スタートアップの時代の終わり(そしてプロジェクトの時代)

Taka Umada
15 min readMar 23, 2016

2016 年 2 月は「スタートアップの時代の終わり」という話題がよく取り上げられた月でした。以下にその論考の一部をまとめてみます。

  • 大企業がスタートアップの手法やツールを身に着け始めており、disrupt されにくくなってきている(The Information: The End of Tech Startups
  • スタートアップを始めるのは安く簡単になったが、スケールするための競争は激しくなっていおり、インターネット業界が成熟するに連れてスタートアップの入り込む余地が少なくなってきている(自動車業界のように)(Ev Williams
  • ビジネスのスピードが上がっていて、スタートアップ自体が破壊 (disrupt) されるスピードも早くなっている(Marc Andreessen
  • スマートフォンが全く新しい巨大なマーケットを多く作ったが、ほとんどのマーケットは既に独占され、良き時代は終わった(TechCrunch
  • App Store や広告は Google や Facebook といった一部の巨人に寡占されつつある(TechCrunch

The startup gold rush of the last ten years is over.

「過去 10 年続いたスタートアップのゴールドラッシュは終わった」

これらの言説のほとんどは、特に Web やモバイルといった領域のスタートアップにとってはある程度正しいものであると思います。そのうち幾つかのトピックについては自分自身の整理のためにも記事としてまとめてきました。

仮に上記のような言説の通り、イノベーションの担い手としてのスタートアップの役目が終わったとしたら、今後のスタートアップはどうなっていくのでしょうか。そして人は大企業などでイノベーションを起こすのではなく、なぜスタートアップを立ち上げてまで何かをするのでしょうか。

今あらためて、どうやってスタートアップという形態でイノベーションを担っていくのかということを考えるべき時が来ているのかもしれません。それに対する個人的な答えとしては、大企業には起こせないイノベーションを起こせるから、でしょうか。今回はその理由についてまとめてみたいと思います。

改めてスタートアップのメリットを考える

改めてスタートアップだけができて、他の企業ではできないことを考えてみると、以下の 3 つになるのではないかと思います。

  1. リスクの許容範囲が大きい
  2. 狂ったアイデアが実践できる
  3. スピード

1.リスクの許容範囲

大企業や従来の企業は、これまで培ってきたブランドの価値などを守るために、文化的にまだ多くの人が受け入れられないであろうサービスなどはなかなか開始できません。一方スタートアップは文化的にまだ広く受容されないことをできます。

たとえば Airbnb のようなことを旅行会社が 2007 年にはできなかったでしょう。それを行うには市場からの反発が想像でき、大きな文化的なリスクがありました。しかし当時小さなマーケットでも、それをとても欲しがる人たちがいて、その文化が広がっていくことで Airbnb は急成長を遂げました。そうしたリスクを取れるのがスタートアップです。

またマーケットの成長性のリスクについても大企業よりスタートアップが得意とする分野です。大企業で優秀な人は、既存事業の大きな事業に回されるのが常です。なぜなら伸びるかどうかわからないマーケットで新規事業を成功させるよりも、既存事業を 1% でも成長させたほうが会社への貢献は大きいからです。一方スタートアップは、自分たちが生き延びるのに十分な市場があれば参入できます。

こうした、またまだ伸びるかどうか分からない領域に飛び込むことがスタートアップの本来やるべきことであり、逆に言えば大企業がやれるようなことをしようとすると、それはスタートアップをする領域とはいえないのかもしれません。

2.狂ったアイデアが実践できる

スタートアップは前述のようなさまざまなリスクを抱えたアイデアを実践できます。既存の企業は多くの場合はリスクを嫌いますし、仮に一人の上司が良いといったとしても、様々な承認プロセスがあることで高いリスクを持つものは排除されることになります。

またスタートアップが狙うべき、狂ったアイデア今はまだ言語化しにくいアイデアであれば、なおさら既存企業で承認は通りません。

一方で、スタートアップは不可能だと言われていることにも挑戦できます。おもちゃのようなものと言われようと、それを実践するのに最短の意思決定で行えるのがスタートアップです。

3.スピード

イノベーションのジレンマの処方箋を実行するなど、大企業もその対策を行って事業のスピードを上げ始めています。それでもなお、スタートアップが勝てる部分はスピード、特に失敗のスピードではないでしょうか。

事業のスピードそのものは大企業に敵わなくなっても、大企業ではいずれにせよ失敗はしにくい状況です。たとえば撤退するときにも、人事評価上担当者は相当の覚悟をもって撤退する必要がありますし、また株式公開している企業は株主の目から嫌がります。

スタートアップはそれらに比べて相対的に失敗がしやすい環境にあります。失敗したとしても影響を受けるのは少人数であり、小規模な金額です。

そして失敗ができるということは、挑戦ができるということです。ビジョンを変えずに様々な挑戦をすることができる、というのがスタートアップのメリットではないかと思います。

より果敢な挑戦を行うための、プロジェクトの時代

狂ったアイデアのスタートアップは、会社ではなくプロジェクトから始める

以上で書いてきたように、そうした領域でもスタートアップでしかできないイノベーションは残されているというのが個人的な結論です。だから仮に上述の「スタートアップの時代が終わった」という言説が本当でも、ただしそれはこれまでの延長線上の「Web やモバイル中心のスタートアップの時代が終わった」というだけだと思います。実際に The Information の記事はそうした論調です。

ただその一方で、スタートアップはこれまで以上に狂ったアイデアか、もしくはこれまで以上に困難なハードテックなどの別の領域に行くことを求められることになるのではないかと思います。

そしてそうした狂ったアイデアやハードテックの領域のスタートアップを行うためには、スタートアップを”会社として”始める前にプロジェクトを始めることだと思っています。ではなぜ会社ではなくプロジェクトなのでしょうか。それは会社化にデメリットがあるからです。

会社化してしまうデメリットは、

  • 真面目にビジネスをしようとし、結果を出そうと急ぎすぎてしまう結果、狂ったアイデアを実践できなくなる
  • ミートアップへの参加や法律相談などをしてしまい、プロダクト開発に集中できなくなる
  • 会社の体を保とうとして人を雇ったりしてバーンレートが高くなる
  • 簡単に潰せなくなる(投資を受けるとなおさらで、会社の体を残すためにプロダクトではなく受託だけで食いつなごうとしてしまう)

などがあります。

逆に極力プロジェクトであり続けるメリットは

  • 必要以上に真面目にならない(狂ったアイデアを続けられる)
  • ある程度好きなことを実践できる
  • バーンレートを低く抑えることができる
  • 短期で失敗して方向転換することができる
  • プロダクトが成功してから会社化すればいい

などがあります。Y Combinator の President である Sam Altman も同様のことを言っているので是非一読してみてください。

The best companies start out with ideas that don’t sound very good. They start out as projects, and in fact sometimes they sound so inconsequential the founders wouldn’t let themselves work on them if they had to defend them as a company.

プロジェクト支援の動きが活発に

US の多くの企業や学校ではこうした小規模なプロジェクトを進めるような動きがあります。たとえば Adobe の Kickbox や Google の 20% ルールなどで各個人のプロジェクトを進めていたりしますし、ハーバードには、学生に約 50 万円を渡して起業させるような Field と呼ばれている授業や、NYU には 50 チームを採択し約 50 万円を渡してプロジェクトを進めさせ、その中で一部のチームだけ次のファンディング(約 200 万円)を行うような仕掛けが始まりつつあります。

そして幸い、そうしたプロジェクトに対してテーマ別の助成金やコンテストを提供する環境も整いつつあります。大きなところだと DARPA や X-Prize での大きな挑戦、そして国が用意したコンテストだけではなく、学校別のコンテストや助成金なども増えてきています。たとえば MIT だけでも「クリーンエネルギー」「グローバルチャレンジ」など、テーマ別のプライズがあるほどです。

またエンジェル投資家も大きな社会的インパクトのあるアイデアに対して投資をしはじめていますし、Kickstarter などを使った新たな資金獲得方法も軌道に乗りつつあります。

このようにプロジェクトへの資金調達環境が良くなるのと平行して、多くのプロジェクトは少額でも実施できるようになってきています。

Web サービスであれば PC 一台とクラウド環境があれば最小限の出費でプロジェクトを開始できます。TechShop を使えばハードウェアのスタートアップは遥かに安く上がり、BioCurious などを使えばバイオのスタートアップも以前に比べて安く始めることができます。

プロダクトを作るという一点においては、今や会社としての形態が必要ないぐらい、チープにプロダクトを作る環境が整いつつあり、形態としてはプロジェクトでも十分に進めることができる状況です。

プロジェクトから成功するスタートアップを生むために

プロジェクトであれば会社であるよりももっとリスクを取れます。だからこそ「スタートアップを始める」ことを勧めるよりも「プロジェクトを始める」ことを勧めたほうが、創業者や投資家にとってもっと良い選択肢になるのではないかと思います。

特に以下の二点について環境を整えれば、さらに良いプロジェクトを増やしていけるのではないかと考えています。

  1. 素早く失敗できる環境を作り、一人あたりの挑戦回数を増やす
  2. まともな方法では勝てないからこそ、よりまともではないプロジェクトを行う

1.素早く失敗できる環境を作り、一人あたりの挑戦回数を増やす

上の例は主に米国のものであり、一部の出資は助成金という形やコンテストの賞金という形で、投資家側のリターンを求めないものも多々あります。ただ、そうしたコンテストや助成金から様々なスタートアップが輩出されつつあるのも事実です。

日本でもそうした狂ったアイデアを実行に移せるだけの、リターンを求めない少額出資がもっとあれば、プロジェクトが増え、そしてより良いスタートアップが増えていくのではないでしょうか。そして良いスタートアップが増えれば、長期的に投資家などにもリターンが回ってくるはずです。

それに起業家を増やすことは並大抵の努力ではできないと思いますが、一人の起業家に何度も挑戦する環境を提供することはできるのではないでしょうか。そもそもスタートアップのほとんどは失敗するものです。であれば創業者個々人のビジョンだけは変えず、失敗を繰り返して方法を変えながらビジョンを実現することができる、一度失敗してもサポートを続けるような環境を整えることが、良いスタートアップと投資のリターンを生むことに繋がるのではないかと思います。

実際に、多くの有名な起業家は失敗の歴史を持っています。そこから何度か這い上がって成功できたのは、失敗してももう一度挑戦できるからです。そしてそうした挑戦の絶対数こそが、US のスタートアップの成功を支えていると言っても良いのではないかと思います。

また自分の周りでの挑戦と失敗の絶対数が多くなるにつれて、一人の一度の失敗が目立たなくなり、さらに多くの人が失敗できるようになるという循環があることも見逃せません。

http://fundersandfounders.com/author/anna-vital/

2.まともな方法では勝てないからこそ、よりまともではない”プロジェクト”を行う

Sam Altman や Ev Williams が言っている通り、恐らく次のスタートアップの注目分野はハードテックやディープテックと呼ばれている領域です。

これらの領域はスタートアップが解決するには大きすぎるかもしれませんが、しかし解決できた時のリターンも大きいと予想されるため、投資領域としての注目を浴びています。

US の大学や私企業の様々なスタートアップ支援施設や教育プログラムを見てくる機会がありましたが、彼らもハードテック領域への投資を強めつつあり、そして日本よりも数倍の規模の支援活動や施設を整えています。そしてそれに取り組む才能の数も日本より数倍はいるでしょう。

彼らとまともに戦えば、日本のスタートアップは量と質の両方で負けるのは必至です。

だからこそ、新しいハードテックのような領域でも日本のスタートアップはよりまともではない、彼らよりももっと狂ったアイデアで戦う必要があります。こうしたハードテックの文脈であっても、真面目になってしまいがちな”スタートアップ”への支援や投資だけではなく、より狂うことのできる”プロジェクト”への支援を強めていくべきではないでしょうか。

実際に、Facebook は会社にしようなんて思っていなかったと Mark Zuckerberg は言っていたそうです。そして Twitter や Slack はメインのプロダクトではない、サイドプロジェクトから生まれました。Google も Yahoo! も大学院生のプロジェクトから始まっています。

本当に世界を変えるプロダクトは、そうしたプロジェクトから生まれてくると言えるのではないかと思います。

イノベーションの担い手としてのスタートアップは生き残り続ける

Y Combinator の Sam Altman はこのように述べています

“The only thing at this point that’s going to drive growth [in this country] is innovation, and the only thing that seems to be driving innovation…is gonna be startups…so I think there is this moral imperative to make startups happen.”

「現時点で、この国の成長を加速する唯一のものはイノベーションで、イノベーションを加速する唯一のものはスタートアップです。だからスタートアップをもっと増やすことは、道徳的に急務であると思います」

私もこの意見に同意するところです。

そうしたイノベーションを起こすためには狂ったアイデアを持つスタートアップが必要です。そして狂ったアイデアを持つスタートアップを育むためにも、スタートアップの前の段階であるプロジェクトを増やしていくことが必要であり、それが今まさに日本のスタートアップのエコシステムの中で重要なポイントではないかと考えています。

かつて、シリコンバレーのスタートアップの多くがガレージや研究室から始まったと言われるように、今まさにガレージや研究室の一端から始まろうとしている、一見お金にならないような狂ったプロジェクトに改めて目を向けて、それを増やすことが、優れたスタートアップを生むことに繋がるのではないでしょうか。

その流れを加速するためには、少しでも良いので小さなプロジェクトを始めてみる、あるいは小さなプロジェクトをボランティアでも良いので支援する、という行動がきっと必要になってくるのだと思います。

http://web-academia.org/it_business_execute/startup/782/

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein