もっと合理的な楽観主義者を:イノベーションを信じる人を増やすことも仕事
世界には様々な問題があり、日々紛争や犯罪などの鬱屈とするニュースが流れてきます。それは悲観論を語る方がスマートに見え、周りからの注意を引きやすく視聴者受けしやすいという面もあるかもしれません。
しかし一部の楽観主義の VC たちがデータをもって語る通り、長いスパンで見ると人間の生活は劇的に改善されています。200 年前の 1820 年の人の寿命は 35 歳以下であるとされ、94% の人が絶対的貧困でした。一方現在、人の寿命は 70 歳を超え、世界で 9.6% の人しか絶対的貧困はいないと言われています。たとえば 1916 年の大富豪であるロックフェラーよりも、現代人の多くほうが豊かだと言われるぐらいです。
Matt Ridley の「繁栄」という本があります。原題は Rational Optimism、つまり「合理的な楽観主義」です。人類の進歩のファクトに基づく彼の本には、(主に)科学技術とイノベーションによる人類の発展が詳細に描かれています。また一方、ようやく翻訳された「サピエンス全史」で、ハラリは近代の経済を以下の図のようにまとめており、その中には「将来を信頼する」という要素が含まれています。1500 年代に科学革命の端緒が始まってから 500 年の間に、人々は「進歩」という考え方を得たと彼は言います。そして進歩と将来を信頼するようになった結果、信用が発生し、経済成長を速めている、というのが彼のまとめです。

しかしそうした進歩や将来の信頼の原動力となる科学技術に対して、近年の日本人は他国に比べてそう高い信頼を持っているわけではなさそうです。科学立国と度々誇らしげに語られるにも関わらず、個人的な感覚としては信頼度は年々下がっているような気すらします。

だからこそ科学技術やイノベーションを信頼してもらい、将来の発展をもっと信頼してもらうよう働きかけることが、経済成長とテクノロジ業界、ひいてはスタートアップ業界にとって重要なのではないかと思います。もちろん信頼の裏付けとなる実績も出さなければなりませんし、実績や未来を誇張して伝えることはいずれ信用を失うので避けるべきですが、後述のとおり世界が確実に良くなっているファクトはあります。なので、日々その実績と将来を適切に伝えていくことは経済発展にとっても、経済発展を起こすイノベーションを牽引するスタートアップ業界の一つの重要な仕事なのではないでしょうか。
逆に言えば日本にもイノベーションを信じられる合理的な楽観主義者が増えないと、イノベーションに賭けるスタートアップもまた増えないのではないかと感じています。なので、今日はいくつかの勇気づけられるファクトを紹介したいと思います。
ファクト
Matt Ridley の本の中で個人的に好きなファクトは以下のとおりです。
- 1800年以来、世界の人口は 6 倍になったが平均寿命は 2 倍以上に伸び、実質所得は 9 倍以上になった。1955 年と比べても、2005 年には平均的な人間は(インフレの影響を取り除いて修正した)所得が 3 倍近くに、摂取するカロリーが 3 割増しになり、子供を失う率は 1/3 に減り、寿命も 30% 以上伸びた。
- 1980 年から 2000 年にかけて、開発途上国に住む貧しい人たちの消費は世界全体の 2 倍の割合で増えた。中国人は 50 年前に比べて 10 倍の財産を持ち、寿命が 28 年伸びた。ナイジェリア人も 1955 年より 2 倍豊かで 9 年長生きになった。
- 必需品と贅沢品の境界に位置する人口照明についていえば、1300年のイングランドで同量の照明を用意するのには現在の 20,000 倍の費用がかかる。
- 鉄道の料金は 1870 年から 1900 年までの 30 年間に 90% 下がった。
- 1908年にはフォードのモデルTを手に入れるには 4700 時間働かなければならなかったが、今では約 1000 時間働けば普通の自動車を手に入れられる(しかもモデルTよりもずっと性能のよいものを)。そして車を手に入れられれば、移動時間が減り、その時間をさらに稼ぎに割り当てられる。
- 1900年には、平均的なアメリカ人は 100 ドルお金があるうちの 76 ドルを衣食住に費やした。今日では 37 ドルしか使わなくて良い。

文字ばかりだと見づらいのでグラフを他から取ってきました。まず 1820 年からの絶対数での絶対的貧困の推移は以下のとおりです。

1981年からここ数十年単位で見ても大きな改善を見せています。

パーセンテージでここ 25 年を見ても同様です。

インドネシアでは、わずか 25 年で貧困層が人口の 70% から約 15% と劇的に環境が改善されていることが分かります。

コスト
もちろん先進国において一部の生活コストは上がっています。特に教育やヘルスケアのコストは(特に US では)劇的に上がっていると認めざるをえません。しかし多くの製品はその価格が下っています。

特に PC は 1980 年に比べて 99.9% も安くなっており、ソフトウェアの価格も劇的に安くなっています。


様々な技術が指数関数的にコストが安くなっていたり、性能が良くなっています。

ベーシックな技術が発達することによって、その上で動く音声認識なども劇的にその精度を増しています。

劇的に変化しているのはコンピュータ系だけではありません。ソーラーパネルというクリーンなエネルギーの価格は下がり、普及が急激に進んでいます。

それもそのはず、歴史上の 90% の科学者が”現在”を生きていると言われています。多くの科学者や技術者の努力が今後も人類の進歩を後押ししてくれるはずです。

先ほどのPCやソフトウェアの価格が急激に変わっているように、テクノロジはわずかな期間で急激に変わります。数日は長く、数十年は短いものです。次の技術も圧倒的な速度で普及していくはずです。
さて、Andreessen Horowitz の Chris Dixon は次の 11 の技術が注目に値すると述べています。
- 自動運転車
- クリーンエネルギー
- VR / AR
- ドローンと空飛ぶ車
- AI
- 全ての人のためのポケットスーパーコンピュータ(スマートフォン)
- 暗号通貨とブロックチェーン
- 高品質なオンライン教育
- 科学を使ったよりよい食品
- コンピュータ化された医療
- 新しい宇宙の時代
こうしたリストにも現れるように、今後も短期的にはAI やロボットが人間の代わりに様々な作業を行ってくれるようになるかもしれません。日々の雑務をソフトウェアで自動化することも時間の節約のやり方のひとつです。Uber はタクシーの待ち時間を減らした上に、より安価に人たちの移動を実現してくれました。自動運転は渋滞を減らすだけでなく、人の注意を運転から開放し時間を作り、さらに事故と怪我を減らしてくれるようになるでしょう。今後も VR で通勤時間をなくしたり、農業の自動化、食べ物の3Dプリンティング、教育の効率化、医療による長寿化、コンテナによる輸送の効率化、人々のマッチングなどなど、私たちは今後も様々なアイデアとテクノロジで時間を節約し、節約された時間は草の根のイノベーションを生み出すきっかけを生み、きっとこれまで以上に多くのイノベーションを作り出すことができるはずです。
もっと合理的な楽観主義者を
Sam Altman が語るように、国や経済の成長を駆動するのはイノベーションであり、そしてイノベーションにもっとも最適な手段はスタートアップです。だからシンギュラリティを信じるとまではいかずとも、科学と技術によるイノベーションでまだ世界はよくできると信じる合理的楽観主義者を増やす活動ももう少し必要なのではないでしょうか。
Wired の創刊者である Kevin Kelly は最近のインタビューでこう述べていました。
次の 25 年で最も優れたプロダクトはまだ発明されていない。
君もまだ遅くない。