スタートアップが運をコントロールする方法

Taka Umada
10 min readMay 22, 2016

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Y Combinator の President である Sam Altman は、スタートアップの成功のためには「アイデア×プロダクト×チーム×実行」に加えて、「運」が必要であると述べています。また研究でも企業の成功には運が大きな役割を果たすことが指摘されています。

前者 4 つは創業者自身でコントロールできる気がします。しかし「運」は我々のコントロール外にあるというのが一般通念です。そんな中で、スタートアップを成功させる「運」をコントロールすることは果たしてできるのでしょうか。

スタートアップが成功するために必要な要素(How to Start a Startup, Lecture 01 のスライドをベースに編集)

最近偶然性やランダムネスに関する本を読むことが多く、その中の一つの「たまたま」という物理学者による本を久々に読んだところ、幸運の掴み方に対して一つの良い回答があったので紹介したいと思います。

とりわけ私が学んだことは、前向きに歩きつづけることだ。なぜなら、幸いなことに、偶然がかならず役回りを演じるので、成功の一つの重要な要素、たとえば打席に立つ数、危険を冒す数、チャンスを捉える数が、われわれのコントロール下にあるからだ。失敗のほうに重みをつけてあるコイン投げでさえ、ときには成功が出る。あるいは、IBMのパイオニア、トーマス・ワトソンが言ったように、「もし成功したければ、失敗の割合を倍にしろ」ということだ。

ここで指摘されるように、幸運や偶然が起こるかどうか自体はコントロールできないものの、挑戦する回数は我々の意思によってコントロール可能です。そして試行錯誤の回数を多くすれば多くするほど、どんな稀な出来事も起こってもおかしくはありません。スタートアップの成功に必要な「良いブラックスワン」が出る可能性も上がります。

実際に、ユーグレナの出雲さんが 500 回会社を回ったあとに一件成約し、そこから成功の階段を登っていったことは有名な話です。そんな出雲さんが講演で良く言及するのは「成功確率が 1% なら、459 回挑戦したら 99% 成功する」という計算です。

なので、「幸運を得るためにはどうすればいいか」というのは良い問題ではなく、「回数を増やすにはどうすればいいか」ほうが解決策が出しやすく、行動を起こしやすいという点で、より良い問題であると言えるのかもしれません。

「運」ではなく「挑戦回数」をコントロールする方法論

幸運を得るために回数を増やすことが必要ということが分かれば、運をコントロールするためにどうすれば回数をコントールできるのか、という明確な目標に対して議論が可能になります。

そしてこの問題に対しての答えは多分皆さんのほうがお持ちだと思うので、今回は幾つかの文章で書かれていたベーシックな内容を紹介するに留めたいと思います。(※なお今回は特に、特にスタートアップの初期やプロジェクトに取り組んでいる方などを意識して書いています。)

1. 一度あたりの試行錯誤のスピードを上げる

制限時間がある場合、一度あたりの試行錯誤のスピードを上げることで試行錯誤の回数を増やすことができます。そのためには既存のシステムを出し抜くような「ハック」が必要になることも多いのではないかと思います。

特にスタートアップにとって最も貴重な資源は時間だと言われます。そのためこのスピードという項目を最初に持ってきています。

2. 粘り強く続ける

当然ですが、長く粘り強く続けることで実験の回数を増やすことができます。ハミング符号などで有名な Richard Hamming はこれを端的にこのように言い表しました

偉大な業績を残すのに、沢山のヒットを飛ばす必要はありません。ある意味簡単です。長生きすればいいのです

3. 楽観的に、幸運が起こる状況に身を置く

楽観的な人は楽観的であるがゆえに、その結果幸運が起こりやすい状況に自らを置くようです。たとえば懸賞によく当たる人が実は驚くほどの数の懸賞に応募しています。楽観的な人は挑戦を挑戦とも思わず何度もチャレンジしていたりします。(それでも商談については悲観的に向き合って、会社を何かに依存させない方が良いという PG のアドバイスもあります)

4. アンチフラジャイルとポジティブなブラックスワン

宝くじも買い続ければいつかは当たりますが、でもそのリターンの上限は決まっており、リターンの期待値が低い試行錯誤です。大当たりを狙う試行錯誤をするときには、リターンが予測不可能なほどに大きくなる可能性のあるものに対して、予測可能なコストの範囲内で何度も何度も賭けるべきと言えます。

こうした現実世界に対してのアンチフラジャイル性を意識するときには、たとえばバーベル戦略などを活用して回数を増やしていくとより良い試行錯誤となるのではないかと思います。

多く試すことの副次的効果

何度も試行錯誤することはそれ自体が幸運を掴む可能性を上げますが、副次的な効果として様々な良い影響が見込めます。

1. 失敗による学び

人は失敗から学ぶことが出来、一度の失敗は単なるコストではなく、学習のために必要だったコストだという認識が可能です。たとえば成功体験と失敗体験を比較すると、その後のパフォーマンス向上効果(失敗減少確率)がそれぞれ -0.02 と -0.08 で、失敗体験のほうが影響力が強いといったような研究成果が出ているそうです

2. 量は質を生む

Art & Fear (「アーティストのためのハンドブック」) という本の中で、陶芸での壺の作成の課題の「量と質を生む」逸話が有名です。

この話では、クラスの半分を壺の「量」(総重量)で成績をつけるグループと、一点の壺だけの「質」で成績をつけるグループに分けたところ、評価が高い壺が出てきたのは量のグループだったとされています。

実際、アインシュタインは 248、ダーウィンは 119、フロイトは 330 の論文を書き、エジソンは 1,093 の特許を獲得し、ピカソは 20,000 以上の作品を残し、バッハは 1,000 以上の作曲を行ったと言われています。その中で歴史に残る作品は 5, 6 とはいえ、天才と思われていた人が物凄い量のアウトプットをしていたことは近年よく言及されている事実です。

3. タイミング

粘り強く続けることで、スタートアップに必要な「最適なタイミング」にまみえる可能性も上がります。スタートアップの成功に最も必要なものはタイミングだと言われるぐらいです。実際、たとえば 1983 年創業のコンピュータ系スタートアップの 52% は IPO しましたが、二年遅れの 1985 年に創業したスタートアップはわずか 18% しか IPO できなかったという指摘がされています

あなたのスタートアップのアイデアの育てかた (p.17)

逆のケースを考える:どうして長く続けても成果が出ないことがあるのか

しかし、と反例が思い浮かびます。多くの研究者は数十年かけて研究をし続けていますが、大きな成果を出せるのはほんの一部の人々です。また若い時期に偉大な成果を出していた研究者が、それ以降も長いあいだ同じテーマを追い続けているのに、その後あまり成果を出せなくなることも多くあります。これは何故なのでしょうか。

そうした疑問に対して、先ほど引用した Richard Hamming の「研究にどう取り組むべきか」ではこのように答えられています。

有名になると小さな問題に取り組むのが難しくなります。これがシャノンに立ちはだかりました。情報理論のあと、何で次のヒットを飛ばしますか。偉大な科学者はしばしば、この間違いを犯します。巨木に育つ小さな種を蒔くことを怠ってしまうのです。最初から大きな成果をめざしてしまうのです。そのようには物事は進みません。こういったわけで、若くして認められると、その後に成果を挙げられなくなるようです。

同様の問題は、元 Y Combinator の Partner である Harj が「二度目の創業者症候群」として指摘しています。

また人は、例を思い浮かべやすいことが起こる確率を過大評価しがちになるという利用可能性ヒューリスティクスがあります。なので、失敗が続いてしまうと、ほとんど起きない成功に挑戦するようなことを控えるようになってしまうのかもしれません。また逆に、人はほとんど起きない確率について過小評価しがちです。長く続けることで、成功の確率を過小評価してしまうようになり、挑戦の回数が減って成功が遠のくのではないかと思います(日本の大学では偉くなると雑用が増えてそもそも研究ができなくなる、という話はよく聞きますが…)。

Relentlessly Resourceful (執拗なまでに粘り強く解決策を見出すこと)

個人の起業家が運をコントロールするには、一度あたりの挑戦のコストを予測可能な範囲に抑えつつ、粘り強く長期間に渡り挑戦し続けることが重要だという当たり前のことがこの記事の結論です。ただその「当たり前」は人間特有のバイアスによって過小評価されがちなので、改めて書く意味もあるのではないかと思い、書いた次第です。

一方で Paul Graham も似たようなことを指摘しています。

たとえば Relentlessly Resourceful と題されたエッセイの中で、良い起業家の特徴として、自分の外にある問題に対して執拗なまでに取り組み、どう扱えばよいか分からない未知の問題にも解決策を粘り強く見出すという点を挙げています(そしてその気質は学ぶことができるとも書いています)。

また Y Combinator の卒業生たち向けに伝えるために書いた、「死なないために」と題されたエッセイの中では、以下のように述べ粘り強くスタートアップを続けることを推奨しています。

スタートアップがキーを打っている最中に死ぬことはめったにないのだ。だからキーを打ち続けよう!

皆さんのスタートアップやプロジェクトのもとに幸運が訪れること(=十分な試行錯誤の回数が確保できること)を祈っています。

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Taka Umada

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein