スタートアップのお金と指標入門講座:チャーンレート (Churn Rate)
第4回はチャーンレートの話です。チャーンレートの計算方法のほか、Churn Rate の適切な目標値などについて解説します。
引き続き読者対象はSeries A 以前の、CFO のいないスタートアップを想定しています。以下はこの入門講座のシリーズのリストです。
- バーンレート
- 収益 (Revenue & MRR & SaaS Quick Ratio)
- 利益と利益率 (Profit & Margin)
- チャーンレート <- ここ
- ユニットエコノミクス (CAC & LTV)
- 成長率 (MoM & CMGR)
- まとめ
この連載は、リンク先の管理表を埋められるようになり、起業家と投資家がある程度同じ用語で話ができるようになるレベルを目標としています。
チャーンレート (Churn Rate) とは
チャーンレートは顧客離脱率、解約率を意味しています。普段「チャーン」と略されて使われることがあります。
チャーンレートは SaaS ビジネスの根幹となる重要な指標であり、投資家からもかなり重要視される数値です(ほぼ必ず聞かれます)。後日説明する LTV の計算にも出てくるので、きちんと押さえておきたい概念です。
なお、Churn と類似した概念として、顧客維持率 Retention Rate (リテンションレート) があります。「1-Retention Rate = Churn Rate」であり、Retention で計測しても良さそうな気がしますが、様々な理由で SaaS ビジネスでは Churn を見られる傾向にあります。
Churn Rate は一見簡単に見えます。ただし、いくつかの種類があるため会話の混乱のもとになりがちなのと、どの種類の Churn をメトリクスとして採用すべきか迷いがちなので、ご存じの方も念のためご確認頂いたほうが良いかと思います。
会話の例
起業家「今月のチャーンレートは 10% でした。多分良い方ではないかと思います。是非投資検討をしてください」
投資家「それは顧客数ベースのチャーンレートですか、それともレベニューベースのチャーンレートですか? いずれにせよあまり良い数値には見えませんが…」
起業家「えっと……」
Churn Rate が重要な理由
Churn Rate に着目すると以下のような点のヒントを得られるためで重要視されます。
- そのプロダクトやサービスが顧客にとってどの程度重要なのか
- 事業が継続的に成長できるか
前者については、継続して使う=離脱しない=顧客の課題をきちんと解決しているということであり、またそのプロダクトやサービスに中毒性があるかどうかを測る良い指標として Churn Rate (Retention Rate) が使われるケースです。
後者に関しては、たとえば月々 10% の Churn Rate の場合を考えてみましょう。仮に 現時点で 100 社の契約があり新規が 0 だったときには、12 ヶ月後にはその 100 社が約 28 社まで落ち込むことが想定されます。これはおそらくビジネスとして成立しません。
もちろんその分新規顧客を追加してくれば成立するかもしれませんが、一般的に新規顧客獲得のコストは顧客の維持のコストの 5–25 倍高いという調査結果もあり、顧客維持を無視して新規顧客獲得を続けるといずれコスト高になり、事業の成長が止まってしまう可能性も高くなってしまいます。逆に顧客数が少なくても Churn Rate が低ければ、事業は今後伸びる可能性があります。
そのため Churn Rate は初期から重要視される指標として用いられます。初期のスタートアップはまずは何よりも Churn Rate に注目してください。
Churn Rate の 2 種類
Churn Rate には大きくわけて 2 種類のものがあります。Customer Churn と Revenue Churn です。Revenue Churn は Dollar Churn と言われることもあります。それぞれ顧客数ベースの離脱率と収益ベースの離脱率です。図示すると以下のようになります。
計算式は後述しますが、それぞれ別にする理由は、顧客によって収益に差がある場合があるからです。
例えば以下のような 2 社だけから収益があるとき、 A だけが Chrun してしまったときは、Customer Churn 上は 50% の Churn です。一方で収益上は 83% の Churn になってしまいます。
Customer Churn と Revenue Churn は両方とも計測しておくべきメトリクスです。ただ、どちらをメインのメトリクスにするかは事業の進み具合によって異なります(個人的には初期には Customer Churn、中期以降は Revenue Churn をメインに見ていけば良いのではないかと思っています)。
Churn Rate の細分化: 4 種類
さらに Customer Churn Rate と Revenue Churn Rate はそれぞれ細分化することができます。細分化した結果とそれぞれの計算式を以下の図に示します。また計算式をそれぞれ横に記載しています。今回はすべて月ベースでの計算にしていますが、週であれば分母分子の両方を週のものにしてください。
- Customer Churn Rate: 顧客数やシート数ベースのチャーンレート
- Account (Logo) Churn Rate: 会社数ベースのチャーンレート
- Gross Revenue Churn Rate: 失った金額分のチャーンレート
- Net Revenue Churn Rate: 失った金額分と拡大した分を合わせたチャーンレート
普段 Churn Rate といえば単純な Customer Churn Rate を指すことが多いですが、社内的には Gross Revenue Churn と Net Revenue Churn もきちんと追いかけておいたほうが良いかと思います。これは後述する Negative Churn が発生するためです。
Negative Churn: マイナスのチャーンレート
Net Revenue Churn を追いかける理由として、Net Revenue Churn の場合、アップセルなどの効果で Expansion MRR が増加することによってマイナスのチャーンレート、いわゆるNegative Churn が発生することが挙げられます。これは SaaS などのビジネスは売り切りのビジネスと異なり、「顧客にずっとサービスを提供し続けることで、既存顧客からのアップセルやクロスセルを狙いやすい」という特徴を持つ影響が大きいと考えられます。
Negative Churn のインパクト
Negative Churn は極力狙うようにしてください。というのも、これが SaaS ビジネスが急成長するためのひとつの条件だからです。
たとえば Monthly Revenue Churn Rate が 5% でずっと続いてしまったときと、Monthly Negative Revenue Churn Rate が 5% で維持できたときとの差を見ると、Negative Churn のインパクトが分かります。以下は 5% の Revenue Churn と 5% の Negative Churn が続いた時の 3 年後の見てみます。
この図のように、たった 3 年で 収益ベースで 3 倍の差がつくことになります。Negative Churn が起こることの収益上のインパクトは計り知れません。
Negative Churn のための Customer Success の重要性
SaaS ビジネスは顧客獲得コストを穴埋めするだけの利益を出すまでの期間が長くなりがちで、数ヶ月で Churn されてしまうと顧客獲得分だけ赤字になってしまう傾向にあります(詳しくは CAC の回で解説します)。
そのため、顧客維持のためにも、Negative Churn を起こすためにも、顧客との継続的何回を築き、顧客の成功を支援することが SaaS スタートアップにとっては重要なポイントとなります。そこで重要になってくるのが Customer Success という概念です。詳しくは以下のスライドを参照してください。
Churn Rate の目標値
Churn Rate の目標値はおおよそ以下の図を参考に設定するのが良いのではないかと言われています。なお以下の Retention は Annual の、Revenue ベースの Retention です。Churn Rate を計算するときは 1 — Retention Rate で計算してください。
またプロダクトやサービスが対象とする企業規模によって Churn Rate は若干異なると言われています。以下の例はとある VC による Customer ベースのおおよその値です。
Annual で SMB は 31–58%、Mid であれば 11–22%、Enterprise は 6–10% という Customer Churn Rate が提示されています (Revenue Churn Rate ではないので注意してください)。
これが意味するところは、導入対象が大企業になればなるほど、一度採用してもらえば離脱することが少なく、Churn Rate は低くなりがちです。ただし、導入してもらうまでにかなりの顧客獲得コストが掛かりやすいのが大企業です。逆に小規模な企業は導入は早いものの、すぐにチャーンしてしまう傾向にあります。
上場するような成功した企業は、以下の図が示すようにどこも Churn Rate を低く抑えています(= Retention Rate が高い状態です)。スタートアップの初期は Churn Rate がよく変わりがちですが、最終的には上場している企業のレベルの Churn Rate を目指すと良いのではないかと思います。
Churn と Retention の使い分け
Churn と Retention は類似している概念です。もし使い分けるなら、Churn は企業アカウント単位で、Retention は顧客単位で使うと使い分けやすいと思います。
特に一つの企業アカウントの中に複数の顧客(ユーザー)がいるような、シートやユーザーライセンスでの販売の場合は、企業アカウントはチャーンで、ユーザーは Retention で見ておくと対策が立てやすいのではないかと思います。たとえばユーザーの Retention が下がってくると、企業アカウント全体がチャーンしてしまう危険性が高まる、など、ユーザーの Retention の動向を先行指標に使うなどの使い方が可能です。
Churn や Retention は必ずコホート分析を
Churn Rate はコホート分析を行い、コホート単位での離脱率を把握しておくとインサイトが引き出しやすいです。Daily、Weekly もしくは Monthly でのコホートのチャーンの推移を出してみて、直近の週や月が悪くなっていたら何かがおかしくなりつつあるサインです。特に機能追加前後や、マーケティングチャネル変更の前後で大きく変わった場合などは注意してください。
Product / Market Fit をしているプロダクトは、あるコホートが特定時点で(早い時点で)フラットになります。仮にあるコホートのチャーンが発生し続け、特定時点でフラットにならないのであれば、それは非常に悪い兆しとなります。
コホート分析は様々なアナリティクスツールの標準機能としてついてきています。ぜひそうしたツールを使ってユーザー単位のチャーンレートをトラックしていただければと思います。
参考
その他の概念をまとめて以下のスライドで解説しています。