スタートアップのお金と指標入門講座:ユニットエコノミクス (Unit Economics) — CAC & LTV

第5回はユニットエコノミクス、具体的には CAC と LTV の話です。加えて Payback Period の話も行います。

このユニットエコノミクス (unit economics) という概念は、Series A の投資を受けられるかどうかの判断基準になることが多い重要なものです。Seed 投資を受けてから Series A の投資を受けるまでの通常約 1 年半の間、スタートアップにとっては

  • プロダクトやサービスの Product/Market Fit を達成する
  • ユニットエコノミクスを健全な域まで持っていく

の二つが大きなマイルストーンになると言っても良いと思います。今回はそのうちの後者のユニットエコノミクスという概念を取り扱いますが、これまでのほぼすべての指標を使うので、理解が微妙な概念については以前の記事を参照しながら読み進めてください。なお、これまで Burn Rate, Revenue, Margin, Churn Rate について解説してきました。(まとめ

以下はこの入門講座のシリーズのリストです。

  1. バーンレート
  2. 収益 (Revenue & MRR & SaaS Quick Ratio)
  3. 利益と利益率 (Profit & Margin)
  4. チャーンレート
  5. ユニットエコノミクス (CAC & LTV) <- ここ
  6. 成長率 (MoM & CMGR)
  7. まとめ

会話の例
起業家「弊社の製品は顧客の継続率も高く、さらに月々の平均単価も 5,000 円と非常に高いです」
投資家「どれぐらいの顧客獲得コストをかけてますか?」
起業家「おおよそ一顧客あたり営業費含めて 10 万円ぐらいです」
投資家「それは Organic も含めてですか? いずれにせよ Payback Period が 20 ヶ月というのはちょっと…」
起業家「……」

Unit Economics とは

Unit Economics はその名の通り「1個あたりの経済性」という意味で使われます。ユニットの単位は事業によって異なりますが、SaaS ビジネスを前提に考えると一顧客単位か一アカウント(一企業)単位で考えるのが一般的です。

Unit Economics が健全でない状態というのは、「得られる利益を考えてみても、顧客を得るごとにお金を失っている」あるいは「顧客を得るためのお金が非常に高い」状況であるということです。

この Unit Economics が悪い状態のまま、見かけの成長率だけを追い求めてスケールしようとすると、スタートアップの死因の 70% を占めると言われている「pre-mature scaling」(Stanford の Startup Genome Report v2 参照) に突入してしまうと Paul Buchheit は指摘しています。また Unit Economics が悪い状態というのは、成長率に対するお金の利用効率が悪いという状態でもあり、「デフォルトで死んでいる」問題に関連しているとも言えます。

http://www.paulgraham.com/aord.html

そして Unit Economics が悪い状態というのは、十分な利益が取れていないという状況でもあります。それは Peter Thiel の「新たな価値を生んで独占せよ」という言葉を達成できていないということになり、果たしてスタートアップに適した事業かどうかを問い直されるべきものだという Sam Altman の指摘もあります。

もちろんスタートアップは普段お金を失いながら事業の急成長を狙うもので、初期に健全でないのは仕方がないことかもしれません。しかし上述のような問題があるため、いつかの時点で Unit Economics の健全性を獲得しなければなりません。そして Unit Economics の健全性はスタートアップの事業の基礎となるものであり、初期から追いかけるべき指標になると言えます。

Unit Economics の理解には LTV と CAC を

Unit Economics の主な構成概念は LTV と CAC です。まずは LTV からその内容を見ていきたいと思います。

顧客生涯価値:Customer Lifetime Value (LTV)

LTV は CLTV や CLV と呼ばれたりします。今回は LTV という略語を用います。

LTV の計算式は以下のとおりです。

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ARPA (Average MRR per Account) については Revenue と Monthly Recurring Revenue (MRR) に関する記事を確認してください。特に Marketplace 型の場合は GMV と Revenue を混同しないように気をつけてください。なお ARPA は ARPC (Average Revenue per Customer) などと言われたりもします。

さて、ここで Average Customer Lifetime (平均顧客寿命)を計算する必要があります。計算式は以下のとおりです。

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Churn Rate については以前の記事を参照してください。

つまり LTV は Churn Rate と MRR (ARPA) で以下のように表せます。

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正確には利益率を反映させる必要があるので、以下が正確な計算式になります。

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Contribution Margin については、Profit & Margin の記事を確認してください。簡単にいえば、変動費を引いたときの利益率です。

以上で LTV の計算は終わりです。この LTV をいかに最大化するかが Unit Economics の健全化に向けた重要なポイントになります。

顧客獲得コスト:Customer Acquisition Cost (CAC)

次に CAC の話をします。CAC は CPA (Cost Per Acquisition) や CCA (Cost of Customer Acquisition) と呼ばれたりします。

計算に移る前に、CAC については概念の整理をする必要があります。

CAC には大きく分けて 3 種類の CAC があります。Organic CAC, Paid CAC, Blended CAC の三種類です。以下のとおりに整理できます。

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  • Organic CAC: 自然増の顧客獲得コスト。たとえば紹介や口コミ、検索からの流入など
  • Paid CAC: お金を支払って獲得した顧客獲得コスト
  • Blended CAC: 上記2つを混ぜたときの顧客獲得コスト

通常、社内のマーケティング&セールスの部隊では Paid CAC に指標が置かれます。 Organic 分と合わせてしまうと活動コストあたりの効率性が見えなくなりがちなためです。また、活動やチャネルごとに以下のように Paid CAC をきちんとトラックしておき、どのチャネルが効率的なのかを把握するよう務める必要があります。つまり、以下の様な図の管理の方法になります。

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なお Unit Economics を他人と話すときは Blended と Paid の両方を持っておくと良いと思います。多くの人がこの二つを混同して話しがちなので、どちらの意味かを尋ねて返答してください。投資家は「お金をどれだけ入れれば事業がどれだけ伸びるのか」に興味がある人たちなので、「どのチャネルや活動にどれだけお金を入れれば事業が伸びるのか」が検証されている Paid CAC のほうを気にするケースが多いです。

CAC の計算式

Blended CAC は以下のような計算式になります。

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Paid CAC は以下のとおりです。

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この CAC を最小化するのが unit economics の健全化に向けた重要なポイントになります。

Payback Period (回収期間) を意識する / Negative Cash Flow

CAC が分かれば、Payback Period も計算できるようになります。Payback Period は Months to Recover CAC とも呼ばれ、顧客獲得にかかったセールスやマーケテイングのコストを回収する「期間」についての概念です。これは短ければ短いほどよいことになります。

たとえば Payback Period が長くなれば長くなるほど、その期間中にチャーンしてしまう顧客は多くなってしまいます。さらに Payback Period 期間中にチャーンされてしまった場合、収益よりも顧客獲得のコストのほうが大きくなり赤字になってしまいます。そのため、Payback Period は Negative Cash Flow の期間とも言われます。図にすると以下のとおりです。

Payback Period の計算式は以下のとおりです。

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より正しくは Gross Margin などをかけたほうがよいので以下のようになります。

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Average MRR は Revenue & MRR の回を、Gross Margin については Profit & Margin の回を参照してください。

Payback Period は、セールスパーソンを雇っている企業では特に意識すべき数値です。マーケティングでリードジェネレーションした後に営業コストをかけて案件をクローズしに行くコストは、スタートアップにとっては大きなコストとなり、本当に営業を雇うべきかどうかの再考を促してくれます。そのため Payback Period は Sales Efficiency とも呼ばれたりします。

健全なユニットエコノミクスは「3 倍以上」と「6 〜 12ヶ月以内」

健全なユニットエコノミクスは LTV/CAC > 3、つまり LTV が CAC の3倍以上になっている状態で、Payback Period は 6 〜 12ヶ月以内であると言われています(18ヶ月以内で OK という人もいるので諸説あります)。これを達成できれば、その事業はその顧客獲得方法を続けることで事業をどんどん伸ばしていくことが可能と見なされます。

まずはこの「3倍以上」「6 〜 12 ヶ月以内」を目指してプロダクトとマーケティングを改良していく必要があります。

ユニットエコノミクスの平均

参考までに、海外で行われたアンケートによる CAC と Payback Period の中央値を以下に示します。

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http://www.forentrepreneurs.com/2015-saas-survey-part-1/

まず CAC ですが、上図のとおり $1 ACV (Annual Customer Value) あたり CAC は $1.18 ドルかかっています。

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http://www.forentrepreneurs.com/2015-saas-survey-part-1/

また Payback Period の中央値は 12 ヶ月とのことです。

LTV と CAC の注意点

LTV と CAC、ユニットエコノミクスの計算は以上のとおりですが、いくつか重要な注意点があります。

初期の LTV は大きくブレる

LTV の計算で Churn Rate や Margin を使いますが、初期のスタートアップでは Churn Rate や Margin が大きくブレがちです。その結果、LTV も大きくブレやすくなります。また初期の顧客はアーリーアダプターということもあり、LTV が高く出やすいので、実際の事業予想をするときにはある程度ディスカウントをして考えておいたほうがよいと思います。ディスカウントの方法については Jeff Bussagang のブログなどを参照してください。

CAC は悪くなってく

一般的にチャネルは使えば使うほど、新規顧客の獲得コストは高くなる傾向にあります。これは、

  • 初期の顧客は敏感で決定も早いが、アーリーマジョリティの領域に入ってくるとなかなかクローズできなくなってくる
  • 効果的なチャネルには競合がひしめいてくる

などの理由があります。

常に健全な Unit Economics を維持する

上記二つの注意点から導かれることは、LTV や CAC は常に変わり続けるということであり、「一度健全化したユニットエコノミクスも、時が経てば不健全になることがある」ということです。つまりユニットエコノミクスの健全性には常に注意を払わなければならないということです。

そのため、

  • 効率的なチャネルや活動を見つけた場合でも、新たな効率的なチャネルを常に模索し続け、CAC を低いままに保つことなければならない
  • LTV を高くするために、アップセルやクロスセルなどを狙い続けなければならない

などを意識しながら活動する必要があります。

チャネルの一覧としてはトラクションという本などを参考にしてください。

特に大企業が同一領域を攻めてきたときには困難な闘いが待っています。彼らは Unit Economics を無視した投資などが可能です。たとえば Oculus に対する Playstation VR、Spotify に対する Apple Music や Amazon Music など、自社のプラットフォーム全体に利するのであれば事業単体の利益を見る必要のない大企業は、既存の顧客ベースとキャッシュを使って一気に攻勢をしかけてくることがあります。

多くの場合単一事業であるスタートアップは、大手の競合や大企業が攻めてくるまでにブランド構築やネットワーク効果などを使って十分な障壁を築いておくか、彼らより効率のよいユニットエコノミクスで対抗する必要があります。

そうした面を見てみても、健全なユニットエコノミクスは事業の成長の基礎となる指標です。ぜひ初期から意識してください。

最後に

上記までの説明で、本連載のゴールである「以下の表のすべてを埋められる」ことは達成できたのではないかと思います。連載の続きではその他の指標の話を追加します。

参考資料

こちらに連載をまとめています

この連載は以下のスライドをまとめ直したものです。

(追記)2018 年からメルマガを始めてみました。

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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