オンデマンドエコノミーを理解する

オンデマンドエコノミーを理解するには、幾つかの補助線が必要だと思います。そこで今回はオンデマンドエコノミーを理解するために便利な概念を説明したいと思います。

取引コスト / 取引費用 (transaction cost)

企業はなぜ存在しないのではなく、存在するのでしょうか。

Image for post
Image for post

これを論じた画期的な論文が Ronald Coase の「The Nature of the Firm」(企業の本質)です。

Coase は取引コストという概念を用いて、なぜ企業 (firm) という組織が作られるのかを説明しました。取引コストを単純に理解するには、Wikipedia の例を読むとわかりやすいでしょう。

店でバナナを買うとしよう。バナナを買うのに必要なコストは、バナナの価格だけではない。沢山あるバナナの種類の中から自分の好きなバナナを見つけ、何処で、いくらでバナナを買うべきかかを調べる労力、そして自宅から店までの往復の交通費、支払いまでの列の待ち時間や、支払い自体にかかる労力など様々なコストが必要なのだ。バナナ自体の購入にかかった価格以外のコストが取引コストである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%88

こうした取引コストは様々な分類が可能です。多くの場合「探索コスト」「交渉コスト」「監督と強制のコスト」と分類を見ますが、より細分化したものを以下に引用します。

Image for post
Image for post

こうした取引コストが発生すると考えると、企業という形で組織化したほうが、市場からの調達に比べて取引コストが低くなる場合があるので企業が存在するのだ、と理解することができます。

(なお取引コストとこれに連なる業績によって彼は 1991 年にノーベル経済学賞を受賞しています。さらにその理論を人間の限定合理性と機会主義的な性格に注目して進めた Williamson も 2009 年にノーベル経済学賞を受賞しています)

また Oliver Hart「企業 契約 金融構造」の寄稿の説明を引用しながら、さらに取引コストを説明すると、「関係特殊性や複雑性・不確実性の程度が高い取引の場合には,統合して取引を組織内に取り込むことで取引費用を節約できる」ので企業体という組織化を行います。また「完全な契約を書くことができないという「契約の不完備性」と,その前提の下で,資産を所有することによって獲得する権利である「残余コントロール権(序章ではパワーと呼んでいる)」という2つの概念」を考えれば、組織化を行うことのメリットがさらに高まります。

言い換えれば、Frank Knight の分類したリスク(確率分布が分かっている場合)と不確実性(確率分布が分からない場合)でいえば、後者の不確実性の高いときには組織化して内部で取引をしたほうが効率が良い、ということです。

一方オンデマンドエコノミーは組織内部で取引するのではなく、市場と直接取引をして労働力を獲得しようとする動きです。これが起こった原因は市場との取引コストが劇的に下がったためと考えられます。この取引コストが下がった原因に関しては、後ほど幾つかの理由をあげさせていただきます。

マーケットデザイン

またマーケットデザインの考え方も、オンデマンドエコノミーのプラットフォームを理解する上で重要ではないかと思います。

マーケットデザインとは近年注目されている経済学の分野で、ゲーム理論の成果を応用してアルゴリズムなどを用いながら、現実の市場や制度といった市場(マーケット)を設計(デザイン)していく分野です。市場の自然状態が完全に機能するものとして見るのではなく、市場が効率的に動くように市場や制度を作る、という立場をとります。これまでは主にオークションとマッチングの問題で成功を収めましたが、現在はクラウドソーシングやその他の類似分野での研究も行われています

たとえば Amazon Marketplace や Google の広告、Uber などはある種の市場を作っており、その市場が効率的に運営されるようにデザインするためにマーケットデザインの成果を活用できると考えられます。

さて、2012 年にマーケットデザインの研究でノーベル経済学賞を受賞した Roth 教授によれば、マーケットデザインを成功させるには、「マーケットの厚み」「安全性と単純さ」「混雑の解消」が必要だと言われています。たとえば Uber が安全性と単純さを確保するために何をしているかは、こちらを見ればわかりやすいかと思います。

その他、たとえばインターネットの登場により、個人事業主は仕事を探す探索コストが大きく下がりました。またインターネットを使ってリモートから仕事をするような働き方を選ぶ人も増加し、フリーランスという働き方が増加することに並行して、フリーランスが請け負える仕事の種類や数が増えてくることで、「マーケットの厚み」が増しました。

それと並行して、プラットフォーム側が「安全性と単純さ」の保障を行い、高度なマッチングシステムによって発注側と受注側におこりがちな「混雑が解消」されることで、フリーランスという労働力のマーケットプレイスは、その健全性を数年間かけて増すことができたと言えます。

その結果、TaskRabbitShyp といった多数のクラウドソーシングプラットフォームが生まれてきています。

シェアリングエコノミーではなくオンデマンドエコノミーとして認識する

シェアリングエコノミー(共有経済)とオンデマンドエコノミーは同じものとして扱われるケースも多々あります。事実、Hart の取引費用理論の考え方を用いれば「所有者が所有物の残余コントロール権を使う」という説明が可能で、その仕組みは似通っていると言えます。

ただ私個人としては、シェアリングサービスとオンデマンドエコノミーを区別して把握することで、「オンデマンドエコノミーは我々の働き方そのものを大きく変える可能性がある変化」だと認識することができるのではないかと考えています。

その理由の一つに、シェアリングエコノミーはその名の通り「すでに持っている所有物をシェアする」という、所有側からの示唆が中心になりますが、オンデマンドであるとは「欲しいときに欲しいだけ手に入る」という、利用者側からの示唆を得られます。オンデマンドエコノミーにおいては、我々個人は利用者であり所有者でもありえますが、多くの場合利用者側に立つことが多いのではないかと思います。

たとえばおもちゃの配送系のスタートアップの立場に立ってみれば、12 月 24 日の配送のために配達員を雇うのは理にかなっていると思います。実際、正月には郵便局がアルバイトを大量に雇って、年賀状の配達をしていることは日本の風物詩となっています。こうした雇用を柔軟に増減できる、といった示唆を得られるのはオンデマンドエコノミーと認識するから得られるのではないかと思います。

またオンデマンドである、という示唆から出発することによって、その柔軟性や背景に潜む危険性(ギグエコノミー化)などについて考察を進めやすくなるのではないかと思っています。

以下では、オンデマンドエコノミーという観点から、なぜそれが可能になったのかの私見を述べたいと思います。

オンデマンドエコノミーが可能になった 4 つの大きな理由

一つの大きな変化は多くの原因が密接にからみ合って起こるのが通常です。今回のオンデマンドエコノミーが盛り上がりつつある原因も複数挙げられますが、その中でも私が影響力が大きいと思っている 4つの原因は、「モバイルコンピューティング」「アーバナイゼーション(都市化)」「マーケットプレイスの健全化」「機械化」です。

1. モバイルコンピューティングとインターネット

オンデマンドエコノミーの登場に、最も大きな影響を与えた(あるいは最後のボトルネックを解消したと言えるかもしれない)のはモバイルコンピューティングではないかと思っています。

今や約 40 億人の人々が iOS や Android を購入、しかも 2 年毎に最新の機種に買いかえています。

Image for post
Image for post

もちろんそれ以前の 1990 年代におけるコンピュータとインターネットの登場は、取引コストの中の探索コストを大きく下げることに成功しました。もちろんその影響も大きかったのですが、スマホなどのモバイルの登場により、常にインターネットにつながっている端末を、”ほぼすべて” の人が “常に” 持つに至りました。

事実、1999 年には 400 万人の人々がインターネットにつながっているだけでしたが、2014 年には 30 億人の人がインターネットにつながるようになりました。

Image for post
Image for post

またモバイル化により、人々はコンピュータがあるデスクにいなくても、リアルタイムに様々な情報や指示を受け取れるようになりました。これは情報流通のリアルタイム性を上げることに大いに役立っています。

さらにモバイルには複数のセンサーが付いています。たとえば Uber に関して言えば、広域な地図や道路を覚えるといった、かつてはタクシーの運転手しかできなかったことを、スマートフォンなどがあれば一般人にもできるようになりました。これはコンピュータが労働者の知能を拡張したとも言えます。

そしてそのモバルコンピューティングは wearable の領域にも進出しつつあり、アメリカの国防省は 2020 年のビジョンに向けて FlexTech Alliance というウェアラブルコンピューティングの業界団体へ巨額の投資を発表しました (2015 年 8 月)。こうなることで、さらにコンピュータはより「モバイル」になっていくのではないかと思います。

Image for post
Image for post

2. アーバナイゼーション(都市化)

マクロの人口動態として、人は農村部より都市に住むようになってきています。World Urbanisation Prospects によれば、2014 年の人口は 54% が都市部に住んでいおり、2050 年には 60% に達すると予測されています。さらに先進国の US では 81% 以上の人が都市部に住んでいます。

Image for post
Image for post

都市化が起こる原因の一つが雇用だと言われています。

製造業や IT 業をはじめとしたイノベーション産業の周りでサービス業が生まれやすいと言われています。しかしサービスの特徴には生産と消費の同時性、無形性、消滅性などがあり、そのため多くのサービス業は在庫を持つことが不可能で、多くのサービス業はイノベーション産業の近くでしか雇用が生まれません。その結果、都市へ人口が集積していくことになります。

たとえばヨガのインストラクターによるレクチャーはサービスです。このレクチャーはその場で消費されるほかなく、受講生を増やすにはインストラクター自体を増やさなければなりません。

貿易可能なイノベーション産業で 1 人の雇用が生まれるごとに、その地域では長期的に見ると 5 名の貿易不可能なサービス業の雇用が生まれると言われています。

人口が密集することで物流の効率化が可能になるだけではなく、サービス業の生産性の向上にもつながります。これまでのオンラインショッピングは物品の購入とデリバリーが主流でしたが、モバイルと都市化が両者が合わさることによって、サービスのデリバリーが可能になります。

実際最近の多くのオンデマンドサービスは 20 分以内に届ける、といったサービスレベルを設定しています。

Image for post
Image for post

3. マーケットプレイスの健全化

インターネットの登場で、取引コストのうち探索コストが引き下がることは前述しました。

ただし情報量が増えることは、逆に取引コストのうちの調査コストや情報処理コストが増えるという悪影響があります。この悪影響を減らす為には、マーケットの健全化が必要です。そのためには、「マーケットの厚み」「安全性と単純さ」「混雑の解消」という条件が揃う必要があります(マーケットデザインについての部分を参照)。

まずは「マーケットの厚み」について考えたいと思います。インターネットの登場により、都市に住むのが合わなかった人がインターネットを経由してリモートワークをするなど、遠隔で作業をすることが可能になりました。

事実、すでに US の労働人口の 34% がフリーランスの仕事に携わっていると言われています。さらに今後は、オバマケアの導入による国による健康保険の導入などの影響もあり(これまでは民間の高額の保険しかなく、US でも企業に雇用されるインセンティブが高かった面があります)、2020 年までにフリーランスの人口は 40% に達すると予測されています。

従来のフリーランスや個人事業主は、働きたくても仕事を探すことが難点でした。かろうじて近所のスーパーなどにパートタイムで働くなど、自分のコンピテンシーとは異なる、時間給での仕事とのマッチングがせいぜいだったと言えます。しかし今やクラウドソーシングのプラットフォームに登録しておけば、営業コストをかけることなく、自分の強みを生かせる仕事を獲得することができます。これはプラットフォームが発注側と受注側の探索コストを減らしている、という理解が可能です。

さらに「安全性と単純さ」について考えてみると、マーケットプレイスがあることの発注者側と受注者側のメリットとして、発注者側と受注側が信頼できるかどうかをプラットフォーム側が可視化してくれている安心感を得ることができます。たとえば Uber では運転手と乗員の両方が相互に評価をする仕組みを提供しており、誰が信頼できるかを事前に知ることができます。実際に、評価が特定の点数以上の人にしか依頼しない、などのバーを指定できればある程度の安全性を保証できるほか、少しそのバーを下げれば「混雑の解消」も可能です。

またプラットフォーム側は標準的な決済や契約の面倒を見てくれます。あるいは LegalTech と呼ばれるサービスを使えば、契約書のテンプレートを入手できるほか、ある程度のカスタマイズを安価に弁護士に発注することが可能です(Shake などがあります)。

Image for post
Image for post

しかもインターネットを経由して世界中がつながることで、マーケットプレイス上の労働力の供給は一気に増えます。たとえば日本のスタートアップの一部でも、クラウドソーシングを使って世界中のデベロッパーにアプリ開発を発注しているという話を聞きます。これを前述のマーケットデザインのマーケットプレイスの議論に接続すれば、労働力のマーケットプレイスは徐々にその機能の健全性を数年かけて増してきたいと言えます。

4. 機械化:クラウドソーシング / SaaS / AI

さらにオンデマンドエコノミーやクラウドソーシングは、AI の議論と結びつけて考えて考えるべきではないかと思います。なお、ここでの AI は弱い AI のことを指します。

さて、そもそもオンデマンドでの人の採用やクラウドソーシングの目的は「人を一時的に雇う」ことそのものではなく、( Christensen 的に言えば) get jobs done — 何かを終わらせるために人を雇っているだけです。言ってしまえば、その先の労働力が人間である必要はありません。弱い AI でも SaaS でもロボットでも人間でも、安くて早くて仕事が確実にできるのであればその発注先はなんでもいい、と捉えることも可能です。

事実、Uber は自動運転の技術を研究しています(最近も CMU から大量に研究者を引き抜きました)。これが示唆するのは、今オンデマンドで調達されている人間という労働力を、いずれは AI に置き換えていくことでコストがより下がるという判断をしているということです。また Amazon は Amazon Prime Now という 1 時間宅配などのサービスを展開し始め、Amazon Flex と呼ばれるオンデマンドの実行部隊を採用していますが、Amazon は並行してドローンによる配送に取り組んでいることも広く知られています。

Image for post
Image for post

これは「ジョブ」ではなく「ワーク」という、より細分化された単位での仕事の分け方ができるようになってきた背景とも関係あるともいえます。

たとえば、もともと戦略コンサルティングの会社への仕事の発注は、ジョブではなく、「戦略策定」などのワークの発注だったといえます。そのワークがどんどんと細分化されていくことによってタスクになり、決まり切った細かいタスクであれば AI やロボットが人間の代わりに終わらせられるようになります。

すでに一部の SaaS はタスクの処理を自動化をしてくれています。たとえば Import.ioKimono を使えば、Web ページのスクレイピングを(手作業ではなく、コードすら書かずに)ほぼ瞬時に行うことができます。そのほか Clara Labsx.ai などはミーティングスケジュールのアシスタント AI として、適切にカレンダーを管理してくれます。

オンデマンドエコノミーを使って行われるタスクの多くは単純作業です。そのタスクはいずれ AI やアルゴリズム、SaaS によって代替されやすいとも考えられるので、オンデマンドエコノミーと AI の議論をつなげて考えることで、より豊かな労働への理解が可能になるのではないでしょうか。

これまで見てきたオンデマンドエコノミーの理論や原因を理解することで、オンデマンドエコノミーに類するサービスを展開しているスタートアップは自社サービスの改良すべき点などの示唆が得られるのではないかと思います。

またオンデマンドエコノミーの利用者側にとっては、それがどのような影響を与えるかの理解を深めることができます。オンデマンドエコノミーが一般的になった未来には何が起こるのか、それについては別の記事でご紹介したいと思います。

Image for post
Image for post

“The future is here, it’s just not evenly distributed yet,”

(未来はここにある、まだ一様に分配されていないだけで)

William Gibson

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

Get the Medium app

A button that says 'Download on the App Store', and if clicked it will lead you to the iOS App store
A button that says 'Get it on, Google Play', and if clicked it will lead you to the Google Play store