スタートアップはゼロサムゲームじゃない

スタートアップコミュニティで情報共有をする理由と Peter Thiel のバリューシステム、競争論

先日「シリコンバレーはただの場所ではなく、マインド(とコミュニティ)である」という記事で、コミュニティを通したスタートアップ間での情報共有について書きました。

しかし「他社と情報共有をすると自分たちのスタートアップが競合に比べて不利にならないか」という懸念も出てくると思います。(特にソフトウェアエンジニア畑以外の人たちから)

その懸念へのありうる反論としては、「現代の二都物語」で指摘されているように、ボストンでは各企業が情報を秘匿したことでボストン全体が凋落し、シリコンバレーは情報流通が盛んだったため隆盛したという歴史的経緯を鑑みて、だから情報はオープンにしたほうがエコシステム全体として良くなる、というのが回答の一つになるかもしれません。

それに加えてスタートアップならではの情報共有を推進する理由があるとすれば、Paul Graham がしばしば “パイの誤り (Pie Fallacy)” という言葉を用いて指摘するように「スタートアップはゼロサムゲームではない」という言説が説得的ではないかと思います。

スタートアップがゼロサムゲームではない理由

多くのビジネスはゼロサムゲームであることが指摘されており、既存の企業の多くは同じパイの中で自分の取り分を増やすことに情熱を傾けざるをえない部分があります。そのビジネス感覚でいれば、確かにスタートアップでのビジネスもゼロサムゲームに感じるかもしれません。

しかしスタートアップのビジネス構造を見てみれば、ゼロサムゲームではない部分があるのではないかと思います。具体的には、Peter Thiel の指摘するビジネス構造に従って考えてみると、その理由が分かりやすくなるのではないでしょうか。

Peter Thiel はスタートアップのビジネス構造(バリューシステム)についてこう語っています。

もしあなたが価値ある会社を作りたいのなら、そこには二つの真実がある。ひとつ目に、X ドルの価値を世界に生み出すこと。ふたつ目に、X の Y パーセントを獲得すること。そしてこの種の分析で人々が常に見落としている決定的なことは、X と Y は完全に独立した変数だということだ。(How to Start a Startup — Lecture 5)

Peter Thiel は X と Y が独立変数であるから、X が異常に大きくて Y は小さい割合になることもあれば、X が中ぐらいで Y が異様に大きくなることもあり、その両方の場合で大きなビジネスが生まれる、と指摘します。

そして彼はふたつ目の「Y %を獲得する」という部分においては「独占しろ」と言います(そしてこちらの言説が注目されがちです)。その部分は確かに競争が行われるゼロサムゲームになるのかもしれません。しかしひとつ目の「X ドルの価値を生み出す」部分はそうではなく、むしろどうやってパイを増やすかというところが焦点になります。そして多くの X が生み出されなければ独占したところで小さなビジネスに留まります。

他の業界に比べて、スタートアップはこちらの X —新しい価値を生み出すこと — の比重が大きいのではないかと思いますし、そのような指摘は Paul Graham もしています。そうした点を鑑みると、スタートアップという世界では競合とはいえどお互いに X の量を増やしていくことは特に重要な視点ではないかと考えています。そのために情報共有というもんは重要です。

もちろん「ノンゼロサムゲームは綺麗事」「ビジネスの世界はそんなに甘いものじゃない(=ゼロサムゲームだ)」としたり顔で言うこともできるとは思います。また今後バイオやハードウェアが絡むようになってくると特許戦略がより重要になってくることも事実です。

しかしそもそもの経済のパイを大きくすることを第一に考えないと、たとえば日本国内でも世代間闘争で老人と若者が憎しみ合うなどの結果になってしまいます。そしてパイを大きくするために必要な、新しい価値の創造をしていくという部分においては、スタートアップが一つの有望な選択肢ではないかと思っていますし、きっと多くの人がそう感じてスタートアップ業界に入ってきているはずです。実際、Paul Graham はスタートアップについてこう語っています。

もしあなたがスタートアップを始めようとするのなら、あなたが気づいていようといまいと、あなたはパイの誤り (Pie Fallacy) を反証しようとしているのだ(How to Make Wealth

スタートアップは Pie Fallacy を反証し、パイを大きくしていくという点において仲間です。だからこそスタートアップはお互いに情報共有しながら新しい価値を生み出す部分を意識するほうが、個々のスタートアップにとっても、スタートアップエコシステム全体にとっても、あるいは世界全体にとっても、良いことに繋がるのではないかと考えています。だからこそコミュニティでの情報共有は、他の業界よりも重要になってくるのではないかと思います。

参考:ゼロサムゲームに関する Paul Graham らの言説

スタートアップ・ハブを見ている多くの人が気づいた最大の特徴は、人々が見返りなしでお互いによく助け合うことだ。どうしてそうするのかは分からない。ベンチャーの起業は多くの業界よりもゼロサム・ゲーム的ではないからかもしれない-ベンチャーがライバルに潰されることはめったにない。あるいは、多くのベンチャー起業家は科学を学んだことがあるが、科学では協力が奨励されるからかもしれない。(ポール・グレアム「スタートアップ・ハブが成功している理由」)

これまでの歴史上、成功とは希少資源を手にすることを意味していました。牧畜の場を求めた遊牧民が狩猟採集民を辺境の地に追い立てた事例や、鉄道権益を牛耳るべく資本家が競い合った南北戦争後の大好況時代が示唆するように、資源とは争いによって奪い合うものでした。現代に至るまで、成功とはゼロサムゲームでの勝利を意味していました。そしてほとんどの場面において、意地悪さは不利な条件ではなく、むしろ有利な武器でした。

現代の状況は変化しつつあります。だんだんと、ゼロサムゲームでは物事を測れなくなってきていますし、希少資源を得るために争うのではなく新たなアイデアや価値を生み出すことで勝利を得る世の中になってきているのです。(ポール・グレアムによる「意地の悪い人は失敗する」)

スタートアップを始めるのが簡単になれば、それはあなたにとってだけでなく、競合にとっても簡単になる。しかしそれで安価になることの利点が消えるわけではない。ゼロサムゲームをしているのではないのだ。作られるスタートアップの数と無関係に成功しうるスタートアップの数に上限があるわけではない。

実際のところ、成功しうるスタートアップの数にどんな上限があるとも思わない。スタートアップは富を作り出すことにより成功するのであり、富は人の欲求を満たすことで得られる。そして人の欲求には事実上際限がないように思える。少なくとも短期的には。(Web スタートアップの未来)

われわれはよくビジネスをスポーツのような誰かが勝てば誰か負けるゼロサム・ゲームだと考える。しかしスタートアップというのはボクシングの試合みたいなものではない。むしろむしろ音楽のようなものだ。戦いというより芸術に近い。もちろん競争相手は存在する。しかし競争相手との関係にしても単なるゼロサムではない。ゼロサムだと考えていては失敗する。競争相手が優秀だからといって自分たちが失敗するわけではない。きみたちが非常に優秀なら、他の皆がきみたちをさらに盛り上げてくれる。野球の試合をするというより、オーケストラで演奏するというように考えた方がいい。(ケビン・ローズがEvernoteのファウンダー、CEO、フィル・リビンにインタビュー―スタートアップはゼロサム・ゲームではない)

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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