AI と労働とオンデマンドエコノミー (シェアリングエコノミー)

オンデマンドエコノミーのスタートアップ (Uber など) が雇用と企業に与える影響

これは某所で行う予定のセミナーのメモです。セミナーではオンデマンドエコノミーの私の理解と、それから得られる将来のスタートアップへの示唆について話す予定ですが、まずはメモだけ公開します。

TL;DR — オンデマンドエコノミーの普及によって、「欲しいときに欲しいだけのコンピューティングリソースが手に入る」、今の AWS のようなクラウドの概念に近い形で “労働力” が市場から提供されることになります。しかし一方で、労働者は不利益を被る可能性もあります。

この種のオンデマンドエコノミーを AI の議論と一緒に考えることで、今後の働き方や企業の在り方を大きく変える可能性があり、その変化はスタートアップという企業組織にとって新たな示唆を与えてくれるかもしれません。

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  • Uber や Airbnb というスタートアップを考える
  • オンデマンドエコノミーは本当に注目に値するのか
  • オンデマンドエコノミーを理解する(取引コスト、マーケットデザイン、シェアリングエコノミーとの比較)
  • オンデマンドエコノミーが可能になった 4 つの大きな理由(モバイル、都市化、マーケットプレイス、AI)
  • オンデマンドエコノミーが与える影響(スタートアップと企業、個人、行政)
  • 将来の展望
  • 最後に

Uber や Airbnb というスタートアップを考える

2000 年代後半に出てきた Airbnb や Uber というスタートアップが、今まさに日本でも脚光を浴びつつあります。生まれてまだ 10 年にも満たない二つの企業の時価総額は、それぞれ Airbnb が約 3 兆円、Uber は約 8 兆円と推定されています(2015 年 10 月現在)。

同じ時価総額を誇る日本企業を見てみれば、8 兆円前後に JT、ソフトバンク、KDDI、ホンダ、などがあり、3 兆円前後にはパナソニック、野村、ヤフー、三井物産などがあります (2015 年 10 月 23 日)。

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http://info.finance.yahoo.co.jp/ranking/?kd=4 (2015 年 10 月 25 日の状況)

なぜ Airbnb や Uber の評価額がこんなにも高いのでしょうか。その絶対評価額は論争があるのでさておくとして、ほかのスタートアップに比べて相対的に高い価値が認められていることの理由を考えるには、現在彼らが起こしつつある変化を一緒に考える必要があります。そのため、まずは彼らの現状を解説します。

Airbnb は自宅の余ったスペースを宿泊場所として貸し出すサービスです。起業から数年後の 2015 年、Airbnb は世界最大のホテルであるヒルトングループ以上の貸し出し部屋数を確保するに至っています。

そして驚くべきことに、Airbnb の正社員は 800 人で、世界最大のヒルトングループの正社員は 132,00 人です。そして宿泊者数はこの 5 年で 353 倍の伸びを示しています。

Uber はライドシェアリングのサービスとも呼ばれ、タクシーの代わりに個人が所有している車をモバイルアプリからいつでも呼んで、指定した場所まで運んでくれるサービスです。例えば Uber Pool という相乗りサービスでは、サンフランシスコ市内であれば $7 でどこにでも行けて、しかも多くの場合タクシーよりも早く捕まえることができます。さらに、目的地は自分のスマートフォンの地図から指定しているため行き先を告げる必要はなく、決済は登録してあるクレジットカードで行われるためその場でお金を支払う必要はありません。その結果、タクシーとは異なるスムーズな乗車と降車を体験できます。

今や Uber はサンフランシスコ (SF) のタクシー業界の年間売り上げ全体の約 3 倍にもなる売上高 ($500M) を SF 内で稼ぎ出しています

「いつでもどこでも移動手段を安価に使える」という Uber を運営しているのは、約 2,000 名の社員と 16 万に及ぶ契約社員です。

Aribnb や Uber を皮切りに、様々な Airbnb for X、Uber for X と呼ばれるサービスが生まれてきました。日本でスタートアップを考えている皆さんの中にも、そうしたサービスを考えている方がいらっしゃるかもしれません。たとえば、「ペットの Airbnb」「ホームクリーニングの Uber」といった、彼らの「シェア」を中心にしたビジネスモデルを別のジャンルで使うという試みは後を絶ちません。

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http://www.kpcb.com/internet-trends

ただ日本のスタートアップの文脈でこれらのスタートアップについて語られたものの多くは、彼らのビジネスモデルへの興味関心や現在の法規制(適法なのか違法なのか)の問題に留まります。しかし、彼らの評価額の背景にある本当に彼らが起こそうとしている変化や、今まさに欧米で議論されていることを理解するには、より大きな視点で物事を見た方が良いのではないかと思います。

この記事では、彼らをオンデマンドエコノミーの先駆者として捉え、オンデマンドエコノミーの影響を考えることで、これからスタートアップのアイデアを考える人たちにとって、少しだけ大きな視点を提供できればと考えています。

オンデマンドエコノミーは本当に注目に値するのか

いやいや、オンデマンドエコノミーはただの一時的なサービスの流行ではないか、あるいはシェアリングエコノミーという認識のままで良いのでは、と考えていらっしゃる方も多いかと思います。

し一方で、オンデマンドエコノミーに対する様々な議論が今まさに海外で起こっているのも事実です。

たとえば、11 月に行われる O’Reilly のカンファレンスはオンデマンドエコノミーを中心においた新しい経済や働き方に関したイベントになります(スピーカー陣も錚々たる人たちです)。また KPCB という著名な VC が毎年発表している Internet Trend 2015 はオンデマンドエコノミーについて多くのページが割かれていました。

そして 2016 年に行われる US の大統領選の一つの争点として「Uberification (ウーバー化)」にどういう態度を取るのか、という争点が挙げられています。民主党はオンデマンドエコノミーに対して懸念を示しており、一方共和党はオンデマンドエコノミーに対して肯定的な態度を取っています。

なぜそこまでオンデマンドエコノミーが注目されるのでしょうか。それは以下の三つの問題を引き起こすからです。

・雇用の在り方の問題
・企業の在り方の問題
・行政の問題

これらの問題について論じる前に、まずはオンデマンドエコノミーの基礎的な理解を進めていきます。

オンデマンドエコノミーを理解する

オンデマンドエコノミーを理解するには、幾つかの補助線が必要だと思います。迂遠ではありますが、まずはオンデマンドエコノミーを理解するために便利な概念を説明したいと思います。

企業はなぜ存在しないのではなく、存在するのでしょうか。

これを論じた画期的な論文が Ronald Coase の「The Nature of the Firm」(企業の本質)です。Coase は取引コストを用いて、なぜ企業 (firm) という組織が作られるのかを説明しました。取引コストとこれに連なる業績によって彼は 1991 年にノーベル経済学賞を受賞しています。さらにその理論を人間の限定合理性と機会主義的な性格に注目して進めた Williamson も 2009 年にノーベル経済学賞を受賞しています。

取引コストを単純に理解するには、Wikipedia の例を読むとわかりやすいでしょう。

店でバナナを買うとしよう。バナナを買うのに必要なコストは、バナナの価格だけではない。沢山あるバナナの種類の中から自分の好きなバナナを見つけ、何処で、いくらでバナナを買うべきかかを調べる労力、そして自宅から店までの往復の交通費、支払いまでの列の待ち時間や、支払い自体にかかる労力など様々なコストが必要なのだ。バナナ自体の購入にかかった価格以外のコストが取引コストである。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%82%B3%E3%82%B9%E3%83%88

こうした取引コストは様々な分類が可能です。多くの場合「探索コスト」「交渉コスト」「監督と強制のコスト」と分類を見ますが、より細分化したものを以下に引用します。

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http://www.sbbit.jp/article/cont1/23164

こうした取引コストが発生すると考えると、企業という形で組織化したほうが、市場からの調達に比べて取引コストが低くなる場合があるので企業が存在するのだ、と理解することができます。

これを Oliver Hart「企業 契約 金融構造」の寄稿の説明を引用しながら、取引コストを説明すると、「関係特殊性や複雑性・不確実性の程度が高い取引の場合には,統合して取引を組織内に取り込むことで取引費用を節約できる」ので企業体という組織化を行います。また「完全な契約を書くことができないという「契約の不完備性」と,その前提の下で,資産を所有することによって獲得する権利である「残余コントロール権(序章ではパワーと呼んでいる)」という2つの概念」を考えれば、組織化を行うことのメリットがさらに高まります。

言い換えれば、Frank Knight の分類したリスク(確率分布が分かっている場合)と不確実性(確率分布が分からない場合)でいえば、不確実性の高いときには組織化して内部で取引をしたほうが効率が良いということです。

一方オンデマンドエコノミーは組織内部で取引するのではなく、市場と直接取引をして労働力を獲得しようとする動きです。これが起こった原因は市場との取引コストが劇的に下がったためと考えられます。この取引コストが下がった原因に関しては、後ほどモバイルコンピューティングなどの理由をあげさせていただきます。

またマーケットデザインの考え方も、オンデマンドエコノミーのプラットフォームを理解する上で重要ではないかと思います。

マーケットデザインとは近年注目されている経済学の分野で、ゲーム理論の成果を応用してアルゴリズムなどを用いながら、現実の市場や制度といった市場(マーケット)を設計(デザイン)していく分野です。市場の自然状態が完全に機能するものとして見るのではなく、市場が効率的に動くように市場や制度を作る、という立場をとります。これまでは主にオークションとマッチングの問題で成功を収めましたが、現在はクラウドソーシングやその他の類似分野での研究も行われています

たとえば Amazon Marketplace や Google の広告、Uber などはある種の市場を作っており、その市場が効率的に運営されるようにデザインするためにマーケットデザインの成果を活用できると考えられます。

さて、2012 年にマーケットデザインの研究でノーベル経済学賞を受賞した Roth 教授によれば、マーケットデザインを成功させるには、「マーケットの厚み」「安全性と単純さ」「混雑の解消」が必要だと言われています。Uber が安全性と単純さを確保するために何をしているかは、こちらを見ればわかりやすいかと思います。

インターネットの登場により、個人事業主は仕事を探す探索コストが大きく下がりました。またインターネットを使ってリモートから仕事をするような働き方を選ぶ人も増加し、フリーランスという働き方が増加することに並行して、フリーランスが請け負える仕事の種類や数が増えてくることで、「マーケットの厚み」が増しました。それと並行して、プラットフォーム側が「安全性と単純さ」の保障を行い、高度なマッチングシステムによって発注側と受注側におこりがちな「混雑が解消」されることで、フリーランスという労働力のマーケットプレイスは、その健全性を数年間かけて増すことができたと言えます。

その結果、TaskRabitShyp といった多数のクラウドソーシングプラットフォームが生まれてきています。

シェアリングエコノミー(共有経済)とオンデマンドエコノミーは同じものとして扱われるケースも多々あります。事実、Hart の取引費用理論の考え方を用いれば「所有者が所有物の残余コントロール権を使う」という説明が可能で、その仕組みは似通っていると言えます。

ただ私個人としては、シェアリングサービスとしての理解にとどまらず、オンデマンドエコノミーとして把握することで、「オンデマンドエコノミーは我々の働き方そのものを大きく変える可能性がある変化」だと認識することができるのではないかと考えています。

その理由の一つに、シェアリングエコノミーはその名の通り「すでに持っている所有物をシェアする」という、所有側からの示唆が中心になりますが、オンデマンドであるとは「欲しいときに欲しいだけ手に入る」という、利用者側からの示唆を多く得られます。オンデマンドエコノミーにおいては、我々個人は利用者であり所有者でもありえますが、多くの場合利用者側に立つことが多いのではないかと思います。

たとえばおもちゃの配送系のスタートアップの立場に立ってみれば、12 月 24 日の配送のために配達員を雇うのは理にかなっていると思います。実際、正月には郵便局がアルバイトを大量に雇って、年賀状の配達をしていることは日本の風物詩となっています。こうした雇用を柔軟に増減できる、といった示唆を得られるのはオンデマンドエコノミーと認識するから得られるのではないかと思います。

またオンデマンドである、という示唆から出発することによって、その柔軟性や背景に潜む危険性などについて考察を進めやすくなるのではないかと思っています。以下では、オンデマンドエコノミーという観点から、なぜそれが可能になったのかの私見を述べたいと思います。

オンデマンドエコノミーが可能になった 4 つの大きな理由

一つの変化には多くの原因があります。今回のオンデマンドエコノミーが盛り上がりつつある原因も複数挙げられrますが、その中でも私が影響力が大きいと思っている 4つの原因は、「モバイルコンピューティング」「アーバナイゼーション(都市化)」「マーケットプレイスの健全化」「機械化」です。

オンデマンドエコノミーの登場に、最も大きな影響を与えた(あるいは最後のボトルネックを解消したと言えるかもしれない)のはモバイルコンピューティングではないかと思っています。

今や約 40 億人の人々が iOS や Android を購入、しかも 2 年毎に最新の機種に買いかえています。

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http://www.slideshare.net/a16z/mew-a16z/14-140100200300400Mar95_Sep96_Mar98_Sep99_Mar01/14

もちろんそれ以前の 1990 年代におけるコンピュータとインターネットの登場は、取引コストの中の探索コストを大きく下げることに成功しました。もちろんその影響も大きかったのですが、スマホなどのモバイルの登場により、常にインターネットにつながっている端末を、”ほぼすべて” の人が “常に” 持つに至りました。

事実、1999 年には 400 万人の人々がインターネットにつながっているだけでしたが、2014 年には 30 億人の人がインターネットにつながるようになりました。

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http://www.slideshare.net/a16z/mew-a16z/5-50123451995_2000_2014_2020Billion_people/5

またモバイル化により、人々はコンピュータがあるデスクにいなくても、リアルタイムに様々な情報や指示を受け取れるようになりました。これは情報流通のリアルタイム性を上げることに大いに役立っています。

さらにモバイルには複数のセンサーが付いています。たとえば Uber に関して言えば、広域な地図や道路を覚えるといった、かつてはタクシーの運転手しかできなかったことを、スマートフォンなどがあれば一般人にもできるようになりました。これはコンピュータが労働者の知能を拡張したとも言えます。

そしてそのモバイルコンピューティングは wearable の領域にも進出しつつあり、アメリカの国防省は 2020 年のビジョンに向けて FlexTech Alliance というウェアラブルコンピューティングの業界団体へ巨額の投資を発表しました (2015 年 8 月)。

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http://flextech.org/flextech-alliance-receives-75-million-department-of-defense-award-to-create-and-manage-a-flexible-hybrid-electronics-manufacturing-facility/

マクロの人口動態として、人は農村部より都市に住むようになってきています。World Urbanisation Prospects によれば、2014 年の人口は 54% が都市部に住んでいおり、2050 年には 60% に達すると予測されています。さらに先進国の US では 81% 以上の人が都市部に住んでいます。

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http://www.slideshare.net/kleinerperkins/internet-trends-v1/105

都市化が起こる原因の一つが雇用だと言われています。

製造業や IT 業をはじめとしたイノベーション産業の周りでサービス業が生まれやすいと言われています。しかしサービスの特徴には生産と消費の同時性、無形性、消滅性などがあり、そのため多くのサービス業は在庫を持つことが不可能で、多くのサービス業はイノベーション産業の近くでしか雇用が生まれません。その結果、都市へ人口が集積していくことになります。

たとえばヨガのインストラクターによるレクチャーはサービスです。このレクチャーはその場で消費されるほかなく、受講生を増やすにはインストラクター自体を増やさなければなりません。

貿易可能なイノベーション産業で 1 人の雇用が生まれるごとに、その地域では長期的に見ると 5 名の貿易不可能なサービス業の雇用が生まれると言われています。

人口が密集することで物流の効率化が可能になるだけではなく、サービス業の生産性の向上にもつながります。これまでのオンラインショッピングは物品の購入とデリバリーが主流でしたが、モバイルと都市化が両者が合わさることによって、サービスのデリバリーが可能になります。

モバイルがインターネットにつながることにより、「今」と「透明性」(forbes)を維持した。最近の多くのオンデマンドサービスは 20 分以内に届ける、といったサービスレベルを設定しています。

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インターネットの登場で、取引コストのうち探索コストが引き下がることは前述しました。ただし情報量が増えることは、逆に取引コストのうちの調査コストや情報処理コストが増えるという悪影響があります。この悪影響を減らす為には、マーケットの健全化が必要です。そのためには、「マーケットの厚み」「安全性と単純さ」「混雑の解消」という条件が揃う必要があります(マーケットデザインについての部分を参照)。

まずは「マーケットの厚み」について考えたいと思います。インターネットの登場により、都市に住むのが合わなかった人がインターネットを経由してリモートワークをするなど、遠隔で作業をすることが可能になりました。

事実、すでに US の労働人口の 34% がフリーランスの仕事に携わっていると言われています。さらに今後は、オバマケアの導入による国による健康保険の導入などの影響もあり(これまでは民間の高額の保険しかなく、US でも企業に雇用されるインセンティブが高かった面があります)、2020 年までにフリーランスの人口は 40% に達すると予測されています。

従来のフリーランスや個人事業主は、働きたくても仕事を探すことが難点でした。かろうじて近所のスーパーなどにパートタイムで働くなど、自分のコンピテンシーとは異なる時間給での仕事とのマッチングがせいぜいだったと言えます。しかし今やクラウドソーシングのプラットフォームに登録しておけば、営業コストをかけることなく、自分の強みを生かせる仕事を獲得することができます。これはプラットフォームが発注側と受注側の探索コストを減らしている、という理解が可能です。

さらに「安全性と単純さ」について考えてみると、マーケットプレイスがあることの発注者側と受注者側のメリットとして、発注者側と受注側が信頼できるかどうかをプラットフォーム側が可視化してくれている安心感を得ることができます。たとえば Uber では運転手と乗員の両方が相互に評価をする仕組みを提供しており、誰が信頼できるかを事前に知ることができます。実際に、評価が特定の点数以上の人にしか依頼しない、などのバーを指定できればある程度の安全性を保証できるほか、少しそのバーを下げれば「混雑の解消」も可能です。

またプラットフォーム側は標準的な決済や契約の面倒を見てくれます。あるいは LegalTech と呼ばれるサービスを使えば、契約書のテンプレートを入手できるほか、ある程度のカスタマイズを安価に弁護士に発注することが可能です(Shake などがあります)。

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フリーランスの開発者やフォトグラファー、デザイナー、ライターなど向けの契約書テンプレートを提供する Shake の画面のスクリーンショット

しかもインターネットを経由して世界中がつながることで、マーケットプレイス上の労働力の供給は一気に増えます。たとえば日本のスタートアップの一部でも、クラウドソーシングを使って世界中のデベロッパーにアプリ開発を発注しているという話を聞きます。これを前述のマーケットデザインのマーケットプレイスの議論に接続すれば、労働力のマーケットプレイスは徐々にその機能の健全性を数年かけて増してきたいと言えます。

さらにオンデマンドエコノミーやクラウドソーシングは、AI の議論と結びつけて考えて考えるべきではないかと思います。なお、ここでの AI は弱い AI のことを指します。

さて、そもそもオンデマンドでの人の採用やクラウドソーシングの目的は「人を一時的に雇う」ことそのものではなく、それによって get jobs done — 何かを終わらせるために人を雇っているだけです。言ってしまえば、その先の労働力が人間である必要はありません。弱い AI でも SaaS でもロボットでも人間でも、安くて早くて仕事が確実にできるのであればその発注先はなんでもいい、と捉えることも可能です。

事実、Uber は自動運転の技術を研究しています(最近も CMU から大量に研究者を引き抜きました)。これが示唆するのは、今オンデマンドで調達されている人間という労働力を、いずれは AI に置き換えていくことでコストがより下がるという判断をしているということです。また Amazon は Amazon Prime Now という 1 時間宅配などのサービスを展開し始め、Amazon Flex と呼ばれるオンデマンドの実行部隊を採用していますが、Amazon は並行してドローンによる配送に取り組んでいることも広く知られています。

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Amazon Prime Air http://www.amazon.com/b?node=8037720011

これは「ジョブ」ではなく「ワーク」という、より細分化された単位での仕事の分け方ができるようになってきた背景とも関係あるともいえます。たとえば、もともと戦略コンサルティングの会社への仕事の発注は、ジョブではなく、「戦略策定」などのワークの発注だったといえます。そのワークがどんどんと細分化されていくことによってタスクになり、決まり切った細かいタスクであれば AI やロボットが人間の代わりに終わらせられるようになります。

すでに一部の SaaS はタスクの処理を自動化をしてくれています。たとえば Import.ioKimono を使えば、Web ページのスクレイピングを(手作業ではなく、コードすら書かずに)ほぼ瞬時に行うことができます。そのほか Clara Labsx.ai などはミーティングスケジュールのアシスタント AI として、適切にカレンダーを管理してくれます。

オンデマンドエコノミーを使って行われるタスクの多くは単純作業です。そのタスクはいずれ AI やアルゴリズム、SaaS によって代替されやすいとも考えられるので、オンデマンドエコノミーと AI の議論をつなげて考えることで、より豊かな労働への理解が可能になるのではないでしょうか。

これまで見てきたオンデマンドエコノミーの理論や原因を理解することで、オンデマンドエコノミーに類するサービスを展開しているスタートアップは自社サービスの改良すべき点などの示唆が得られるのではないかと思います。

またオンデマンドエコノミーの利用者側にとっては、それがどのような影響を与えるかの理解を深めることができます。オンデマンドエコノミーが一般的になった未来には何が起こるのか、それを以下では「スタートアップと企業」「個人」「行政」の順で考えていきたいと思います。

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“The future is here, it’s just not evenly distributed yet,”

(未来はここにある、まだ一様に分配されていないだけで)

William Gibson

オンデマンドエコノミーが与えうる影響:スタートアップや企業への示唆

オンデマンドエコノミーはスタートアップや企業にとって、どのような意味を持つのでしょうか。以下では大きく三つの点について解説したいと思います。

オンデマンドで労働力を調達できる、ということは、クラウドコンピューティングのインスタンスのように、必要に応じて一緒に働く人を増減できるということになります。その結果、スタートアップはコアとなる組織を小さくしたまま成長することができるかもしれません。

実際、冒頭に挙げたように Airbnb や Uber の正社員は、同等の時価総額を誇る従来の組織に比べてごく少数にとどまります。

逆に大企業にとっては、正社員として雇用することがある種のリスクとして持つことになります。事実、世界全体で企業業績のボラティリティが高くなっているという指摘もあり、大きなコストである人件費を敏捷に増減できなければ、環境が悪くなった時に生き残ることが難しくなるかもしれません。

さらに高度な技術を持つ人材もマーケットから調達することが可能になっています。今も堤さんなどの、優秀なフリーランスのエンジニアに手伝ってもらうスタートアップも増えていますし、HourlyNerd といった専門家を短期間で雇うようなサービスも提供され始めています。そのほか、特殊なスキルを持つ人をオンデマンドで調達できるサービスも出てきつつあり、たとえばテクニカルな問題の解決や修理を行う Eden などもあります。

すでに総務のワークやタスクは様々な SaaS を使えば自動化できますし、仮に人が必要でもその SaaS を使う人が週に一度来て作業してくれれば、より少ない人と最小限のコストで面倒な作業を任せることができます。さらに前述の通り、今後さまざまなタスクが AI によって行われることになれば、よりスケールできることになり、より安くその労働力が提供されることすら可能です。その結果、コア領域以外はほぼ人間を雇う必要すらないような柔軟な組織になれることも可能かもしれません。

創造性の高い仕事は人間に残る、と思われるかもしれません。

しかし、創造性が必要と思われる仕事の一部である、新薬の発見 (Atomwise) や Web デザイン (Grid) などはコンピュータによってその一部が可能になると目されています。ここで注意頂きたいのは、コンピュータは人間のような創造性を身につけなくても、人間の創造性の元となる推論方法とは異なる方法で、創造的と目されている仕事をこなすことができるということです。

また医者や弁護士といった、供給が足りておらず需要が高い業界は、その作業を自動化するインセンティブも高く、それらのジョブの一部のタスクは AI に置き換わるかもしれません。実際、それらの領域は Health Tech や Legal Tech といった分野として、スタートアップの中でも今注目されています。

それでもマネジメントを行う人間は必要だと思われるかもしれません。実際に 2013 年の Oxford の The Future of Employment (雇用の将来) に関するレポートではマネジメントの雇用はなくならない可能性が高いと言われています。

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The Future of Employment から変更(一部を日本語訳して図に追加 )(http://www.oxfordmartin.ox.ac.uk/publications/view/1314)

しかし、人間の労働力の増減を AI やアルゴリズムが行うことも十分にあり得ます。事実、Uber の配車はアルゴリズムによって行われており、人と人とのマッチングに人間の采配が必要な部分はほぼありません。あるいはビッグデータによる機器の故障の予測による、検査員の適切なスケジューリングも一種のアルゴリズムのマネジメントと言えます(そして適切にスケジューリングされれば、人件費は最低限で済みます)。今後、ドローンなどを使った作業員の監視なども行われるかもしれないほか、将来的にはアルゴリズムが適当なサービスを組み合わせて、一つのタスクを終わらせるようなことも可能ではないかと考えられます。

このように人間が行ってきたマネジメントをアルゴリズムが行うことで、より効率的かつ柔軟に生産的な活動ができるようになるかもしれません。

テクノロジーによって拡張された人たちがプロジェクトごとに集まり解散していくことが普通になっていくと考えると。より多くの「一時的な人材」が心地よく働ける環境を作ることが企業の競争力の強化につながることになります。現在も多くのスタートアップが、業務委託やクラウドソーシングを使って、さまざまな人から支援を受けながら仕事を進めています。

一時的な人材が活躍できる環境を作るには、情報の透明性や、タスクの明確さ、ノウハウの暗黙知と明文化と共有のほか、リモートワークを常に隣にいるとは限らない。さらに社内組織の観点でも、長期に維持される階層型組織をベースとして一部の人に手伝ってもらうという形ではなく、普段から社内プロジェクト単位でチームが構成される組織形態や、役割の明確なホラクラシーなど、新しい組織の形態を採用することが、外部の人材を柔軟に受け入れて活躍してもらうために必要かもしれません。

逆に言えば、何の機能を内部に残すのかが大きな課題になります。

オンデマンドエコノミーが与えうる影響:個人への示唆

以上に見てきたように、個人にとってシェアリングエコノミーやオンデマンドエコノミーは、「人の余暇や資産の残余を使ってお小遣い稼ぎができる」という単純な話だけではなく、すべての人の雇用に影響する可能性があります。

オンデマンドエコノミーはギグエコノミーとも呼ばれます。「ギグ」とは日雇いや請負といった意味で用いられます。実際にフリーランスは日本での非正規雇用以上に安定性が失われ、いつでもクビを切られるような状態に置かれるという危険性もあります。

ただし悪いことばかりではなく、毎朝 9 時に出社して 17 時に退社するような固定的な働き方ではなく、「働きたいときに働く」といったような、より柔軟な働き方が可能になります。たとえば、US のミレニアム世代が感じる労働に対するベネフィットの 2 位には「フレキシブルな労働時間」が挙げられており、そうした働き方に興味を持つ人が増えつつあるのは事実でしょう。

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http://www.slideshare.net/kleinerperkins/internet-trends-v1/110

また、待機児童の問題で働けない女性の労働力や、介護の問題で地元に戻らなくてはいけなくなった方々に対して、労働力の減少で様々な人の活躍が望まれる日本においては、こうした柔軟な働き方を導入することは国の経済活動に貢献することとも言えます。

終身雇用自体、日本ではたかだかこの 100 年程度で定着してきたものです。1900 年においては熟練工は 5 年も同一の職場で働く人は 1 割程度だったと言われています。また US でも、1970 年代までは終身雇用をベースとした働き方でしたが、急激な環境の変化によりそれが維持できず、70 年代以降にジョブ型の雇用が増えてきたと言われています。

何も終身雇用が最適な答えというわけではなく、どのように働くかは改めて自分のライフスタイルに合わせて考える段階に入ってきていると言えるのかもしれません。

インターネットのマーケットプレイス上では、これまで企業の中だけでしか行われなかった人材の競争が、国境を越えた人材との競争下に置かれます(地理に依存しない一部のタスクのみですが)。

また優秀な人は多くのタスクや高付加価値なタスクを短時間でこなすことができますが、能力の劣る人にはそうした仕事が回ってこなくなる可能性が高まります。さらに仕事の実績や評判はマーケットプレイス上で可視化され、優秀な人には良いタスクが回ってくることになることも想定されます(もちろんその分、優秀な人は高い見積もりを設定していって、需給が一致するとは思います)。

そして競争に打ち勝つ為に能力を上げようとすると、高等教育の期間が長期化し、その結果晩婚化するなど、仕事だけではなくプライベートな面での影響も大きくなってくる可能性があります。

ただ一方で、能力のある人には若いうちからたくさんの仕事が舞い込むことも考えられます。

マーケットの安全性を守る為、通常マーケットプレイスには評価システムが導入されます。それも Uber などが導入しているように、受注側と発注側の両方に評価がつくことが一般的です。

これら過去の仕事の実績はある種のクレジットヒストリーとして機能します。実際に TrustCloudLegit (Facebook が買収) などは、様々なオンデマンドサービスから過去の取引履歴やその人の評判がみれるようになっています。またバックグラウンドチェックを行う Checkr というサービスなども出てきています。まさに評価経済といったところでしょうか。

北米や中国の大学生は様々なインターンを経験します。これはインターンの実績がないと良い企業への就職が難しいからです。例えば上海でとあるスタートアップが求人を出したところ、100 倍以上の応募が来たという話を最近聞きました。そうした「履歴」がないと就職できないとなると、大学が遊ぶ時期と捉えられがちな日本においても、大学生がインターンのポジションを獲得するのに必死にならざるをえない時期がくるのかもしれません。

オンデマンドエコノミーが与えうる影響:行政への示唆

個人に起こりうる問題の多くは行政にも影響を与えます。オンデマンドエコノミーがどういった問題を引き起こすか、その代表的な問題を以下では取り上げます。

現在の日本における非正規雇用の問題と同様に、企業が非正規雇用やオンデマンドワーカーを好むのは、企業が「正規雇用者という労働力を所有することのリスク」を個人の非正規雇用者やオンデマンドワーカーへと押し付けられるから、と考えられます。正規雇用で守られるべきとされる福祉が企業にとっては高コストである、ということです。

しかしもともとは国が民間の会社に福祉を押し付けた結果、民間企業がそのコストを払えず、非正規雇用が増えているという捉え方も可能です。

もちろん、国側は国民の最低限の生活を保障したいところだと思いますが、経済力がなければ国民全員に最低限の生活を保障することなどは不可能です。こうしたバランス感の中で、行政はオンデマンドエコノミーに対する態度を決めなければいけません(それが US の 2016 年大統領選挙における争点の一つとなっている理由ではないかと思います)。

オンデマンドエコノミーを許せば上述のような弱者が不可避的に出現しますが、その一方で女性の活躍なども見込めます。逆に過度に制限すれば、他国に比べて企業の競争力が落ち、国全体の経済力が相対的に衰えることも考えられますが、既存のやり方を変えたくない人たちには受け入れられやすいとも考えられます。

ジョブがワークになり、ワークがタスクになり、タスクがオンデマンドで処理される、という考えを用いれば、従来からジョブ型だった欧米はオンデマンドエコノミーを受け入れる土壌が比較的あったと言えるのではないかと思います。しかし日本の雇用形態はメンバーシップ型であると言われています(濱口先生など)。日本でも今後徐々にジョブ型の雇用形態に変わってくると予測されていますが、もしオンデマンドエコノミーが一気に導入されるようなことがあれば、日本社会がその急激な変化についてこれるのかどうかが一つ問題になるのではないかと思います。

特に何の実績(クレジットヒストリー)もない若者への悪影響(ジョブ型雇用だと若者が職を得るのが難しい傾向にあります)が大きくなると同時に、特に退職退職後や定年後に非正規雇用になってしまった人や特定企業外でのスキルを持たない中高年の雇用は大きな問題になりえます(特に彼らの子供が大学生前後の年齢という最もお金がかかる時期に年収が大幅に下がることにつながるので、教育を受けられない子供が発生し、格差の固定化などにつながる危険性もあります)。

残念ながら OECD のレポートによれば、先進国の生産性は毎年下がっています。

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http://www.oecd.org/std/productivity-stats/oecd-compendium-of-productivity-indicators-22252126.htm

これはポーモルのコスト病による不可避の結果かもしれませんが、しかし一部の企業の生産性は伸びているため、必ずしも生産性が下がると言えるわけではありません。

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https://hbr.org/2015/08/productivity-is-soaring-at-top-firms-and-sluggish-everywhere-else

希望があるとすれば、労働人口の減少を AI などの機械化の進歩が補ってくれるかもしれないという点でしょうか。逆に生産性が劇的に向上すれば、多くの労働人口を持つ国は多くの人が失業してしまい、むしろ人口が少なくなる日本のような国の方が失業率を低く留まらせることも可能とも言えます。しかし第三次人工知能ブームとも言われる今の AI への期待は過度なものが多くあり、どこまでこうした機械化による生産性向上が可能かは未知数です。

将来の展望

ここまでオンデマンドエコノミーの全体について、比較的ポジティブに見てきました。

とはいえ、オンデマンドエコノミーがすべての産業に適応できるかと言えば、そういうわけではありません。

たとえば今年閉鎖された Y Combinator 出身の Homejoy は、Uber for Home Clearning とも呼ばれていました。この夏の Homejoy の失敗は、現時点でオンデマンドエコノミーのプラットフォームが必ずしも成功するわけではない、ということを示唆しています。

スタートアップにはタイミングが重要と言われます。もしかすると数年後、技術の発展や法整備によって、改めて同じサービスをリリースすれば成功するかもしれません。事実、たとえば Youtube の成功前にも個人のビデオをシェアするサービスはありましたが、インターネットのインフラや視聴習慣が十分ではなく、first mover advantage を得ることができずに終わりました。

そのほか、スマートフォンがただの個人を熟練のタクシー運転手のような技能を身につけさせることを可能にし、その結果 Uber が登場したように、たとえば今後 Augmented Reality や Mixed Reality によってサービス業者などの技能が拡張されることなどがあれば、ただの人が様々な分野で「専門家に比する」オンデマンドワーカーとして活躍できる未来がくるのかもしれません。

また現状のオンデマンドエコノミーは企業が福利厚生を提供しない前提で話を進めましたが、breezeworks のように仲介料を取らず、月額費用のみを取るといったプラットフォームも現れました。また福利厚生を提供する BlueCrew もあります。多くのオンデマンドエコノミーのプラットフォームの問題として挙げられている雇用関係の区分における訴訟は法律が定まれば明快になりうるので、もしかしたら上記に挙げた多くの問題はいずれ近いうちに解決するかもしれません。

かもしれない、という言葉ばかりで恐縮ではありますが、ただ間違いないのは、我々は大きく働き方が変わる過渡期にいる、ということではないでしょうか。

最後に

専門家でも未来の予測は間違うと言われています。Tetlock が評論家 284 人が行った予想 82,361 件の結果を分析したところ、彼らの予測が正しいと言える兆候がなかった、という結果になったという話は有名です。実際ノーベル経済学賞を受賞したクルーグマンですら、1998 年にはインターネットの影響力を見誤っていたことは皆さんの記憶に残っているのではないでしょうか (By 2005 or so, it will become clear that the Internet’s impact on the economy has been no greater than the fax machine’s. と言っていました)。さらに私自身は経済の専門家ですらありません(どちらかというとエンジニアリングサイドの人間です)。なので、こうしたオンデマンドエコノミーに関する変化の予測があっているかどうか分かりません。

ただ、スタートアップのアイデアを考えるときには、誰かが欲しいものを作ると同時に、ここ数年の中で起こりうる大きな変化を想定して、自らのスタートアップの位置付けを考えたほうがより自分自身のやっていることの意味をうまく把握できるのではないかと思います。そしてその結果、多くの意義に気づき、それを大義へと育て上げることができるのであれば、多くの人を巻き込めるようになるのではないかと思います。

ぜひ単なる US のスタートアップを真似するアイデアだけではなく、自分の持ちうる能力を持って大きく考えてみていただければと思います。

Written by

The University of Tokyo, Ex-Microsoft, Visual Studio; “Nur das Leben ist glücklich, welches auf die Annehmlichkeiten der Welt verzichten kann.” — Wittgenstein

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