たとえばバイオのツールデザインリソーススタートアップ向けのツール一覧については以前記事で紹介しました。

さらに API を合わせればもっと多くのツールが毎日のように新しく開発され、開放されており、今我々が使えるツールは爆発的に増えつつあります。それを見越したのか、老舗の VC である Accel Partners は APX Economy という標語を立てて、ビジネスの API 化を推進しようとしています。実際、バックグラウンドチェックの Checkr や前述の Postmates などのサービスと API を使えば C2C のサービスを立ち上げやすい環境に海外ではなりつつあります。

だからこそ何かの軸が必要です。

既にやりたいことという軸がある人にとっては、こうしたツールを組み合わせて、エジソンのように何度も試していけば良いのかもしれません。しかし情熱というものはなかなかすぐには生まれないものです。

だからもし、これといってやりたいことが明確ではない場合は、そこそこ大きなコンテストを狙うことをオススメしています。何かに取り組んでいる途中で情熱が生まれてくると Tina Seelig は指摘しています。特に狙うべきなのは、企業主催のコンテストではなく、政府やテクノフィランソロピストらが主催する社会課題やハードなテクノロジに取り組むようなコンテストです。たとえば X Prize などが有名でしょう。

そうしたコンテストに取り組むメリットは以下のようなものがあります。

  • 応用領域が絞られる
  • 社会の課題が多い
  • 時間的な制限がつく
  • お金の制限がつく

よく言われることですが、制限は新しいアイデアを生むための触媒となります。またコンテストは賞金が出るケースも多々あるため、それを元手にしたスタートアップも可能です。

実際に、DARPA のコンテストで優勝した SCHAFT は Google によって買収されました。CubeSat プロジェクトで世界初の超小型衛星の打ち上げに成功したメンバーたちはその後アクセルスペースという宇宙スタートアップを始めています。

注意:「顧客が欲しがるか」は別問題だが、技術によって解決できる課題は増える

もちろんそうして作った新しいイノベーションが、顧客に欲しがられるかどうかは分かりません。多くの人が勘違いしがちだと Tina Seelig が指摘するところですが、新しいイノベーションや発明とそれが顧客に広く受け入れられるかどうかは別問題と考えたほうが良いと思います。

作ったものが一部の人にとってとてつもなく欲しいものであり、口コミで広がるようなものであれば良い兆候と言えるかもしれません。それでもチープなプロジェクトなのですから、受け入れられなければ次のものを探せばいいでしょうし、あるいは起業家精神を発揮して粘ったり、広めたりする活動をすれば良いのではないかと思います。

しかし、技術の発展や発展した技術の組み合わせによって顧客の課題が解決できる可能性は高まります。Paul Graham の指摘するように、最新の技術を使うことで重要な問題に最初に気付けるかもしれません。それにもしかすると、「解決可能」なツールが見つかることによって顧客が課題だとは思っていなかった課題が見つかるかもしれません。たとえば Web の登場によってコミュニケーション欲求を満たした Facebook のようにです。

最後に

技術中心が生き残る方策

技術に関わらない企業はほとんどありません。顧客体験を重視しているあの Disney ですら多くの技術を研究していることは有名です。だからこそ、すべての企業は技術の重要性に改めて目を向ける必要があるのだと感じています。

Google では 2009 年、プロダクトラインの再検討を実施したところ、「優れたプロダクトはいずれも事業上の戦術ではなく、技術的要因によって成功を収めていたのに対し、それほどの結果を挙げていないプロダクトはどれも技術的な個性を欠いていた」(How Google Works)というパターンを見つけたとのことです。最初はユーザーを獲得できても、失速してしまったプロダクトにはテクノロジのコアがないというのが彼らの発見です。逆に言えばテクノロジを中心としない会社は潰れると言えるのかもしれません。これは Paul Graham の「Yahoo は自社をメディア企業と規定したために失速した」という指摘に通じるところを感じます。

今後も技術は指数関数的に進歩していくと思います。技術に関わる人は、その進歩に必至に振り落とされまいとしながら日々頑張り、一方スタートアップは逆にそうした技術の進歩をうまく使って既存のビジネスに新しいやり方で入り込もうとしています。

もちろんその技術競争は中にいる人たちにとっては厳しいもののように映るかもしれません。ただ世界は未だ様々な問題を抱えており、もし技術のイノベーションに資本を投資するのであれば、技術の進歩によってそうした問題を急速に解決できる可能性があるということでもあると思います。

100 年前はほとんどの人が今でいう「絶対的貧困」に位置しており、時間の貧困に喘いでいたと言われます。一日の時間のほとんどを自分が生きていくための食料の生産に費やし、稼ぎの多くを生きるために使っていました。わずか 35 年の間に絶対的貧困の人類のパーセンテージは劇的に下がりました。また、1900 年の平均的なアメリカ人は、100 ドルのお金があればそのうち 76 ドルを衣食住にあてており、現在はわずか 37 ドル程度だと言います。

そうした進歩があったのも、イノベーションがあったからこそです。そして Y Combinator の President である Sam Altman が指摘するように、イノベーションを起こすにはスタートアップという手段が最も良い場合が多いと信じています。今後、技術やツールの選択肢が増えるにつれて、スタートアップの重要性はさらに増していくのではないでしょうか。

最後に GDP のカーブを引用して終わりたいと思います。

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

Get the Medium app