スタートアップの方法論におけるイノベーションのジレンマ

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火星でじゃがいもを栽培するマーク・ワトニー、The Martian (http://www.nasa.gov/feature/nine-real-nasa-technologies-in-the-martian)

スタートアップを始めるために必要な資金が劇的に下がることで、この10数年間スタートアップという組織形態はその数を大幅に増やしたと言われています。そして多くのスタートアップが起業後に順調な資金調達を経験し、大きく成長してきました。

その結果、スタートアップに関わる人が増え、スタートアップに関する方法論やベストプラクティスが生まれて、広く共有されるようになりました。今日も様々なノウハウが Medium 上で共有されたり、各社のコンテンツマーケティングを通して提供されている他、一部の方法論はリーンスタートアップという形でまとめられたりしています。

この数年を通して、スタートアップの方法論は持続的に洗練してきているように思います。実際にアクセラレータという組織が多数運用されており、さらに各 VC のブログなどを通して様々な方法論が伝えられる程度には理論ができつつあるのでしょう。

ただ、スタートアップに関わる以上、その持続的な進歩にこそ我々は気をつけなければならないと思っています。

考え方におけるイノベーションのジレンマ

イノベーションのジレンマの議論の射程を少し広くして、プロダクトのみならず方法論や考え方にまで拡大してみると、スタートアップの方法論の持続的な進歩が顧客のニーズに合わなくなる、つまりこれから始まるスタートアップのニーズに合わなくなるになるときが来る、という未来を想像することができます。

そして今、その時期が来ているのではないかと思っています。

たとえば「圧倒的なグロースをしていれば次の資金調達ができる」という暗黙のルールがこの数年ありました。そしてそのルールを前提とした形で様々な方法論が考案され、洗練されてきた一方で、グロースさえできていれば資金は簡単に手に入ったので、ユニットエコノミクスバーンレート利益などをあまり気にせずとも良いという状況でした。

しかし今年に入り経済環境が大きく変わったことで、その前提が崩れ始めています。今や「ゴキブリの時代」と言われるほど、利益の出ていないスタートアップにとって資金調達環境は厳しくなりつつあります。

またスタートアップを始めるための資金が下がったのは、主にインターネットやモバイルの領域でのスタートアップが増えていて、その領域でのスタートアップであれば比較的安価に始められたということも見過ごせません。そしてさらに、ソフトウェアや SaaS 業界の異常な利益率を前提に、多くの方法論や知恵が積み重ねられてきました。

今後 Web やモバイル領域以外でのスタートアップが増えてくることを考えると、その初期投資のコストや利益率の低さを鑑みたとき、果たしてここ10年で持続的に進歩してきたスタートアップの方法論がどこまで使えるのか、改めて考える必要が出てくるかも知れません。

事実過去においても同様のことが起こったと見受けられます。たとえばテイラーの科学的管理法はかつての製造業の労働者管理において効果を発揮したかもしれませんが、現在の知的労働中心の現場では、彼の理論の多くの部分で修正が必要になっています。

以上の話はあくまで前提が変わるということで、ローエンドからの方法論がなにか出てくるという話ではありません。なので破壊的イノベーションの本来の議論とは少し筋が異なります。それでもスタートアップに関わる人たちだからこそ、持続的な発展にこそ常に疑いの目を持たなければならないというイノベーションのジレンマの議論を参考しながら、スタートアップの方法論を見つめなおす必要があるのではないかと思っています。

理論を見直すことと捨てることの違い

ただもちろん、これまで培ってきた理論や方法論、様々なビジネスモデルに関する蓄積を全て捨てて「とにかくやってみよう (just do it)」に戻れ、というわけではありません。それはリーンスタートアップの方法論以前への単なる退行です。

「もうひとつの問題は、旧来の総括マネジメント手法では現状に対処できないと気づいたアントレプレナーや投資家の一部に、方法論をあきらめて「とにかくやってみよう」と言い出した人々が存在することだ。マネジメントに問題があるのなら無秩序にすればいい、というわけだ。しかし、これでうまくいかないことも、私は経験から断言できる」リーンスタートアップ p. 20

理論が間違っていれば理論を直せば良いだけで、すべてを捨てる必要はないと思います。

そのとき必要なのは、「火星の人」(映画オデッセイ)のマーク・ワトニーのように、学んだ理論を現実に当てはめながらうまくいくところとそうでないところを見極めつつ、目の前の問題を一つ一つ解決していくという態度なのではないでしょうか。

支援側にこそジレンマが起こる

スタートアップと同様に、あるいはそれ以上に、VC やアクセラレータといったスタートアップ支援側のやり方も従来の方法論に沿っているだけではきっとダメになってくるのだと思います。

VC や支援組織からの支援内容の多くは、上述のように Web やモバイルのスタートアップの文脈での考え方や支援の仕方が中心でした。そして彼らは資金だけではなく、人脈、ノウハウ、セールスの提供などをどんどん加えて、サービス内容が肥大化してきており、よりハイエンドな、すでにあるスタートアップの支援に最適化されてきています。

またここ数年、海外でも日本国内でも、多数の新しい VC やスタートアップ支援組織が立ちました。初めて支援を行うようなところは、かつて成功していた支援組織の内容の模倣を行ってしまいがちです。

しかし果たしてそうした支援がこれからのスタートアップに本当に必要なものなのか、支援側も過去のやり方を見直すときが来るのだと思います。

前述のとおり、イノベーションのジレンマの考え方をスタートアップの方法論へと拡大するのには少し無理がありました。ただ方法論をプロダクトとして提供している人たちにとってみれば、イノベーションのジレンマの議論はそのまま当てはまるのではないかと思います。

スタートアップの方法論やノウハウ、支援内容というのは、スタートアップ支援側にとってまさにプロダクトです。だから支援側にこそスタートアップの方法論に対する疑心が必要であり、イノベーションのジレンマの議論はクリティカルなように思います。

変わり続けている支援団体を探す

なので本稿のタイトルは、スタートアップの皆さん向けというよりも、スタートアップ支援側に向けたものです。スタートアップを取り巻く環境が変わりつつある今、改めて本当にスタートアップがほしいものは何かを考えて行動するときが来ているのではないかと思います。

逆に言えば、今の環境にあわせて変わろうとしている支援側は良い動きをしている、と考えることも出来ます。

実際に、Y Combinator が YC Research や YC Fellowship という取り組みや、ハードウェアやバイオという新たな領域への関心を強めているのも、そうしたスタートアップ業界全体に地殻変動が起こりつつあることを察知してのものではないでしょうか。そして Y Combinator という最も成功したアクセラレーターもその地位に安住せず、さらに成長するために狂ったアイデアを追い求め続け、変化し続けようとしているのだと言えます。

スタートアップへの示唆

スタートアップにとっては、どこから投資を受けたり、どこから支援を受けるかは非常に重要な問題です。

もし過去の成功体験にとらわれて変化できない支援先を選んでしまうと、かつて有効だったやり方や支援方法、アドバイスを押し付けられ翻弄され、イノベーションのジレンマに飲み込まれていく支援先と一緒にスタートアップ自身も沈んでいくことになりかねません。

スタートアップを取り巻く環境が大きく変わりつつある現在、火星に取り残されたマーク・ワトニーを支援する NASA のように、目の前の課題を一つ一つ一緒に解決していってくれるパートナーを、今の環境の変化に合わせて変化しつつある VC や支援団体を是非うまく見つけてください。

そしてせっかくなので、時間を見つけて The Martian を見ていただければと思います(良い映画だと思います)。

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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